兄、ルウドルトの敗走を知る
ルウドルトがジラックから敗走し、王都に逃げ帰った。
その報を受け、レオはひとり、王宮へ向かっていた。
ジラックにリーデンという名将がいることは知っている。かなり腕が立つ男だということも。
しかし、もう齢は50を過ぎているはずで、ルウドルトが遅れを取るとは思いもしなかったのだけれど。他に何か要因があったのだろうか。
王宮の国王の部屋を訪れると、そこにはライネルとネイ、そして件のルウドルトがいた。
手首や顔に包帯と絆創膏をつけているが、思いの外大したことはなさそうに見える。彼はレオを見ると、恭しくお辞儀をした。
「来たか、アレオン」
「ご足労をかけまして申し訳ございません、殿下」
「構わん。それよりも、ジラックで何があった?」
「俺たちがざっくりと現状までの経緯を報告書にまとめてきたんで、目を通して下さい」
ネイに報告書を手渡されて、レオはソファに座ってそれを一通り確認した。ライネルとネイも座り、ルウドルトだけライネルの後ろに立って控える。
しばらく紙を捲る音だけが室内に漂い、それがテーブルの上にばさりと投げ置かれたことで沈黙は打ち切られた。
「……胸くそ悪ぃ」
「同感だ。魔研のすることは常軌を逸している。こんな話、可愛い末弟に知られなくて良かった。……今日はユウトは?」
「ルアンとエルドワに護衛を任せて置いてきた。ルウドルトの怪我を心配していたが、皆で押しかけると邪魔になるからと説得してな。……魔研の話が出るだろう事は分かっていたし」
「私は大したことありません。あちこちに切り傷が出来たのと、肋骨が少々骨折した程度です。ユウト様にはご心配いりませんとお伝え下さい」
「お前が肋骨を折った? リーデンはそんなに強かったのか」
「事情が事情でしたので。彼は護るべき者のために実力以上の力を発揮しましたし」
「キイとクウに負けろって指示されてたんですよ」
横からちょろっとネイが補足をした。
それに対してルウドルトが眉を顰める。
「……無粋なことを言うな、狐。私は手を抜いていない。実力は拮抗しており、ただリーデン殿の方が心に抱える決意が大きかった、それだけの話だ。……私の敗走により陛下のお顔に泥を塗ったことは悔やまれるが、私の武人としての誇りに傷がつくことはない」
「いや、別に私は顔に泥を塗られたなんて思っていないよ。今回はただ、リーデンの名声が上がったというだけだ」
ライネルはまるで気にしていないのだがと肩を竦めた。
「まあ、結果お前たちが敗走したことで、ジラックは死の軍団を発現させる必要がなくなったのだろう? リーデンがルウドルトを負かしたのなら領主の溜飲も下がったろうし、直近の問題は回避出来たわけだ」
「つっても、どこまで楽観視出来るかは謎ですけどね。ルウドルトとリーデンが戦うまでに気になる場所は行ってきたんですが」
「気になる場所? 報告書には無いようだが」
「そっちはまとめる時間がなかったんです。後々、オネエが書簡にして持って来ます」
ネイが報告書をまとめきれないなんて、余程突貫調査だったのだろう。オネエが後で持ってくるということは、彼も王都に戻ってきているのか。
「お前ら全員でジラックから引き上げて来たのか?」
「ええ。キイとクウは姿を変えられるから、そのまま残ってますけどね。俺らはリーデンに顔を覚えられちゃったし、忍んでる時に鉢合わせしたら大変ですもん」
レオの問いにネイが答える。それを聞いたライネルが首を傾げた。
「斬られるということか? リーデンはどういう立ち位置なんだ? ルウドルト、このジラックの詳細を語ってくれたのはリーデンなんだろう?」
「残念ながらリーデンは敵方です。それを語ってくれたのは王都に仇為す自身へのけじめで、『ジラックに害を為そうとする時は、本気で戦う』と宣言していました。その後日に私は戦い、敗走した次第です」
「館に乗り込んだ時は正直、領主はリーデンにとって邪魔だから見逃してくれるかと思ったんですけどね。領主に詰め寄る前に現れて、ルウドルトと戦闘になっちゃいました。……おそらく、領主に危害が及ぶと、何かしらリーデンに不都合があるのかもしれません」
「不都合だと?」
領主と何かの術式が紐付けされているのだろうか。そう思ったレオを、ネイがちらりと見た。
「……実は俺、次男の棺を開けてきました。おそらく……いや、確信に近いんですけども、多分領主に危害が加わると、あの次男が奴を護るために目を覚ますことになるんだと思います。……あの首輪を着けてましたから。ユウトくんと同じ、使役の首輪」
「なっ……!?」
ユウトが着けていた首輪と同じものを次男が着けられている。
レオはそれを聞いて言葉を失った。
「彼は肌に傷を付けられ、身体のあちこちが黒ずんでいました。どうも呪詛を注ぎ込まれている様子で。俺が見たところ、陛下とルウドルトへの呪詛も入ってましたね。半分のアンデッド部分は復讐する死者のようです」
「領主に危害が加わると目を覚ます、か……。それを阻止するためにまずリーデンが領主を護り、万が一リーデンが負けて領主が危険になったら次男を目覚めさせ使役する。二段構えになっているわけか。なかなか小賢しい……が、まあ、裏で糸を引いているのは魔研だしな」
「それだけではありません。その次男と、キイとクウの言う『邪神の種』との契約による死の軍団発生で三段構えとなります。軽んずることはできません」
「ジアレイス、性懲りも無くふざけたことを……!」
魔研が未だにあの首輪を半魔の使役に使っている、そう考えただけで怒りに震え、レオは忌々しさに強く拳を握った。
長くユウトを苦しめたあの首輪。あんなものを、弟の目に触れさせたくない。
「落ち着け、アレオン。ジラックにはもう軽々しく手を出せない。しばらくは静観しつつ、奴らを仕留めるための確実な方法を探っていくしかないだろう。……墓地に作っているという塔も気になるし、お前の偽物と反国王派の貴族の話もはっきりさせんといかん」
「……くそ、俺たちは全てが後手後手で、奴らに振り回されてばかりだ……」
「そうイライラするな。反撃の時のために地力を溜めておくのも大切だぞ。……そうだ、気分を変えるでもないが、少し王都を離れてザインに戻ってみたらどうだ。私もこれから王都の建国祭で忙しくなるから、ジラックにばかり関わってもいられないしな」
苛立つレオを宥めるように、ライネルは軽く話を変えた。
「ちょうど、ザインへの遣いも頼みたいんだ。イレーナから私の方に話が上がってきている。ランクS冒険者候補になれそうなパーティがザインにいるそうだな。ギルド職員を連れてザインへ行って来てくれないかとお前たちに依頼してきた」
「……ああ、ウィルにダグラスたちの判定をさせる話か……。そうだな、ルアンのことも帰しに行かないといけないし、少し問題から離れてみるのも良いかもしれない。ザインへ行こう」
「カズサも、ご苦労だったな。今度はアレオンについていけ」
「やったー! 了解です!」
「……別にこいつはいらんが」
「レオさんがいらないと言っても、ユウトくんとルアンは必要としてくれるはず! 問題ないです!」
ネイはもはやレオの拒絶など気にも留めない。
弟を護らせているせいで、ユウトが妙にこいつに懐いてしまったのは失敗だったかもしれない。今後の護衛はできる限りルアンとエルドワに頼もう。
そんなことを考えているレオに、ライネルが続けた。
「あと、できればザイン周辺にあるランクSSのゲートを攻略して欲しい。そろそろ結界が古くなって、保たないところがあるらしいんだ。新たに結界を張るには術式と多くの術士と3日間に渡る詠唱が必要になるし、それよりも潰してもらった方がありがたい」
「ランクSS……ボスは?」
「ヴァンパイアだ。エナジードレインを持っているから厄介だし、お前と相性の悪い不死者ではあるが……」
「ヴァンパイアか」
確かにレオとは相性が悪い。しかし、ユウトの魔法もあるし、何より彼には吸血鬼殺しのヴァルドがついている。ヴァルド自身もランクSS相当だと言っていたし、ならば特効付きのこちらが有利、問題は無いだろう。
一度ヴァンパイアを倒せばエナジードレイン無効のアイテム素材が手に入るし、悪い話ではない。
今後アンデッド系と戦う可能性を考えれば、このアイテム素材は必須だ。
「分かった。機会を見て受けよう」
「そうか、頼む」
ジラックに気掛かりを残したままではあるけれど、今は出来ることからやっていくしかない。レオは請け合った。
せっかくだし、手に入れた素材を使って『もえす』で色々アイテムを作成してもらおう。弟を護るために、準備をしすぎるということはないのだ。




