兄、ウィルに最後の確認をする
「師匠! お久しぶりです!」
「おー、ルアン。どうだ、この一ヶ月で成長したか?」
「ランクAの魔物から、ばしばしアイテムスティールできるようになりましたよ!」
「そうか、偉いぞ。飴ちゃんをやろう」
「わーい!」
ネイと久しぶりに会ったルアンは嬉しそうに戯れている。
その隣で無表情のウィルが挨拶をした。
「今回はザインまでの同行よろしくお願いします。先日父のところには行ったばかりなので、本来はまだザインに行く予定はなかったのですが、ギルド長が『ザインにいつ行く? あと何日? 明日行く?』とあまりにウザいものですから」
「イレーナは見込んだ奴をしごいて鍛えるのが大好きだからな。楽しみで仕方が無いんだろう。まあ、俺たちも一度ザインに行くつもりだったから問題ない」
「今回はみんなと一緒だね。ギルド長さんが馬車も用意してくれたし、普通に旅を楽しめそう」
「アン!」
レオとユウト、ネイとルアン、そしてウィルとエルドワ。
今回の旅は賑やかだ。
すでに荷物は準備が終わっているし、5人と1匹は早々に馬車に乗り込んで出発した。ちなみに御者はネイだ。彼は何事に関しても器用にこなす。
ルアンがその隣に行ってしまったので、荷台にはエルドワを抱いたユウトと、そのすぐ脇にぴたりとくっついたレオと、向かいに座るウィルがいた。
「ちゃんとしたクッションのある荷台だと楽だね。テムの村からザインに行く時の馬車は大変だったからなあ」
「あれは完全な荷馬車だったしな。さすがにギルド所有の馬車はそれなりにちゃんと作られている。冒険者やギルド職員が乗る前提だからな」
「この幌馬車は野宿ができるように水タンクも付いてますし、ベンチ部分を外してみんなで寝ることも出来ます。今回は途中に宿駅がありますから必要はないでしょうが」
「へえ。さすが冒険者ギルドの馬車ですね」
テムの村にもこういう馬車があるといいのに。
ユウトは機会があったら以前のお礼に、村に馬車を贈りたいなと考えた。装備などはレオが揃えてくれるから、ユウトにはクエストの報酬が結構貯まっているのだ。
馬車を土産に、そのうちまたテムの村を訪れよう。
馬車の旅は順調で、ユウトたちは夕方の早い時間に宿駅に辿り着いた。
入り口の馬屋に馬車を預けると、ウィルが先頭切って歩き出す。
「今回は冒険者ギルドで宿の予約を取っているそうです。あちらの、三階建ての石造りの建物になります」
「ああ、ギルド関係者用の宿か」
「へえ、ずいぶん待遇いいなあ。これって確か、ギルド長や特別な命を受けた冒険者しか泊まれない上宿だよね?」
「うわあ、オレ一度泊まってみたかったんだよね!」
「あれって、そんな特別な宿なんだ」
以前泊まった上宿とはまた趣の違う無骨な外見だけれど、その大きさと細部まできっちりと積まれた石組みは見るからに頑強そうだ。
セキュリティの高さも感じさせる。
ウィルがその入り口で警備をしている男にイレーナからの紹介状を見せると、5人と1匹は建物の中へ通された。
何だかVIP感が漂っていて緊張する。
ロビーには受付があって、左奥のラウンジにはしゃれたテーブルとソファが並んでいた。職人ギルドの手によるものだろうか。
それらを興味深く見ていると、ウィルがひとり受付で手続きを済ませて、こちらに戻ってきた。
「パーティ用の6人部屋をひとつ用意してあるそうです」
「……一部屋か? 嫁入り前の娘がひとりいるんだが」
「オレ? 別に気にしないけど。親父たちと移動する時なんていつも相部屋だし。大部屋で他のパーティと混じって寝るのもしょっちゅうだし」
ルアンはさばさばとしたものだ。さすが冒険者。
まあ、いつもはダグラスが周囲に目を光らせているのだろうし、彼女自体も危機回避能力が高い。このメンバーの中に不逞の輩がいるわけでもないのだから、警戒することもないのだろう。
「問題なければまずは部屋に行きましょう。夕食は1階右奥のレストランでできます。ここは別料金ですが、それも今回はギルドが持ちます」
「へえ、太っ腹だなあ。高いもの頼んじゃおうっと」
「……貴様は今回の冒険者ギルドの話に何の関係もないだろうが」
「弟子の所属するパーティがランクSになれるかを見届けに行くんですから、無関係じゃないですー」
ネイは気楽そうだった。苛ついたらしいレオから脇腹に一撃を食らったが。
食事を終えると、各々はシャワーを浴びて、ゆっくりとくつろいでいた。明日も馬車旅、徒歩の時ほど早く出る必要も無いし、体力だって大して減っていないから少しくらい夜更かししても問題ない。
おしゃべりをしたり荷物の整理をしたり、みんなリラックスモードだ。
そんな中、シャワーを浴びたエルドワの毛並みを整えているユウトを眺めていたレオに、ウィルが声を掛けた。
「レオさん、少しご報告したいことがあるのですが」
「……ああ」
彼の話の内容に心当たりのあるレオは、何の、とも聞かずに立ち上がる。
ウィルは先日、マルセンからジアレイスの情報を聞いていた。おそらく彼なりの見解を聞かせてくれるのだろう。
この場で話さないのは、言わなくてもレオがユウトの前であまり魔研の話をしたがらないことを勘付いているからだ。
「少し出てくる」
「うん、行ってらっしゃい」
余計な詮索をしない弟の頭を撫でて、ウィルと共に部屋を出る。
そのまま1階ロビーの奥にあるラウンジに向かった。
その隅に陣取ってコーヒーを頼む。
他に数人の客がいるが、それぞれギルドの商談らしきものをしていて、こちらに意識を向けるものは誰もいなかった。
それを確認し、控えめな声で彼を促す。
「報告しろ」
「先日、マルセンさんのところでジアレイスの話を聞いてきました」
「ああ、お前と会ったと聞いた。それで、ジアレイスの思考展開は少しでも読めたか?」
「その前に、レオさんに聞きたいことがあります。マルセンさんは自分にはその権限はないからと語ってくれなかったので」
ウィルはそう言って、運ばれてきたコーヒーをひと啜りした。
「私はジアレイスが事柄に対して起こした反応のデータを蓄積して分析をしているのですが、まだまだその事例が少ない。それから、最終的にどのような事柄に対しての彼の思考展開を予測すれば良いのか、はっきりしない。なかなか他言出来る内容ではないと推察しますが、より分析の精度を上げるために、情報をいただけませんか」
「……そうだな」
確かにそれがないと、性格だけが分かっても予測パターンは絞りきれない。それでもマルセンがウィルに話さなかったのは、これが刻下世界の存亡に関わることだからだ。世界樹の話も含め、彼に伝えるかどうかの判断をレオに委ねた。
「……以前にも一度訊いたが。……この話を聞いてしまうと、もう最後まで抜け出すことは出来なくなるが、その覚悟はあるか」
これを知れば、もう絶対に知らぬ振りは通せない。
世界を背負う必要の無い一般人である彼に、その覚悟を問う。
ここまで巻き込んでおきながらこの問いは狡獪とも言えるが、これは最後の確認だ。
しかし表情を変えない男は、僅かな逡巡も無く、レオの問いに真っ直ぐ頷いた。
「これまでのレオさんたちを見ていて、世界を揺るがす事態が起こっていることはとうに推察していました。今さらその覚悟を問うのは遅いくらいです」
……そう言えば、ウィルは異様に話の早い男だった。




