兄弟、ザインでみんなと別れる
翌日、宿駅を出てからザインまでの道中も順調だった。
途中で魔物が出たが、ユウトが馬車に乗ったまま魔法で撃退してしまったから障害には入らないだろう。
小川の近くで一度ゆっくりと昼休憩を取ってからザインに向かったというのに、それでも夕方に差し掛かる前には城門に着いた。やはり馬車は速い。
「ルアン!」
「あ、ただいま、親父!」
城門に入ってすぐのところで、ルアンの父ダグラスが待っていた。
今日の到着を知らせてはいなかったのだが、おそらく通知を受け取って以来、気が逸って毎日ここに来ていたのだろう。
「お久しぶりです、ダグラスさん」
「おお、ユウトくん、レオさんもお帰り。どうだい、ルアンは役に立てたかね?」
「もちろんです! ルアンくんが居てくれてすごく助かりました」
ダグラスはがっしりとした見るからに戦士体型の大男だ。ユウトとほぼ体型が変わらないルアンと並ぶと、余計に大きく見える。
しかし威圧的なところはなく、笑顔が優しく、頼りがいがある。
親切で面倒見が良い彼を、ユウトも慕っていた。
「エルドワも、ご挨拶して」
「アン!」
「うわ、何、子犬!? 可愛いなあ! もふもふころころだな! エルドワというのか、よろしくな!」
ユウトに促されて、腕の中のエルドワが尻尾をぴるぴるしながらひと鳴きすると、ダグラスは目を輝かせてその頭を撫でる。
エルドワは相手がどんな大男でも、それこそオネエでも無愛想でも、全然人見知りしないのがすごい。
無骨で大きな手にも平気で撫でられてくれる子犬に、ダグラスはメロメロな様子だ。
「こんにちは、ダグラスさん」
「……ああ、ネイさん」
しかし、ネイに挨拶をされた途端にがくんとテンションが下がる。
何だろう、突然のこの落差。相手はルアンの師匠だというのに。
その変わりようにユウトが驚いていると、ダグラスは真顔ですすっとネイに詰め寄った。
「いつもルアンが世話になっている。……だが俺の目の届かぬ間、ウチの娘に変なちょっかいは掛けていなかっただろうな?」
「ちょ、何言ってんの親父!? やめろよ!」
それを聞いたルアンが慌てて間に入る。
……ああ、父親としてのそういう懸念からの態度か。
……いや、それで言ったらユウトの方がネイより歳も近いし、ずっとルアンと一緒にいるんだけれども、何故自分にはその嫌疑が掛からないのだろう。解せぬ。
「あんたに師事してからルアンはずいぶん強くなった……。しかし少し親密過ぎではないか? あんたに嬉しそうにご飯作っていったりして、それ見てリサはニヤニヤしてるし、この間も」
「あのう、以前から会うたび言ってますが、ルアンは大事な弟子として育てているだけですって。歳も一回りくらい離れてますし、女の子として見てないし、お父さんが心配するようなことは……」
「お父さんって言うな! おまけにウチの可愛い娘に女の子としての魅力がないような言いぐさ、許せ……」
「いい加減にしろ!」
「ぐふお!」
ダグラスの鳩尾にルアンのクリティカルが入った。
「うむ。良い角度と打ち込みだ」
「ルアン、ほんと成長したねえ。師匠として鼻が高いわ」
悶絶する大男を前に、レオとネイがしみじみしている。何だこれ。
「……どうかなさいましたか」
「あ、ウィルさん」
そこに、馬屋に馬車を預けに行っていたウィルが戻ってきた。
「ちょうど良かった、ウィルくん、この人がダグラスさんです~。ランクS候補のリーダー」
「……悶絶して膝から崩れ落ちてますけど、ちょうど良かったんですか?」
「あ、ごめん、ちょっと待って。ほら親父、王都から来てくれた冒険者ギルドの職員さんだよ! シャンとして!」
「……シャ、シャンとしてって、お前な……」
ルアンの手を借りてようやく立ち上がったダグラスは、どうにか背筋を伸ばしてウィルに一礼した。
「し、失礼しました。ルアンから連絡は頂いています。俺がパーティリーダーをやっている、ダグラスです」
「私は冒険者ギルドから判定員として参りました、ウィルです。パーティの他の方々は?」
「今は新しい装備ができあがるまで休みにしていて、各々好きにすごしています。集めろと言うならすぐに呼びますが」
「いえ、もう夕方も近いですし、それなら明日にしましょう。ザインの冒険者ギルドに応接室を借りて、全員の判定をさせて頂きます。ギルドの業務が一段落する、11時頃に現地集合で」
「はっ、よろしくお願いします!」
だいぶ年下で体格も劣るウィル相手だというのに、ダグラスはひどく緊張した面持ちだ。かなり気負っている。
それに苦笑をしたルアンは、ガチガチになっている父の背中を押しながらユウトを振り返った。
「緊張しすぎで駄目だこりゃ。とりあえず今日はもう何もないよな? オレはこのまま親父と帰るわ」
「うん。リサさんにもよろしくね」
「……待てルアン。これを渡しておく」
不意に、レオがルアンを呼んで何かを差し出す。
それに近寄ってきたルアンは、首を傾げつつも手を出した。
「何?」
「転移魔石だ」
「うえ!? 転移魔石って、めっちゃ稀少で高価なやつ……!」
「あ、マルセンさんに魔法固着してもらった魔石? 元々エルドワが剥ぎ取って来てくれたやつだね」
「買えば高いが、これは無料だから気にするな。……お前には、これからも色々依頼をするかもしれんからな。持っていてくれた方が助かる」
ころりと手のひらに乗せられたそれを、彼女は落とさぬように握りしめる。
「うっわ、すげ、ありがと。大事に使う」
「一度使うと魔力を充填するのに3日掛かる。それは忘れるなよ」
「うん、分かった。……じゃあな!」
ルアンはそれを大切そうにポーチに入れると、今度こそ父を連れ立って帰って行った。
それを見送って、ネイも離脱を告げる。
「俺も放置しっぱなしのザインの拠点の掃除に帰ります」
「ネイさん、2日間の御者お疲れ様でした。ゆっくり休んで下さいね」
「うう、労いの言葉をくれるなんて優しいねえ、ユウトくん。じゃあ、また明日ね。エルドワも」
「アン!」
ユウトとエルドワの頭を撫でて、ネイはレオを見た。
「明日、ルアンたちの判定結果が出た頃にまた来ます」
レオは何も返さないが、ネイはいつものことなので気にしない。彼は最後にウィルに声を掛けた。
「ダグラスさんたちのこと、よろしくね」
「私は見たままの判定をするだけです」
「それでいいのよ。変に私情を加味してランクを上げて、危険な目に遭わせたりしたくないだろ。忖度のない判定をよろしくねってこと」
「そういうことなら、かしこまりました。お任せ下さい」
ウィルの返事を聞いたネイは、軽く手を振って街中へ消えて行った。その姿が見えなくなったところで、ユウトがウィルに訊ねる。
「ウィルさんは、これからロバートさんのところに?」
「ええ。それから、『もえす』も訪ねるつもりです」
「……職人ギルドと『もえす』……」
ユウトの隣でレオが呟き、何故か視線を逸らした。
「ユウトさんたちはどちらに行かれるのですか?」
「えっと、どこか行くの? レオ兄さん」
「……魔工翁のところに発注していたアイテムの残りを取りに行くことにする」
「ああ、『シュロの木』ですか。では、今日はここでお別れですね」
レオとの応対では彼に合わせて挨拶を省略するウィルだが、ユウトにはきちんと挨拶をしてくれる。相手のニーズに合わせてくれているのだ。
「それでは、また明日お目に掛かりましょう。ごきげんよう」
「はい。さようなら、ウィルさん。また明日」
互いにお辞儀をすると、ウィルはいつもの無表情のまま、職人ギルド方面へ去って行った。
その後ろ姿を無言で見送るレオを、ユウトがちらりと見上げる。
「……もしかして、職人ギルドと『もえす』に行くつもりだった?」
「……ああ。それも高ランク魔物素材の精算と、特殊素材でのアイテム作成依頼をするためだ。そんなものウィルと一緒に行ったら、確実にあいつは豹変する」
「魔物のデータと素材に関わると、ウィルさんめっちゃ怖いもんね……」
「おまけに『もえす』のあのテンションにウィルが加わったら、阿鼻叫喚の地獄になる未来しか見えない」
確かに劇薬同士、合わさったらカオスだ。
「……うん。今日は魔工爺様のところ行こう」
「その後はリリア亭で、久しぶりにダンの飯を食おう」
「エルドワのご飯も用意してもらわなくちゃね」
「アン!」
ぴるぴると尻尾を振る子犬を連れて、2人は大通りから路地へと向かうのだった。




