弟、呼び出される
レオは、不死者の中でも幽体の敵が嫌いだ。苦手というよりも、とにかく嫌いだ。この腹が立つほどの手応えの無さ。
通常攻撃のダメージは0か1,レオとネイはクリティカルを狙って出せるが、それでも100がいいところだ。ランクS級魔物の体力を考えると、先はまだまだ長い。
「うわっと、あぶねっ!」
「くそ、どかどかと走り回って鬱陶しい」
馬の魔物はこちらに睡眠が効かないと分かってから、魔法と蹄を使い分けて攻撃を仕掛けてきている。氷の魔法を放ちつつ、レオたちを踏みつぶすか蹴り飛ばすかしようと駆け回る。
2人はそれを追いはせずに待ち受けて、地道な体力削りを続けていた。
自分たちが動くと、ナイトメアの行動範囲も変わるのだ。万が一奴の行動範囲が村の方まで及ぶと、ユウトたちが見つかりかねない。ここから動くわけにはいかなかった。
「これ、想像以上に時間が掛かりそうだなあ」
「まだ30分も経ってないぞ。愚痴を言う前に集中しろ。近くに来た時に、最大限の手数を打ち込めるようにな」
「分かってますけど……ん? あれ?」
不意に、ネイが眉を顰めて馬を見る。それに気付いて、レオもナイトメアの大きな身体に目を向けた。
視線の先、少し離れたところにいる魔物の身体が、魔法の薄い緑色の膜に覆われていく。
2人はその魔法の正体に気付いて唖然とした。
それは過去に、高ランクのゲートで何度か見たことのある魔法だったのだ。
「……な、ちょっと待て、あれは……」
「定期再生魔法……! 嘘でしょ!?」
ネイが呟いたのと同時にナイトメアの魔法の膜が弾け、今までレオたちが地道に与えたダメージが回復してしまう。
……最悪だ。思わず2人は脱力しかけてしまった。
今まで与えたダメージどころか、これから与えるダメージも回復されることが確定したからだ。
この定期再生魔法というのは回復魔法の上位に当たる。
回復魔法は1回ごとに詠唱が必要だが、こちらは1回詠唱すれば常時発動となり、一定時間ごとに自動的に体力が回復するのだ。当然、僧侶や賢者系でも修得者が限られる上位魔法。
間違ってもナイトメアが使える魔法ではない。
「何でこいつがこんな魔法持ってんのよ!?」
「知るか。……それより、今ので俺たちの攻撃では埒があかないことが判明した。早急に他の策を考えないといかん」
他の策、と言っても、取れる手段は限られている。
……頼りはユウトしかいない。
再び縦横無尽に駆け回り始めた馬の魔物を避けながら、2人は剣を収めた。どうせ攻撃したところで焼け石に水だ。
「定期再生魔法の周期はおそらく30分に1回。その間に倒すしかない」
「回避されるの覚悟で、もゆるちゃんにでかい魔法をぶち込んでもらうとかしないと……。魔力節約して小さいのちまちま当てても間に合わないし」
「あとは俺たちの武器に属性魔法も掛けて、一気呵成で行くしかあるまい」
「そうですね。……ただこいつダメージ食らったら、回復するまで30分間走って逃げ回る可能性が……」
確率回避を持つ上に逃げ回られると、正直討伐は難しい。もちろん倒せる可能性はあるが、体力と根気と多大な魔力が必要となる。
とにかくユウトの負担が大きすぎるのが問題だ。
「予定より早いが、ヴァルドを呼び出して加勢してもらうか……」
「それも考えましたけど、ヴァルドが睡眠無効を持ってる前提じゃないと危ないですよ。あいつメンタル弱そうですもん。すぐ壊されそう」
確かに、召喚している時のヴァルドは自信満々だが、あの農場にいる状態の彼も同一人物だと思うと、メンタル的に頼りになる気がしない。最悪の場合、悪夢によって恐怖心や劣等感を煽られて、操られることもあり得るのだ。そんなことになって、あれを敵に回すようなことは勘弁願いたい。
半吸血鬼なのだし状態異常には耐性がありそうではあるが、無効が付いていないとやはりキツい。
「キイとクウも難しいな。彼らもあらゆる属性に耐性は高いが、無効は炎と毒しか付いていない」
「結局、頼みの綱はもゆるちゃんしかいないってことですね……」
「……そうだな」
こうなっては是非もない。どれだけユウトの労力を減らしつつダメージを与え、ナイトメアを倒せるか。
レオは思考をそちらにシフトする。
「……とりあえず、次の定期再生魔法が発動するまで、このまま避けていくぞ。その後の30分で仕留める。まず、もゆるの魔法で俺の武器に属性を付けてもらおう。そしてとにかく馬の脚を狙う」
「脚を潰して逃げられないようにするんですね」
「そうだ。移動を封じたら、今度はお前も加わって頭を狙え。こっちは気絶狙いだ。気絶すれば、確率回避が出来なくなるからな」
自身の身体能力による回避と違って、確率回避は常時発動の魔法の一種だ。つまり、気絶すれば自ずと魔法は解ける。
確率回避さえ解ければ、首を落とすのは一撃でいけるのだ。
「気絶かあ……余程上手く攻撃を当てないとですね。確率回避で芯をずらされちゃうから、30分以内に行けるかどうか……」
「今考えられる効率的な攻撃はこれくらいだ。残り10分になっても目処が立たない時は、もゆるに魔法攻撃も加えてもらう」
「了解です。じゃあ、もゆるちゃん呼びます?」
「……大声はやめろよ。ナイトメアに気付かれる」
「はいはい。窓の陰からこっちの様子見てるみたいだし、合図送れば来てくれると思いますよ、っと」
言うなり、2人は飛び退く。その間をナイトメアが駆け抜けて行った。勢い余ってだいぶ大きく通り過ぎていく。
ネイはその隙に村の民家を振り返り、ユウトに手を振って合図を送った。
レンガ造りの民家の二階に上がり、ユウトはエルドワを抱いて窓からこっそり外を眺めていた。
最初こそ敵を攻撃していた2人が、剣を収めて敵を避けながら何やら話し合っている。もしかするとイレギュラーがあったのかもしれないと、ユウトはハラハラしながら見ていた。
あのめちゃくちゃ強い2人が攻めあぐねている。この戦い、大丈夫なのだろうか。
窓際でそわそわしていると、不意にネイがこちらを向いた。そしてユウトに向かって、手招きをする。どうやら呼んでいるみたいだ。
何かユウトでも役に立てるようなことが出来たのかもしれない。
もちろん、呼ばれたのは自分だけ。エルドワは危ないから連れて行けない。
「エルドワ、ごめんね、ここでおとなしく待ってて。僕は呼ばれたから行ってくるよ」
「アン? アンアンアン。アンアン」
「もしかして、ついてくるって言ってる? 駄目だよ、睡眠無効ないんだから。悪夢見せられて、精神的にやられちゃうんだって」
「アンアン。アンアンアンアンアン。アンアンアン? アンアン。アン」
「……説得してるんだろうけど、長すぎてもはや何言ってるのか分かんないなあ……。とにかく、エルドワは来ちゃ駄目。良い子にしてて」
ユウトはエルドワを腕の中から降ろすとその頭をひと撫でして、ひとりで一階に降りた。音を立てないようにこっそりと扉を出る。
そして駆け回るナイトメアが遠くに走って行った隙に、急いでレオたちと合流した。
「兄さん、先生、何かあった?」
「話は後だ。もゆる、ナイトメアが回復をしたら、すぐに俺の武器に属性魔法を掛けてくれ。炎でいい」
「え、ナイトメアって回復するの?」
「モンスターデータには載ってないんだけどね、回復しやがったのよ。おかげで俺たちの通常攻撃が全く役に立たないの」
なるほど、それで回避されるの覚悟で、ダメージの通る魔法の属性を付けることにしたわけか。
納得したユウトは、魔法発動のタイミングを見極めるため、回復するという馬の魔物を観察した。
そんなユウトを認めたナイトメアが、不意に脚を止めていななく。その足下に魔力の渦が巻いた。
「魔力が巻いてる……回復が来るかな?」
「いや、これはもゆるに睡眠魔法を掛ける気だ」
「あ……ホントだ」
魔物の魔力が移動してきてユウトの身体を取り囲み、そして霧散する。
確かに睡眠の魔法だ。効きはしないが、掛けられた感覚は分かる。
「もゆるちゃんにも睡眠が効かないのが分かったから、また突っ込んでくるよ」
「貴様、俺があいつの脚を折るまでもゆるをしっかり護れ」
「もちろんです」
再びこちらを蹴散らそうと駆け回り始める馬。ユウトはネイに誘導されて、どうにかその攻撃を避けた。
それを何回か繰り返す。
そうしているうちに、ナイトメアが薄緑の魔法の膜で覆われていくのに気が付いた。
「……あれは何?」
「来た、定期再生魔法だ。回復するぞ。もゆる、俺の武器に属性を付ける準備を」
「あ、うん」
ユウトは慌ててレオに向かって手を翳す。
そしてナイトメアの魔法の膜が弾け、回復するのと同時に、レオの剣に属性を付けた。
「……ここから30分が勝負か」
刀身がぶわりと燃え上がった剣を、兄が一振りする。彼はそれを両手で構え直すと、集中力を高めるように静かに長い息を吐いた。
「……行くぞ」
一陣の風が吹く。
呟いた次の瞬間には、レオはナイトメアの脚下に潜り込んでいた。




