兄弟、職人ギルドで大金を受け取る
「お久しぶりです、レオさん、ユウトくん。ウィルからザインに来たことは聞いていたから、今日辺り来ると思っていました。可愛らしいお連れもいるようですね」
「こんばんは、ロバートさん。エルドワ、ご挨拶」
「アン!」
「ふふ、賢い子ですね。よろしく、エルドワ」
ロバートに撫でられて、エルドワはぴるぴると尻尾を振った。
時刻は夜8時を少し回ったところ。裏口から入ったレオたちは、支部長室にやってきていた。
ソファに掛けるように勧められて、2人と1匹は並んで座る。エルドワはユウトの膝の上だが。
ロバートは一旦ソファを離れると、チェストの上にあるコーヒーカップとソーサーを準備した。手慣れているのは単身赴任が長いせいかもしれない。
「先日、ジャイアント・ドゥードルバグの素材が保管庫に現れた時には驚きました。砂漠ワームの皮膜なんかも滅多に取れない稀少品ですしね。当然ですがあっという間に売れてしまいまして、本部もにっこにこです。また今度菓子折送りますね」
「あ、ロバートさん、この間もウィルさん経由で美味しいお菓子頂いてありがとうございました!」
「どういたしまして。私があなたたちから受けている恩恵からしたら微々たるお返しで申し訳ないくらいです」
ロバートは手早くコーヒーを淹れて、テーブルに置く。そして自身も向かいのソファに座ると、ギルドの端末を取り出した。
「とりあえず、今回の素材の鑑定価額はこのようになっています。売上金はもう入っていますので、一括でお支払いできますよ。ギルドカードを翳して下さい」
「ああ」
「え、何この桁数……。これ、金貨の枚数ですよね……?」
レオが平然と精算する横で、ユウトがその金額にドン引きしている。頭の中で日本円に換算しているようだ。
そんな弟に、レオはギルドカードの提示を促した。
「ユウトもギルドカードを出せ。今回のランクAクエストはお前の魔法メインで戦ってたんだから、受け取る権利がある」
「いや、でも僕が戦ったのは小物ばっかりだったし」
「ランクAの魔物に小物なんて存在しませんよ。砂漠ワームとジャイアント・ドゥードルバグの素材が特殊だというだけで、他のものも十分に価値のある素材です」
「後でルアンにも売上金を渡すから3等分だ。たまには欲しいものを買うといい」
欲しいもの、と言うとユウトは僅かに思案して、素直に頷いた。
「じゃあ、もらう。僕、テムの村に馬車を買いたいんだ。色々お世話になったお礼にと思ってて」
「テムに? ……まあ、いいんじゃないか。どちらかというとあっちの方が恩義を感じているだろうがな」
「売り上げをお礼に使いたいなんて、ユウトくんは良い子ですね」
端末を差し出されてカードを翳し、認証をするユウトの頭をロバートが撫でる。子どもにするような褒め方をされて、少し頬を染めて気恥ずかしそうだ。
うん、今日もユウトは通常運転で可愛い。
そうして精算が終わると、話はウィルの事へと移った。
「ところで、ウチの息子はお役に立てていますか?」
「……かなり役には立つが、あの魔物へのテンションどうにかならんのか。ユウトを泣かせるから困る。妙にドMだし」
「ウィルさん、普通の時はすごく切れ者って感じで頼もしいのに、豹変すると踏まれたがりで怖いです……」
「ああ……あれはもう、どうにもならないので」
眉尻を下げるユウトに、ロバートは困ったように笑った。
「ただ、既存のデータにはときめかない男ですから、珍しいものを与えなければ問題ないですよ。あとは未知のデータをある程度集めてから、定期的にデータと素材もろともウィルの部屋に投げ入れて、1日閉じ込めておけば大丈夫です」
「そうか。未知の部分がなくなれば、取り乱すこともなくなっていくわけだな」
「知識が全て新鮮だった少年時代は、ずっとあんな感じで……ミワさんとタイチくんとあのテンションで延々とディープなオタク談議をしていました。最近は魔物のデータを大体取り込んでしまったので、落ち着いてますけどね。あの無表情は昔の反動みたいです」
ミワとタイチとウィルがハイテンションでオタク談議。
想像しただけで近寄りたくない。
おそらく同じ事を考えているユウトがエルドワを抱きしめてブルブルしていた。
「まあ、あのウザさをさっ引いても、ウィルの知識や他人の思考を読み取る観察力はとても助かっているがな」
「そう言って頂けると安心します」
ロバートは少しおどけたように笑う。
「もえすの2人とも継続して付き合って頂けているようですし、私としても助かります。昔からの馴染みで、彼らも私の子どもみたいなものですから」
ミワとタイチの親があの通りだったから、昔はロバートが彼らを庇護していたのだろうか。だとすれば、ウィル同様にあの2人も奔放な性格なのも納得が行く気がする。
そんなことを考えていると、不意に向かいのロバートが表情を曇らせた。
「……ウィルから、パーム工房とロジー鍛冶工房が放棄されたと聞きました。あそこにいた2人はジラックに行ったそうですね」
「ああ。……おそらく、もうあそこには戻って来れない。職人ギルドにはどこまで話が来ている?」
「そもそも彼らは職人ギルドから除名されているので、噂程度なのですが。ジラックで起こった魔物騒ぎの犯人として収監されたと」
「……それを、ミワとタイチは知っているのか?」
「ウィルが直接告げたそうです」
その割に、昼間会ったタイチは普通だった。処分されたのではなく、収監されたという噂だからか。ウィルの見立てとしても、まだ彼らは殺されていない可能性がある。敢えて死んだとは言わないだろう。
ならば縁を切ったとはいえ子どもとしては、店云々よりも一度捕まって更正してくれれば、という期待の方が大きいのかもしれない。
「最近はだいぶ名を落としたとはいえ、あの名店が消えてしまうのは辛いですね」
「……魔工爺様やミワたちが戻って店を再開させる気はないのか?」
「彼らはもう自分たちの店を持って、好きにしてますから。いまさら王都でやり直しはしないと思います」
「タイチさんのお母さんと、ミワさんのお父さんはどうなんでしょう? どこで何をしているのか知らないけど、お店を継ぐ気はないでしょうか。特にミワさんのお父さんは直系でしょうし、ロジー鍛冶工房を継ぐ権利は十分にあると思うんですけど」
「……ああ、確かに」
ユウトの提起に、ロバートはしばし逡巡した。一考の余地はあるということか。
「私は彼らの居場所を知りませんが、もえすの2人なら知っているかもしれませんね。……このままでは残念すぎますし、一応打診してみましょうか。彼らなら工房を復活させられるかもしれない」
どうやら、ミワとタイチのそれぞれの片親も、ロバートが認める職人のようだ。もえすとシュロの木で装備を揃えたレオたちにはもう新たな工房は必要ないけれど、これから王都でイレーナの特訓を受けるダグラスたちはお世話になれるかもしれない。
まあ何にせよ、これ以上は我々が口を挟むことじゃないだろう。
コーヒーを飲み干して、レオはそろそろ帰ろうとユウトを連れて席を立った。ロバートも見送りに立ち上がる。
そのまま扉に向かおうとして、レオはそう言えばと立ち止まった。
「……先に言っておく。これから数日間、『ソード』と『もゆる』のパーティがランクSSゲートに潜る。保管庫に素材が突っ込まれるから、鑑定頼む」
「ランクSSのゲートに!? それは期待してしまいますね! 楽しみにお待ちしております! くれぐれも、肉は料理にしか使えないからいらんとか言って捨ててこないようにお願いしますね! 絶対ですよ!」
……こうして素材に執着を見せる時のロバートの目の輝きが、ウィルとそっくりだ。
もしかすると、ロバートも昔はウィルのようなテンションの青年だったのかもしれない。
そんな恐ろしいことを考えながら、レオたちは職人ギルドを後にした。




