兄弟、ギルド長の年齢が気になる
ウィルはイレーナに一撃で伸されたが、何か幸せそうな顔をしているので良しとしよう。
レオは彼を一瞥だけして、イレーナに訊ねた。
「……で?」
「で、って?」
こちらの意図を分かってとぼけている。
じろりと睨んでみたけれど、全く意に介さない彼女に、レオは舌打ちをした。
「……俺たちの用事はここまでだが、この報告会にギルド長まで出てきたのはどういうことだ? まさかただのウィルの御守役というわけでもあるまい」
「あら、この難題クエストを達成してくれたパーティに、直接お礼を言いたかったという理由ではご不満かしら?」
「このまま部屋を出て帰っていいならその理由で構わん」
「……相変わらず、つまんない男ねえ」
イレーナが肩を竦めて苦笑をすると、そんな2人を交互に見たユウトが首を傾げた。
「レオ兄さん、ギルド長さんと知り合いなの?」
「……ああ、まあな」
まあ、嘘を吐くことでもない。レオは軽く頷いた。
「言っておくけど、ウィルのお眼鏡に適うパーティなんて、滅多にいないのよ。だからお礼を言うついでに直接会ってみたかったのは本当。でもどんな冒険者なのかと思ったら、まさかあなたのパーティだったとはね」
「俺のパーティではない。俺は今まで一切パーティリーダーはしていないからな」
「レオさん、ランクDだもんね」
「ぷはっ、あなたがランクD!? 何それ、面白すぎるんだけど!」
レオのランクDがツボに入ったらしい彼女はけらけらと笑う。
昔の彼を知るイレーナからすると、逆に低すぎて面白いのだろう。
一頻り笑った彼女は、ようやく落ち着くとレオをまじまじと見た。
「それにしても、良く育ったわね。筋肉の付き方や醸す気配でだいぶ強くなったのが分かるわ。昔のあなたの剣は、鋭くて良く切れるばかりで危なっかしかったけど、今は心も入った感じかしら。……この子のおかげかな?」
イレーナがちらりとユウトを見る。
その視線を受けた弟は可愛らしく首を傾げて兄を見た。
『そうなの?』と訊かれている気がして、レオはその瞳を見つめ返しながら即座に頷く。
「もちろんだ」
「あらあら、あっさり認めちゃうのね。子どもの頃はいつも仏頂面で、周りはみんな敵みたいな目付きしてたのに、変わるものだわ」
「ギルド長さんは、レオ兄さんが子どもの頃から知っているんですか?」
「そうよ。私は昔、剣技を担当する教官だったの。あなたの『レオ兄さん』に剣を教えたのは私なのよ」
「えっ」
あっさりと関係を明かしたイレーナに、ユウトが目を丸くした。
「……ギルド長さんって見た感じで、てっきり国王陛下と同じくらいの年代の方だと思ってました」
「あらあ、嬉しい。ユウトくんは良い子ね。イレーナって呼んでいいのよ?」
「……俺がイレーナと会ったのは6歳の頃だが、半魔でもないのに当時からずっとこの見た目だ。実年齢を教えてもらったこともない。多分妖怪だ」
「失礼ね、この姿は毎日の努力の賜物よ。妖怪じゃなく美の女神と呼びなさい」
彼女はレオの突っ込みにも機嫌を損ねることなく、軽くいなす。
そして今度はルアンに目を向けた。
「あなたがルアンくん? ランクBの盗賊……今回のクエストのパーティリーダーなのね」
「そうです。いつもは別のパーティに入ってるんですけど、今だけレオさんとユウトと臨時パーティを組んでます」
「この無愛想男が仲間に入れてるってことは、かなり出来る子ね。育ててみたいわ~。ルアンくん、お姉さんと修行しない? 私は剣の他に短刀やナイフも教えられるのよ」
「……自分でお姉さんとか、おこがましい……」
「うるさいわよ、そこ。……どう? ルアンくん」
笑顔で勧誘するイレーナに、ルアンは悩むことなく首を横に振る。
「せっかくですが……」
「ええ~、駄目? 良い子見つけたと思ったのに~」
「無駄だ。ルアンはすでに狐に師事している。変な癖を付けるとあいつ怒るぞ」
「うそ、すでにあの男がこの子を育成中なの!?」
イレーナが大きく嘆息した。
この反応からして、どうやら彼女がここに来たのはこれが目的だったらしい。
有望な人材の囲い込みと、育成。それをギルド長自らやるというのは、そういうことだろう。
「もしかして、ギルド直属の冒険者が欲しいのか」
「……そうよ。今、ランクSの冒険者が足りないの。SSとSSSは絶対数が少ない上に王宮付きだし、ギルドからの依頼は受けてもらえないでしょ。だからいっそ、いい素材を見つけて私がSまで育てたいのよ」
「ランクAには、Sに上がれそうなパーティいないんですか?」
「……ウィルのお眼鏡に適うのがいないの」
イレーナはもう一度大きくため息を吐いた。
「ランクSは冒険者としての実力もさることながら、その内面が重要なのは知っているわね。冒険者ギルド直属になると、基本的に高ランクゲートに取り残された冒険者の救助や、冒険者の障害になる魔物の討伐などがメインになるわ。ただの攻略と違って、負傷者を探す根気や、その帰還を成し遂げる責任感、他者を救おうとする正義感なんかが必要なの」
「……その素質があるかどうかを観るのがウィルの役目か。確かにこいつに判断させればそう間違わないだろうな。その分、条件をクリアできる者は限定されてしまうだろうが」
「そうなのよね……。だから、中位ランクでもいいから先にウィルに資質を認められた冒険者を、私が育ててしまおうと思って」
聞くと、以前ウィルをクリアするハードルが高すぎるということで、ギルドのお偉方が一押しするランクA冒険者をSに上げたそうだが、根気がなくて全く役に立っていないらしい。
それを踏まえての苦肉の策と言ったところか。
「あーあ、良いパーティが来たと思ったのに。もう狐が唾付けてるなんて」
当然だが、イレーナはレオが王弟であることを知っている。そしてレオとユウトがセットなのも分かっているから、最初からこちらは誘っても無駄だと思っているのだろう。
実際、すでに2人は王宮直属パーティなのだから仕方がない。
「……中位ランクでもいいのなら、ダグラスさんたちのパーティどうでしょう?」
そんな時、不意にユウトが提案をした。
それにルアンが目を丸くし、イレーナが関心を見せる。
「え? 親父……っつか、ウチ?」
「ダグラス? ルアンくんとお父様たちのパーティなの?」
「まだランクBパーティだけど、みんな面倒見が良いし、仲間思いだし、頼りがいあるし、良いんじゃないかな。ルアンくんがネイさんに師事してから、クエスト達成率がすごく高いパーティになったし」
ユウトの提案に、レオも頷いた。
「ああ、確かに。実力は今ひとつだが、人望や責任感の面では向いてるかもな」
「他人に厳しいあなたも同意するなら、期待できそう……! 是非ウィルと引き合わせてみたいわ! どうかしら、ルアンくん!」
「ど、どうかな……。とりあえずザインに帰ったら親父たちに訊いてみます」
「お願い! ウィルも時々お父様に会いにザインに行くから、そのついでに会ってもらうのでもいいわ!」
イレーナはウキウキしている。
最初にがっかりした分、余程嬉しかったのだろう。
「ダグラスたちの剣は我流だから、イレーナが矯正してやればかなり強くなるだろう」
「それは楽しみだわ……! ルアンくん、お父様や仲間の皆様は何歳くらいなのかしら?」
「全員30代です」
「うふ、良かった、全員若造ね。鍛え甲斐がありそうだわ~」
30代のダグラスたちを若造呼ばわりする、イレーナは一体何歳なのだろう。
そこにいる全員が思ったが、とりあえず誰も口にはしなかった。




