弟、ランクS候補判定に立ち会う
『シュロの木』に行ってレオが注文しておいた冒険用アイテムを受け取ると、ユウトたちは久しぶりにリリア亭に戻った。
相変わらず他の客はほぼ居なくて、2人が顔を出した時のダンの喜びようはすごかった。
美味しい食事と行き届いたベッドメーキング。旅で出た洗濯物も引き受けてくれる。至れり尽くせりだ。
王都の自宅も良いけれど、たまにはこうして家事を丸投げ出来るのも良い。
ユウトたちは久しぶりにゆったりと夜を過ごし、一日を終えた。
そして翌日。
11時に差し掛かる頃、何故か2人と1匹は冒険者ギルドの応接室にいた。
ちょっと前にルアンがリリア亭に来て、『推薦人も同席して欲しい』と言ったのだ。ウィルの指示で、評価結果の見届け人のような役目をして欲しいらしい。
特に喫緊の用事もないし、この結果も気になっていたユウトたちは、断ることなくついてきた。
すでにダグラスたちは部屋に待機している。
2人が彼らの座るソファの後ろに用意された簡易の椅子に座ると、応接室のギルド事務室側に繋がる扉からウィルも現れた。
「こんにちは。皆さん、揃っていますね。今回、判定員を務めさせて頂くウィルです。よろしくお願いします」
事務的な挨拶をして彼も対面のソファに座る。
「……まずは、きっちりと時間を守れるところは評価させて頂きます。冒険者は時間にルーズな者が多いですが、高ランクに行きますとその少しの気の緩みが任務失敗に繋がります。努々お忘れなきよう」
ウィルの言葉に、パーティのうちの3人くらいが緊張にピシッと背筋を伸ばした。おそらくここに遅れそうになって追い立てられてきた面々だろう。
ルアンから聞く話だと、彼らは結構ズボラだ。細かいことにこだわらないおおらかさがあるとも言えるが。
当然反応を見てウィルもそれに気付いているに違いない。
しかし、パーティの中にひとりでも、それを管理できるしっかり者がいれば大丈夫だと考えているのだ。
個々の能力も必要だが、互いに不足を補い合えるパーティならばそれでいいということだ。
最初は空気を引き締めるための忠告だけに留めて、ウィルはダグラスを見た。
「ではダグラスさんから順に、自己紹介をお願いします」
「じ、自己紹介?」
「名前と職種、自分の能力の長所と短所を、できるだけ正直に」
一見、彼らの戦力を見極めるような内容。
しかし、ウィルが見るのは人柄だ。どれだけ彼の期待する答えを出せるか、そこが肝になる。
変に小賢しく立ち回るのは逆効果だが、どうなるか。
ウィルに促されて、ダグラスは緊張気味にひとつ咳払いをした。
「ええと、では。俺はパーティリーダーのダグラスです。職業は戦士。力には自信があります。剣以外にも斧やウォーハンマーを扱えるので、魔物によって得物を変えて対応できます。短所は攻撃が大振りで、命中率が悪いこと。ただ、仲間がそれを分かって敵の動きを止めてくれるので、俺がとどめを刺すことが多いです」
正直で良い答え、のような気がする。
ユウトは隣のレオの反応を見た。その視線に気付いた兄が、声を出さずに『まだ』と口を動かす。
これだけでは足りないということだろうか。
続けて、他のメンバーが自己紹介をしていく。
ダグラスのパーティは戦士が2人、武闘家が1人、魔術師が1人、弓兵が1人、盗賊が1人の6人。
回復役は武闘家とルアンが兼任している。
決してバランスの良いパーティではないが、弱点を語る言葉で、欠点をみんなが上手くフォローしあっているのが分かる。
ウィルはそれを相変わらずの無表情で聞いていた。
最後にルアンが自己紹介をする。
「オレはルアン、盗賊です。長所は素早いことと、命中率が高いこと。短所は力が弱いこと。でもとどめはみんなが決めてくれるから、あんまり気にしてないんだけど。自分の役割ってそれぞれだと思うし」
「なるほど」
全員の自己紹介を聞いて、ウィルは頷いた。
それから僅かに思案し、ルアンを真っ直ぐに見る。
「……先に言っておきます。ルアンさんはランクSの適性有りです」
「え!? マジで!?」
「先日お会いになったギルド長も、ルアンさんなら即で大丈夫だろうと。私もここ数日ご一緒させていただいて、あなたは適性があると判断しました。能力とは、力ばかりではありませんから」
「おお、すごいな、ルアン!」
ルアンへの評価に、ダグラスたちも湧いた。
確かに、ルアンはネイに師事しているおかげで戦闘技術の上達ぶりがすごい。性格だってすこぶる良いのだ。ユウトも納得して頷く。
しかし、次のウィルの言葉で、部屋が静まりかえった。
「どうですか、ルアンさん。ユウトさんとレオさんを交えて、新しくランクSのパーティを作りませんか。ギルド長は、彼らの適性も認めています」
「え」
思いも掛けない提案に、ウィルとレオを除いた全員が固まる。
ユウトも驚いて目をぱちくりと瞬いた。
だってすでに自分たちはランクSSSだ。掛け持ちなんてできないし、そんな話は正に寝耳に水。
「ちょ……」
思わず口をはさもうとして、しかしレオにやんわりと口を押さえられた。しぃ、と耳元で囁かれ言葉を止められる。
それでこの展開に何か意味があるのだと理解したユウトは、軽く頷いて口を閉ざし、ルアンを見た。
「……オレは、このパーティから抜ける気はありません。臨時でパーティを組むくらいならいいけど」
「お父様やその仲間がいるから見捨てられないんですか? ……ではお父様方にお聞きします。ルアンさんなら1人でランクSに上がれますが、後押しする気はありませんか?」
ウィルに感情のこもらない声で訊ねられて、ダグラスたちは少し怯む。しかし、彼らは意を決したように言い返した。
「ルアンが自分から出て行きたいと言うんじゃなければ、出す気はない」
「そうだ! 俺たちがルアンを嫁に行くまで護るって決めてんだからな!」
「ルアンはウチのパーティになくてはならない存在だ。俺たちがランクSにふさわしい実力を付けるまで居てもらわないと困る」
「……ふむ、なるほど」
勝手な言い分に聞こえるが、その言葉を聞いたウィルはひとつ頷いて、レオとユウトを見た。
「……お2人をダシに使って、勝手にふられた感じにして申し訳ありません」
「別にいい。どうせこのためにこの場に呼んだんだろう」
「え? 何? どういうこと?」
レオはウィルの考えが分かっていた様子だ。ユウトが首を傾げている中、ウィルはダグラスに視線を戻した。
「あなた方のパーティを、ランクS候補として正式に冒険者ギルドに推薦したいと思います」
「へ!? パーティで……?」
「高位ランクに上がると、戦力以上に大切なのが仲間の繋がりです。仲間が欠けても他の誰かを入れれば補える、などと考えているパーティは、死亡率が高くなるし、クエスト達成率が低くなる。自分のパーティメンバーを救えないのに、他の人間を命がけで救えるはずがないでしょう。このパーティはこれでひとつ、誰が欠けても成立しない。そのくらいの繋がりが必要です」
ウィルの説明に、ダグラスたちはぽかんと口を開けた。
おそらく、自分たちのことまでこんなふうに簡単に決まるものと思っていなかったのだろう。
「自己紹介も良かったです。最初のダグラスさんから皆、自身の欠点を客観視し、その上で仲間にフォローされていることも自覚している。傲慢にならないためにはとても大切なことです。パーティの職種のバランスは少々悪いですが、そんなものはどうとでもなります」
「マジでか……」
ダグラスたちは、突然の展開にまだ頭が付いてきていない。
しかしそんなことは気にしないウィルは、一礼をして立ち上がった。
「試すような真似をして申し訳ございませんでした。とりあえず、これで判定は終了です。後日冒険者ギルドから正式な通達が来ると思いますので、ご準備のほどよろしくお願いします」
「あ……はい、よろしくお願いします……」
「では失礼」
ウィルがそのまま入ってきたのと同じ扉から出て行く。
何ともあっさりしたものだ。
それからしばらくして、応接室からは男たちの奇声が上がったのだった。




