兄、ワイトを倒しに行く
幽体の魔物というのは厄介だ。
実体を持つ者は入れないようなところにも潜んでいるし、そもそも姿を現さずにアイテムに憑依しているものもいる。
気配は感知できるが、見つけても攻撃に行けないところにいたりするのがもどかしい。
「アイテムに憑依しているのはほぼポルターガイストです。アイテムに取り憑いている間は攻撃が効きませんが、アイテムを壊すか、アイテムから追い出すかすれば属性魔法で倒せます」
この辺りに出る魔物の情報源は、例の脳筋パーティのクソな報告書資料しかない。おかげでヴァルドの詳細解説は非常に助かる。ユウトの指を舐めるのだけが腹立たしいが、やはりこいつは役に立つ。
ちなみにレオたちは昔数多のゲートを攻略し魔物を退治してきたが、この幽体の手応えの無さが嫌いで不死者・死霊系の討伐は避けていた。そのせいで、今もアンデッド関係の知識だけが若干薄い。
しかし今後、ジラックの死の軍団や妙な塔のことを考えると、アンデッドへの知識と攻略術は必須となるに違いない。この機会にきっちり弱点を理解し、苦手意識も払拭してしまいたかった。
ヴァルドの提案でこの階からの先頭は彼とエルドワに代わっていて、レオは一歩下がって周囲を観察出来るのもありがたい。
すぐに飛び出したり対応したりする必要がなく、ユウトがこちらのスーツの裾を不安げに摘まんでいるのを、振り払わなくて済むのもありがたい。
ネイも攻略後にギルドとライネルへの報告書を作るために、周囲を興味深そうに見渡していた。
「そこかしこに幽体の魔物がいるけどさ、全然襲ってこないの何で? ヴァルドのこと怖がってんの?」
「いいえ。ここにはエリアごとに統率する強い魔物がいて、我々がそれと遭遇すると周囲から集まってきて集中攻撃を始めるんです。これを回避するには先に幽体の魔物を倒して減らしておくか、リーダーの魔物を即座に倒すかしかありません」
「……んで幽体の魔物を放置して歩いてるってことは、その統率してる魔物を一瞬で葬るつもりってことね」
「もちろん、考えがあってのことです」
ヴァルドは余裕綽々と微笑んだ。
「ヴァンパイア・ロードが従えている魔物で統率力と知能があるものと言ったら、下級吸血鬼と復讐する死者、ワイトあたりです。私は吸血鬼に特効がありますし、復讐する死者とワイトはあなた方の力なら問題なく倒せます」
「……一応、昔そいつらとは数回だけ戦ったことがあるが、正直倒す決め手がよく分からん。弱点はどこなんだ?」
剣聖としてゲートに潜っている時、不死者がメインのところではなくても奴らが現れることがあった。攻撃してもあまり手応えはなく、結局最後は暗黒児だった頃のユウトの魔法で仕留めていたのだ。
ギルドにあるモンスターデータも不明の項目が多く、おかげで他の冒険者からも不死者ゲートは不人気だった。そしてますますデータが集まらないという悪循環。
「とりあえず、属性的に言えば、不死者はほぼ炎属性に弱いです。炎は浄化の意味合いがありますから。一番早いのは、業火で一片も残さず焼いてしまうことですね」
「それだと魔力を食い過ぎる。骨まで燃やしきろうと思ったら、かなり大きい熱量が必要になるだろうが」
実際、昔は剣で仕留めきれずにそれで対応していた。おかげで当時のユウトは何度も魔力を空っぽになるまで使い切って、倒れていたのだ。
レオとしてはもう弟にそんな魔力の使い方をして欲しくないし、出来るなら自分が対応したい。
「属性付きの武器でダメージを与えられることは分かっているんだ。ただ、頭を落とそうが心臓を貫こうが倒れないから手こずっている。……それでも俺たちにも問題なく倒せると言うのなら、突ける弱点があるんだろう?」
「ふふ、もゆるさんに頼ろうとしない姿勢は良いですね。今言った通り、炎は一番手っ取り早い、けれど消耗が大きい非効率な手段です。対してもうひとつのやり方は、難度は上がりますが会得出来れば消耗は最小限で、効率がグンと上がります」
ヴァルドがそう言って足を止めた。
少し先を歩いていたエルドワが、ひとつの扉の前で立ち止まったからだ。子犬は尻尾をぴるぴるしながらこちらを見ている。
「アン。アンアン」
「そうですか。ちょうど良いですね」
エルドワの言葉を聞いて、ヴァルドは頷いた。ユウトがそれに首を傾げる。
「エルドワ、何て言ってるんですか?」
「この扉の向こうに下り階段があるそうです。そしてその手前にワイトがいると」
「ワイトか……」
ワイトは氷魔法と気絶、そしてエナジードレインを掛けてくる半幽体の魔物だ。死体に悪霊が宿ったものだと言われている。
骨に皮がついただけの、見るからにアンデッドという魔物。
ちょうど良いと言うから、まずはヴァルドがその倒し方を見せてくれるのかと思ったら、彼は振り向いてこちらに振ってきた。
「ソードさん。ヒントを教えますので、あなたが倒して下さい」
「俺が? ……それはつまり、ヒントを聞いて上手くやれば、この炎属性の剣で行けるってことか。……いいだろう」
思わず目を瞬いたものの、すぐに了承する。見本が欲しい気はするが、そうしないということはヴァルドの戦い方はレオの参考にならないということだ。
まあ、とりあえず戦闘の勘には自信があるし、自分で試行錯誤した方が会得はしやすい。
レオはスーツの裾を摘まんでいたユウトの手をやんわりと外して、ヴァルドに言葉を促した。
「ヒントを聞こう」
「ワイトは、死体を操る幽体の方が本体なのはご存じですか?」
「ああ。だから死体の首を落としても、平気で動き回るんだろう」
「そうです。しかし、宿っている死体を焼いてしまうと倒すことができます。つまり、宿主を失って幽体のみになると非常に弱い」
「それは……死体から幽体を切り離せということか?」
「ご明察です」
にこりと笑ったヴァルドに、レオは眉を顰めた。
「首を落とそうが腕を落とそうが、すぐにそれを拾ってくっつけて元に戻す奴らだぞ? どうやって切り分けろっていうんだ」
「それは、切られた首などにも幽体が宿っていたからです。何度か戦ったことがあるなら、切られた部分が戻らなかったこともあったのではないですか?」
「それは……あったことも、あるような気はするが……」
ワイトと戦ったのは数えるほどだし、おまけにもう何年も前だ。記憶が定かではない。
けれど、ヴァルドの話から察するに、死体の部位によって幽体には偏りがあり、幽体が宿っていない部分を切り落とせば再生はできないということなのだろう。
ならばその幽体の偏りを見つけることが出来れば、突破口が見えるということか。
しかし。
「……今まで俺が戦った絶対数が足りなすぎる。実際戦いながら確かめてみないと分からんな」
「それが良いと思います。とりあえず今回は私もフォローしますのでお任せ下さい。でも最初の戦いはちょっと大変かもしれませんね。もゆるさんと先生さんも覚悟しておいて下さい」
「うわあ、何か怖いんだけど……。まあ、俺はもゆるちゃんを護っておきますね、ソードさん」
「僕だって護ってもらうばかりじゃなくて、敵が周りから集まってきたら戦います」
「アンアン!」
ランクSSのゲートの深部で、ワイト相手にお試し戦闘なんて普通なら正気の沙汰ではないだろう。
これは今、このメンバーだからできること。
背後は彼らに任せて、自分はワイト討伐の解法を見つけよう。それが今のレオがやるべきことだ。
「……なら、行くか」
躊躇っている暇はない。
レオは観音開きの扉のハンドルに手を掛けると、それを一気に開け放った。




