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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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兄、エルドワの力を借りてナイトメア討伐をする

 レオが接近を察知出来なかったほどに完璧に気配を消していたエルドワを、ナイトメアが感知できるわけもなかった。


 軽い足取りで易々と魔物に接近する子犬。

 ユウトがそれを止めに行こうとするのを、ネイがすぐさま引き留めた。


「エルドワ!」

「アン」


 ユウトの焦ったような呼び掛けに、もふもふ毛玉は尻尾をぴるぴるするだけで答える。そして、今にも回復をしようかというナイトメアにぴょんと飛び掛かった。


 上体が地に伏せているせいで、その腹が子犬にも届く位置にある。

 エルドワはそこを目掛けて噛み付いた。


 ……いや、噛み付いたと言っても相手は半幽体だ。噛み切って血が出るようなれっきとした肉体はない。

 それに、幽体は実体持ちと違う。コアとなる魔石は死んだ時に結晶化する仕様だから、いつものようにそれを引き千切って絶命させることも出来ないはずなのだ。


 だがかげろうのような幽体の腹に顔を突っ込んだエルドワは、そこから魔石らしき塊を引きずり出した。


 それと同時に、ナイトメアを覆っていた緑の魔法膜が消える。

 定期再生魔法がキャンセルされたのだ。


 頼りにしていたであろう魔石の喪失に、魔物が怒り、大きくいななく。しかし絶命しないところを見ると、やはりこの魔石はナイトメアのコアではないらしい。


「もしかして、付呪済みの特上魔石か……!? だとすると、こいつの定期再生魔法の正体はこれか!」

「ちょ、誰だよ! 魔物にこんなの与えた奴!」


 レオとネイは、どこか安堵を含む声で嘆息する。ナイトメアの回復を阻止できた今、さっきまでの閉塞感から解放され、勝利はほぼ確定的になったのだ。

 敵の魔法はいつまでも続かないし、体力だって後は減るだけ。

 ここからは時間が掛かっても問題ない。労力は必要だが、確実に仕留められる。


 それにしても、エルドワの特殊な能力は底が知れない。本当に、こいつが味方で良かった。

 そう思いつつ、魔石をくわえてユウトの元に駆けていくもふもふ毛玉を見送る。魔石が弟の手に渡されたのを確認して、レオはナイトメアに向けて剣を構えた。


 そこでぎくりとする。

 魔物の周囲に魔力の渦が巻いていたのだ。氷魔法とは違う、そう、さっきユウトに仕掛けたのと同じ……。


「……っ、まずい、こいつはエルドワに向かって睡眠魔法を掛ける気だ!」


 レオが声を上げると、ユウトが慌てて子犬を抱き上げた。


「えっ!? ど、どうしよう、魔法反射で……」

「いやいや、さすがに状態異常は反射できないよ! 今すぐ射程外に……」

「……駄目だ、間に合わん!」


 馬がいななき、その魔力がエルドワの元に飛んでいく。

 ユウトが小さな身体を腕の中に庇ったけれどもちろん効果は無く、子犬は「アン」とひと鳴きした後、カクンと寝落ちした。


「くっ……この!」


 この上は、ナイトメアがエルドワの夢に入り込むのを阻止するしかない。そう思って振るった切っ先は、エルドワの夢の世界へ移動するべく幽体化した魔物の身体をすり抜けた。そのまま姿が消えていく。

 ナイトメアがエルドワの夢のフィールドに侵入したのだ。

 こうなってしまってはもう、レオたちにはどうすることもできない。


「エルドワ! 兄さん、どうしよう、めっちゃスヤァしてる!」

「もゆる、とりあえずエルドワを下に降ろせ。ナイトメアがこいつをどうするか分からん。精神を壊されて、目を覚ました瞬間に襲ってくる可能性もある」

「マジか……エルドワが敵に回ったら、ものすげえ厄介な気がするなぁ……」


 ネイの呟きに、レオも内心で同意する。

 エルドワはこう見えて強い。これはもう間違いない。そして、とても賢い。本気で敵対されたら、ただでは済まないだろう。


 どう考えてもこれだけの能力を内包する子犬に、魔物がトラウマを与える程度で留めるわけもなくて。

 どれだけの精神的な変貌をさせられるのか、考えるだに恐ろしい。


 緊張する3人の視線の先で、エルドワはすやすやと眠っている。

 時折身体がビクッと反応して、走るみたいに足をぱたぱたさせた。

 これだけ見てると和み動画のようなのだけれど。


「……どんな夢見てるのかな」

「悪夢のはずだが」

「こうして見てるとあんまりそんな感じしないっすね」


 ナイトメアの悪夢はひどくうなされるらしいのに、見た目のせいかあまり苦悶が感じられない。

 他にはただ、ガブガブと何かをかじるような仕草があるくらいだ。


「……もし、エルドワが変になっちゃったら、どうするの?」

「それは……もう、倒すしかない」

「魔法で操られて混乱してるわけじゃなく、精神的に作り替えられちゃうからね……。元通りにするのは不可能だよ」

「そんな……」


 絶望的な顔で項垂れるユウトの背中を、宥めるように撫でる。


「だが、若干の望みはある。……エルドワが、ナイトメアの悪夢を知った上で参戦したことだ」

「ああ、あれだけ危険だって言ったのに、最初から戦う気満々でしたもんね。子犬だし、ただの自信過剰の怖いもの知らずなのかもしれませんけど」

「……多分こいつはそんな低レベルの半魔ではない」

「エルドワ……壊されないよね?」


 ユウトが心配そうに呟いた時、突然エルドワが吠えた。


「ガウ!」

「エ、エルドワ!?」


 目を覚ましたのか、と思ったが違ったようだ。

 ただ、さっき消えたはずのナイトメアが再び聖水結界の中に現れた。エルドワの夢の中から出てきたのだろう。

 しかしその魔物の様子を見て、3人は目を丸くした。


「ナイトメア……死んでる?」

「いや、気絶をしているようだ」

「幽体部分が消えてる……魔力ってか、霊力が空っぽになって気を失ったみたいですね」


 ナイトメアはぴくりとも動かず、白目を剥いて横たわっている。一体何が起こったのか。


 とりあえず確実なのは、今が確率回避が消えた魔物を討伐する千載一遇のチャンスだということだ。

 レオは一旦収めていた剣を鞘から抜いた。

 すでにさっき掛けた属性魔法は切れている。


「もゆる、俺の剣にもう一回属性魔法を! 今度は風だ!」

「あ、うん!」


 確率回避がないのなら、あの首を落とせば全て終わる。剣に付いている斬絶属性と相性の良い風を剣に纏わせて、レオは速やかにナイトメアに近付いた。

 目を覚ます気配はない。


「はっ!」


 渾身の力で振り下ろした剣は、容易くその首を胴体から切り離す。

 するとその身体は一気に蒸発し、骨と皮と目玉だけになった。

 ……これでようやく、ナイトメアを倒したのだ。


「お、終わった……?」

「やった、討伐終了~! よく分かんないけど、エルドワのおかげだよね?」

「……俄には信じられんが、エルドワが夢の中でナイトメアを撃退したとしか考えられん」


 レオは剣を鞘に収めると、再びエルドワの側にいるユウトの隣に戻り、しゃがみ込んだ。


「夢の中というのは、精神体と精神体でのやりとりになる。しかしそれは対等ではなく、場を作るのも展開もナイトメアの主導で、そっちが圧倒的優位のはずなんだが……」

「それでもエルドワの方が強かったってこと?」

「……おそらく。ナイトメアの精神体が、夢の世界で完全に消されたんだろう」


 しかしいくらエルドワが強いと言っても、かろうじて精神を壊されずに踏みとどまる、くらいがレオの予想だった。

 まさか完全に返り討ちするほどの精神的強さがあるなんて。


「もしかするとエルドワは、もゆるちゃんに従属しているから強かったのかもね」

「……僕に?」

「そうかもしれんな。血の契約や宣言というものは、他人からの介入が出来ない繋がりなのかもしれん。ナイトメアがエルドワを操るために、夢の中に主である『ユウト』を出したのなら、それを壊すのは不可能だったということだ」

「それが自分で分かってるから、エルドワは自信満々だったのかなあ」


 簡単に言うが、これはすごいことだ。

 エルドワは自分の最大の弱点を分かっており、そこを攻められることを分かっていた。自信過剰ではなくそこには確信があり、自己分析が出来ている証拠。やはりこいつはただ者ではない。


「ウウ……」

「あ、エルドワ! 起きた?」


 前足で顔をくしくしと擦ったエルドワが、ようやくぱちりと目を開けた。レオとネイは一瞬だけ身構えたが、子犬はくあ、と欠伸をして、いつものように尻尾をぴるぴるする。

 警戒はいらん、問題ない、とアピールしているようだった。


「エルドワ、平気? 気分悪くない? どこか痛くない?」

「アン」

「もう、駄目って言ったのに、何で言うこと聞かないで出て行ったの? すごく心配したんだからね」

「……キュウン」

「でも、エルドワのおかげでナイトメア倒せて助かったって。危ないことするのは困るけど、みんなのために頑張ってくれてありがとうね、エルドワ」

「アン!」


 そこにいるのは、ユウトの言葉に一喜一憂する、いつものエルドワだ。めっちゃ尻尾振ってる。

 その様子を見、レオとネイは肩の力を抜いた。

 とりあえず、この子犬と戦う羽目にならなくて良かった。

 ユウトのためにも。


「……さて、やっとナイトメア討伐が終わったし、素材回収して湖の近くで野営の準備しましょうか」


 エルドワがユウトの腕の中に収まると、続いた緊張を払うようにネイが提案した。

 確かに、もう飯を食って休みたい気分だ。

 全員が同意する。


「……俺は素材を回収してくる」

「あ、じゃあ俺がテント2張り立てておきます」

「僕料理作るね。一応エプロン持ってきたんだ」

「おお、もゆるちゃんの愛情調味料、楽しみだわ~」

「魔女っ子にエプロン……貴様、絶対にもゆるを見るなよ! けがれる!」

「汚れるってひどくないですか? タイチくんならまだしも」

「タイチはここまでくると神々しくてひれ伏すからほぼ見ない」

「あいつ頭おかしい」


 わーわーと話しつつも、それぞれの役割に散っていく。

 レオは骨と皮ばかりになったナイトメアの亡骸の元へ近付いた。


 結晶化した上位魔石を拾い、確率回避の素材となる目玉も拾う。

 皮はテントを作るのに使うと幽体魔物の侵入を防げる効果があるが、レオたちが使っているテントには魔物自体の侵入を防ぐ術式が掛かっているからほとんどロバート行きだ。

 骨は幽体特効の武器素材になる。少しだけ自分たち用に取っておこう。


 ナイトメアから取れる通常素材はこれだけだ。

 さて、そうなるとあの定期再生魔法の付呪された特上魔石はどこから来たのか。

 ……まあ、今さら出所を調べたところで意味はないのだけれど、後で攻略資料をもう一度見てみよう。


 素材を片付けると、レオは再びユウトの所に戻った。


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