兄、ウィルに報告する
「こんにちは、可愛子ちゃんたち。私は冒険者ギルドの長、イレーナよ。いきなりこんなところに連れて来てしまってごめんなさい」
足を組む彼女の仕草にはただの美女にはない貫禄がある。
ユウトとルアンは圧倒されて、ただぺこりと頭を下げた。
「ウィルは鑑定士としてとても優秀だし、魔物素材への知識も素晴らしいんだけどね。反面、珍しい素材の納品や魔物の討伐があるとすぐに食いついてしまうのよ。その豹変ぶりに冒険者や職員たちが怖がっちゃって。高ランクの冒険者まで泣かせるから、いつもはやむなくクエスト受付窓口に回してるの」
「魔物のデータを集めることは冒険者ギルドの重要な職務のひとつと考えてのことなのですが」
「あんたのは完全に趣味でしょ。度が過ぎるのよ」
言いつつイレーナはウィルのこめかみを軽く小突いた。
とりあえずその説明で、彼がクエスト受付窓口にいる理由を納得する。確かに、あのテンションで納品受付されたらすごく嫌だ。
「そんなわけで、今回ウィルに数日間報告窓口に移りたいと言われたけど反対者多数で、ここに押し込めることになったのよ。聞いたところあなたたちの報告を待ってるだけみたいだったし、それまで他の窓口は断固として拒否るって言うし」
「他の窓口では、彼らが来た時にクソ面倒臭い冒険者に当たっていたら、報告を受けられないじゃないですか。そんなことになったら、おそらくレオさんは他の報告受付の人間に納品だけ済ませて、帰ってしまいます。ユウトさんとルアンさんはそれに従うでしょうし」
うん。当たっている。さすがの洞察力。
「しかし、俺たちがすぐにクリアして戻ってこれるかも分からんのに、よくやるな」
「あなた方がクエストにだらだらと時間を掛けるタイプだとは思っていませんから。レオさんは無駄なことが嫌いですし、万が一勝機がなければすぐに見切りを付けて帰ってくるはずです。今までのギルドカードの履歴も、クエストは受付後即クリアが基本のようですし」
……当たってる。つうかこの男、ギルドカードに入っているデータまで把握しているのが恐ろしい。職権乱用じゃなかろうか。
「しかし今回は広い砂漠のゲート。地下35階まで降りるのも一苦労です。さすがにあなた方でも最低3・4日は掛かると踏んでいたのですが……まさか1日で帰ってくるとは」
「……まあ、ウチには鼻の利くやつがいるからな」
「アン!」
想定外だったらしいウィルの言葉ももっともだ。正直、エルドワがいなかったらここまで順調には行かなかっただろう。子犬が弟の腕の中でドヤっている。
「この依頼はジャイアント・ドゥードルバグにやられてロストしてしまうパーティも多かったのよ。だからしばらくボードにも出していなかったの。でも、ウィルがどうしてもあなたたちにやらせたいって言うものだから」
「無理ならやめるという判断ができるパーティなら問題ないでしょう。実際、こうしてピュアネクター・サボテンの花の蜜を回収してくれたのですから素晴らしい」
「確かにそうね。ずっと気がかりだったクエストだから、本当に助かったわ」
「……それは良かった」
何だろう。ジャイアント・ドゥードルバグ討伐への言及がない。
ウィルの様子も普通だし、もしかしてあまりにも帰還が早かったせいで、花の蜜しか採ってきていないと思っているのだろうか。だったらこのまま流してしまいたい気もするが。
しかし、レオと同じ疑問を持ったルアンが、切り出してしまった。
「ジャイアント・ドゥードルバグ討伐の報告はしなくていいんですか?」
その瞬間、全員の動きが止まる。
レオとユウトは青ざめ、イレーナは驚きに目を瞠り、そしてウィルがぱああと目を輝かせた。ちなみにエルドワは尻尾をぴるぴるしている。
次の瞬間、即座に立ち上がったウィルは、テーブルに手をついて、こちらに身を乗り出した。
「たっ、倒したんですか!? あのUnKnownの魔物を、この一晩で……!? やはりあなた方は神か……! 私を犬と呼んで下さい!」
「うわっ、始まっちゃったわ……。まあいいか、そのために隔離したんだし」
「全然良くない! 貴様、上司だろう! ちょっと抑えつけろ!」
「大丈夫、この反応、マシな方なのよ。あんまりうるさかったら一撃入れるから心配しないで」
イレーナは悪びれなくそう言って、とりあえずウィルを座らせた。
「はい、どうどう。そんなに興奮していると報告が聞けないわよ」
「そ、そうですね……報告をお願いします、神……!」
どうやらイレーナは彼の扱いに慣れているらしい。
宥められてウィルが少し落ち着いた。
その様子を初めて見て若干引き気味のルアンが、視線で報告の役目をレオに譲った。
……まあ、仕方がないか。
「頭部には弱点属性なし、魔法反射、物理攻撃無効」
「うっわ、マジですか、かっけえ……! 無敵ですよ! その響きがもうロマン!」
「逆に腹部は弱い。豆腐。試していないが、おそらく魔法も通る」
「豆腐……それはそれで際立つ個性!」
この意味の分からないポジティブさは何だろう。
「攻撃方法は、遠距離の場合は投岩、近距離なら毒液射出と大顎での直接攻撃。ドロップアイテムは猛毒の消化液。アイテムスティールは……」
「あ、リフレクトリングだったよ」
「アイテムスティールのデータまで!? おまけに魔法反射の指輪……! 超稀少アクセサリじゃないですか! 私が依頼しておいて何ですけども、ここまでデータを揃えてくるとは……神よ、感謝します! もう私を椅子だろうと水たまりを渡る足場だろうと、好きなようにお使い下さい!」
ウィルが天井を仰いで感動に打ち震えている。
ユウトはビクビクとしながらエルドワを抱きしめている。
ルアンはドン引いてる。
「……オレ、2人が報告嫌がってた意味がやっと分かった」
「だろう」
続いて素材を披露すると、ウィルのテンションはMAXになった。
そのあまりのウザさにイレーナが一撃を入れたのは、当然の成り行きと言えよう。




