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兄、癒される

 翌朝、朝食の時間になってもレオの部屋の扉は開かなかった。

 兄は昨晩、リリア亭で夕食を済ませた後にひとりで夜の狩りに出掛けたのだ。

 その後何時に戻ったのかは分からないが、おそらく今日は寝坊するつもりなのだろう。ダンにはすでに朝食不要と伝えてあったようだった。


「……レオ兄さんが起きてくるまで、どうしようかなあ」


 おかげで朝からユウトは手持ち無沙汰だ。

 冒険者ギルドに依頼を受けに行きたいが、あの杖一本でひとりで街の外に出るのは憚られるし、雑用依頼を受けるにも、街に馴染まぬ今はまだ自信がない。

 となると、できることはあまりなかった。


(そういえば、初仕事の報酬で欲しいものを買えって言ってたっけ)


 買い物に行くくらいは大丈夫だ。支払いの仕方は分かっているし、一度行った店なら入りやすい。

 それならさっそくと、ユウトは肩掛け鞄を提げて部屋を出た。


「ダンさん、僕ちょっと買い物に出掛けてきます。もし兄さんが起きてきたら、そう伝えておいてもらえますか? 昼頃には戻ります」

「ああ、伝えておくよ。いってらっしゃい。気を付けてね」


 一応心配性の兄のために行き先を残して宿を後にする。

 大体の店はこの大きな通り沿いにあるので、ひとりでも迷うことはない。


(せっかくの初報酬だし、いい物を手に入れたいな)


 ユウトは散策するようにゆったりと、通りの店先を覗いていった。






 レオが目を覚ましたのは、ずいぶんと陽が高くなった11時近くだった。


 昨晩はランクBにあった依頼の討伐モンスターの群れを狩っていて、朝方まで掛かってしまったのだ。

 一応、その依頼を受けた人間が困らないように、討伐の証拠となる素材を一部残してやっている。楽に大金とギルドポイントが稼げるのだから文句はないだろう。レオは死骸が他の魔物に喰われないように強力消臭剤まで振ってやっていた。


 これは親切心からではなく、不利益を被った者は犯人捜しを始めるから、それを回避するためだ。冒険者に不利益をもたらす話題は、あっという間に冒険者内に広まる。そうなるとものすごく面倒臭い。


 逆に、美味しい事案は隠したがるのが大方の冒険者だ。自分たちだけが利益を被ろうとする。だからレオは美味しいところを損なわないようにできるだけ残してきた。

 どうせ冒険者としての実績なんて鬱陶しいだけで興味がないし、金だってユウトを何不自由なく養えるだけあればいい。勝手にしてもらって結構。


 後は冒険者ライフを楽しみたい弟が危なくないように、最強の装備とアイテムを揃えることだけが兄の目的だった。


(……ユウトは何をしてるだろう)


 時計を見てベッドから起き上がったレオは、まずユウトに意識が向く。

 隣の部屋にいる気配は感じられない。下に行っているのだろうか?


 乱れた髪を手ぐしでなでつけて、ズボンとシャツを着る。そしてタオルと石けんなどを準備したレオは、部屋を出て一階へ降りた。

 しかしそこにはユウトはおらず、いたのは掃除をしているダンだけだった。

 彼は食堂のテーブルを拭いていたが、すぐに降りてきたレオに気付く。


「ああ、起きたんですね、レオさん」

「……ユウトは?」

「ユウトくんなら買い物に行くと言って出て行きましたよ」


 挨拶もなく訊ねたレオに、ダンは特に気にするふうもなく笑顔で答えた。


「買い物……」


 生活に必要なものは昨日大体買いそろえたはずだ。ということは、初報酬で何か特別なものを買いに行ったのかもしれない。

 支払いの仕方ももう分かっているだろうし、そういう面での問題はないだろうが……。


(ユウトは可愛いから、変な輩に絡まれるかもしれん。心配だ……)


 至極真面目な顔で、レオはそう考える。

 この兄にとって弟は、何よりも可愛い存在だ。つい庇護欲を駆られる見た目はもちろん、その性格や声、仕草は至高である。

 まあそれだけでなく、この行き過ぎた兄弟愛はもっとずっと以前の出来事に起因しているのだが。


「昼頃には戻ると言ってましたけど」

「昼か……」


 だったらもうすぐだ。変に探しに出掛けると入れ違いになる可能性もある。昼を過ぎるまでは待って、それでも帰ってこなかったら様子を見に出よう。

 レオはすぐにそう割り切って、落ちてきた前髪をかき上げた。


「……シャワー室借りるぞ」

「どうぞ」


 ダンに一声掛けてシャワー室に向かう。とりあえず昨晩の臭いを落とさなくては。

 魔物の返り血を浴びるような戦い方はしていないが、どうしても臭いは付くし汗もかくのだ。自分でも気になるこの臭いを、ユウトが歓迎するとは思えない。


 シャワー室に入ると、レオは頭から湯を被って全身の汚れを落とした。

 今日の夜も狩りに出るつもりだから、香りの付いた石けんは極力使わない。


(……今日の狩りは早めに引き上げてこよう。寝坊をするとユウトをひとりにしてしまう)


 過保護の自覚など全くなくそう考えて、レオはシャワー室を出ると部屋に戻った。




 それからユウトを待つことしばし。

 時計が正午を回ったあたりで、リリア亭の入り口のドアベルが鳴った。弟が帰ってきたのだ。

 彼は食堂でダンと何かを会話した後、軽い足取りで階段を上ってきた。そのまま自室には行かず、真っ直ぐ兄の部屋の扉をノックする。


「ただいま。レオ兄さん、起きてた?」

「ああ。お帰り、変な輩に絡まれなかったか?」

「平気だよ。途中でリリアさんとばったり会って、二人で一緒に買い物してたから」

「そうか」


 リリアが一緒だったなら問題ない。彼女は物怖じせずに荒くれ者と渡り合う、ごろつきや冒険者が苦手とするタイプの女性だ。いい虫除けになってくれたのだろう。


「ところで、何を買いに行ってきたんだ?」

「あ、うん。これをレオ兄さんに」


 そう言ってユウトに差し出されたのは、薄くて平べったい縦長の、綺麗な包装がされた箱だった。

 受け取るとずいぶん軽い。


「開けてもいいのか?」

「もちろん」


 一応確認を取って、包装を剥がす。そして箱のふたを開けると、日本では見慣れていたアイテムが入っていた。


「……ネクタイ?」

「うん。せっかくの初収入だから、今まで育ててもらった兄さんに感謝の意味も込めて、何かプレゼントしようと思って」


 ユウトがはにかむように微笑む。

 やばい、やはり俺の弟は天使だった。いや、知ってたけど。


「……ただ、必要なものはもう買っちゃったし、兄さんって無駄なもの置かないしで、悩んだんだけどさ。背広はあるから、ネクタイならそのうち使う機会もあるかもしれないじゃない? だから迷宮ジャンク品の店で買ってきたんだ」


 濃いエンジ色に白のラインが斜めに入り、ネクタイの先端には小さく金糸でウサギのワンポイントが縫い込まれている。

 光沢のあるシルク製だ。柄のわりに、落ち着いた雰囲気がある。

 ジャンク品の店とはいえ、これなら結構したはずだ。


「……これだけで報酬なくなったんじゃないのか? 自分のものが何も買えなかっただろう」

「いいんだよ、別に今欲しいものないし。僕的にはすごく有意義に使った気分なんだ。初収入の完璧な使い方ができた感じ」


 少しドヤる弟が家一軒買い与えたいくらい可愛い。

 もちろん安易にそんな買い物をしたら怒られるからしないが、そのくらいの対価を払ってもいいくらい俺の弟は可愛いということだ。

 レオは微笑んで、ユウトの頭をことさら優しく撫でた。


「ありがとう、ユウト。大事にする」

「うん」

「そうだ、せっかくネクタイをもらったんだし、今日からスーツを着ることにしよう」

「……ん?」

「それから、今後このネクタイを最強レベルまで合成して、決して汚れない破れない不滅属性を付けよう。さらなる稀少素材が必要だが、ネクタイのためならどうということもない」

「ちょ、待って、何でそうなるの!? やめてよ、背広着てザインの街中歩くなんて、目立ちすぎるでしょ! 防御力だってないし、お祭りとか、何か特別な時に着ればいいじゃん!」


 怒られた。


 まあ確かに、目立つのは避けたい。

 非常に残念ではあるが、ユウトが言うように特別な時に着ることにしよう。

 ……とはいえ、ネクタイに不滅属性を付けるのだけは譲れない。これは自分が勝手にやるだけだから弟も文句はないだろう。


「喜んで大事にしてくれるのは嬉しいけど、ほどほどにしてね。僕としてはさ、もう十分なの。兄さんが笑顔で受け取ってくれればそれで満足だったんだから」

「笑顔か」

「うん。さっきすごく珍しく笑ってくれたでしょ。自覚なかった?」


 自分が笑っていたとは気付かなかった。

 ユウトの表情は気にするが、レオは自身の表情筋の動きなど何の興味もないのだ。

 それに、昔から鬱屈した思いを抱えて生きていたから、兄は笑うという行為にとても不慣れだった。それが自然に出たということは、だいぶこの弟に癒されているという証拠なのだろう。


「……ユウトはすごいな」

「ん? 何が?」


 レオの呟きに小首を傾げて訊き返すユウトに自身の頬が緩み、軽く口角が上がるのが分かる。

 なるほど、さっきもこういう顔をしていたのか。

 こうしていると余計な力が抜けて、なんだか気分がいい。おそらく弟の前でしかできない表情だが。


 こんな自分にこの感情をもたらしてくれる彼は、本当にすごい。


 レオが微笑むと、不思議そうにしながらもユウトもつられて微笑んだ。


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