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【書籍化企画進行中】異世界最強兄は弟に甘すぎる~無愛想兄と天使な弟の英雄譚~  作者: 北崎七瀬


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弟、昔の夢を見る

 地上に戻ると、レオはぐるりと首を巡らして周囲を伺った。


 静かだ。やはり思った通り、魔尖塔は現れていない。

 ユウトがゲートに入っていても、魔力を使い果たしていても、とりあえず世界の近くにこの存在があるだけで、魔力のバランスは取られているということなのだろう。


「今日は真っ直ぐ家に戻って休むことにしよう。冒険者ギルドへの報告は明日の午後でいいな。お前がパーティリーダーだから、ルアンの都合に合わせる」

「オレも別に用事ないし、いつでもいいんだけど。じゃあ、お昼にレオさんちに行くよ。ユウトに栄養ある昼飯作ってやる。その後で報告行こう」

「そうか」


 ルアンはレオの腕の中に収まっているユウトを覗き込んで、その頭を撫でた。彼女の方が年下なのに、まるで弟を愛でる姉のようだ。


「そうだ、オレの魔力でもどうにか回収出来たから、これユウトに返しておいて」

「……魔石で作った足場か」

「うん。砂地に落ちて埋まっちゃってたやつ、花の蜜を取りに行った時についでに魔力で操って取り出してみた。オレみたいな軽い魔力でも操れるもので良かったよ」

「助かる。せっかく作ったものだし、ユウトも喜ぶだろう」

「うん」


 にこりと屈託なく笑うルアンは、レオに魔石を渡すと再びユウトの頭を撫でる。


 その後、3人と1匹は王都の城門から街中に入り、ルアンの宿の前で別れてそれぞれの部屋へと向かった。






 自分の部屋に戻ると、レオは砂の付いたユウトのマントと服を脱がせてベッドに寝かせた。

 次に風呂のシャワーから湯を汲んできて、タオルを浸して身体を拭いてやる。その際に、指先に血の跡があることに気が付いた。


 ……ヴァルドを呼ぼうとして、途中で魔力が尽きたのか。


 正しい判断だ。ただ、やはり自身の魔力の上限が分かっていなかった。しかし、これで自分の限界が分かったはず。次からはこんな危機は訪れまい。


 レオはユウトに手早くパジャマを着せると、こちらも砂まみれになっているエルドワを連れて風呂に入った。

 こいつはシャワーを嫌がらないので助かる。ただ、レオはユウトのように優しく洗わないから、時々不満げに唸るのだけれど。


 自身もシャワーだけで済ませて、レオは脱衣所でエルドワにバスタオルを掛けた。賢い彼は、そこでブルブルと身体を震って水気を飛ばすのだ。水滴が周りに飛ばなくてありがたい。

 最後に細かいところだけ拭いてやって、レオも着替えてリビングに行った。


 ようやくこれで一息だ。

 魔石燃料で動く冷蔵庫から買い置きしていたエールを取り出して、グラスに注ぐ。

 足下で尻尾をぴるぴるしているエルドワにもミルクを用意した。

 レオはミルクをソファの足下に置き、エールは持ったまま座る。

 この酒は酔うためではなく、ナイトキャップのようなものだ。喉も渇いていたから、そのまま一気に飲んだ。


 エルドワも同様に喉が渇いていたのだろう、すごい勢いでミルクを飲んでいる。


「……今日はだいぶ役に立ってくれたな。お前がいて助かった」

「アン!」


 その姿を見下ろして労うと、子犬はこちらを見上げて鳴いた。

 見た目は完全にころころもふもふの小さな毛玉犬だ。……これが岩山ハサミヤドカリを砕いて噛み殺したとは、俄には信じられない。


「……ユウトを護るためにヤドカリを倒したのはお前だよな?」

「アン!」


 あ、普通に肯定された。


「もしかして、変化へんげができるのか」

「アン? アンアン、アン!」

「複合的な返事だと、途端に何言ってるか分からなくなるな……。お前、人化はまだできないのか? 人化できるようになれば、意思の疎通も楽になるんだが」

「ン~……アン」

「何だその中途半端で分かりづらい返事は」


 まあ、レオがこう言ってるのに人化しないということは、出来ないということなんだろう。何にしろ、ユウトの周りに強いボディガードが増えるのは純粋にありがたい。


「……ま、いいか。エルドワ、今後もユウトを護ってくれよ」

「アン!」


 この返事はとても分かりやすい肯定。ならばそれでいい。

 レオはグラスを片付けて、それからエルドワのミルクの皿も片付けた。


「そろそろ寝よう。明日は明日で、ウィルに成果を報告するというかなり精神的に疲労する仕事がある」

「アン」


 リビングの明かりを消して移動する。

 エルドワの寝床はユウトの部屋の隅にある犬用ベッドだ。しかし何故か子犬は、当然のようにレオの部屋についてきた。

 ……ユウトがこっちにいるからか。


「……仕方ないな」


 レオはユウトの部屋から犬用ベッドを持ってきて、部屋の隅に置いた。普通にベッドに上げる気はないのだ。ユウトを抱き枕にして寝るのに、エルドワまで入って来るとさすがに狭い。


 子犬が犬用ベッドに収まるのを確認して、レオも布団に潜り明かりを消す。そのまま腕の中に小さな身体を抱き込んだ。

 弟の静かな呼吸音は、どこか兄を安心させる。

 それを聞きながら目を閉じて、レオはゆったりと眠りに落ちた。






『管理飼育№12。起きろ』


 首を絞められるような息苦しさを感じて、少年は目を覚ました。

 周囲は何もない殺風景な狭い部屋で、一瞬どこに迷い込んだのかと混乱する。

 しかし、もう一度首をぐっと圧迫されて、現状を把握した。


 そうだ、自分はこの魔法生物研究所で飼育されている半魔だった。今の息苦しさは、首輪についている鎖を引っ張られたからだ。サイズが合わずに擦れた皮膚が、途端にひりひりと痛んだ。


 布団も何もない部屋。床に手をついて起き上がる。

 自分の身体だというのに、視界に入ったその腕が酷く黒ずんでいることに、何故か違和感を覚えた。

 何か変だ。僕のはずなのに、僕じゃないような。


 振り返るとそこには、いつも少年に苦しくなる薬を飲ませる、研究員の男がいた。そう、こんな扱いはいつものこと。

 しかしこの時、男は珍しく薬を持っていなかったし、普段のような蔑んだ笑いも浮かべていなかった。


『……管理飼育№12。貴様は今日から殿下の高ランクゲート攻略の供をしろ』


 どこか不愉快そうに言った男の後ろに、高価な鎧を着けた青年がいた。彼が殿下と呼ばれた人だろうか。希望を映さぬ、暗く鋭い目付き。……どこか、ひどく懐かしい。

 その視線が少年を捉え、僅かに揺れた。


『……俺の供にガキを連れて行けというのか』

『確かにこいつは子どもですが、魔力は大魔法使いに引けを取りません。……かなりいじってしまったので少し壊れかけていますが、魔力が空っぽになるまで使った後は捨ててきて結構ですので』

『……クソ野郎どもが』


 その会話を聞いて、少年は封じられた感情の下で心底安堵した。

 だってようやく研究所から出ることができるのだ。そしてここの外で死ぬことができる。面白半分に薬を飲まされ、『今日も死ななかった』と笑われる生活から脱することができる。


 この解放が確実な死地への道であっても、そんなの全然構わなかった。


 部屋にある金属の打ち込み杭に繋いであった鎖の先端が外され、青年に渡される。彼の眉間にはずっとしわが寄ったままだった。


『殿下、この首輪はこいつを捨てる時に回収して来て下さい。着けている間は感情を封じ込め、命令に絶対服従させることができます』

『……話はできるのか?』

『さあ。必要がないので、確認したことがありません』


 青年はチッ、と忌々しげに舌打ちをした。

 そして男を無視して、少年に視線を向ける。


『……行くぞ。来い』


 鎖を引っ張ることもなく、ただ呼ばれた。

 ああ、と少年は封じられた心の底で詠嘆する。

 この人が、僕をこの地獄のような世界から消してくれる救世主メシア


 踏み出す一歩は、まるで天国に向かうような気分だった。






 ふっと目を覚ますと、目の前に端正な寝顔があった。


 少し雰囲気が変わっているけれど、殿下だ。間違うことはない、僕の救世主メシア

 こちらが目を覚ました、それだけの気配で彼は目を開ける。


 その手のひらが何かを確かめるように頬を撫で、髪をすくのが気持ちいい。


「……救世主メシア

「……ユウト? お前、何を……?」

「え?」


 不意に口をついて出た呼び掛けに、レオはひどく驚愕した様子だった。

 ぼんやりと寝ぼけていたユウトは、名前を呼ばれたことではたと現実に引き戻される。それと同時に、うっすらと脳裏を漂っていた夢の余韻が消え去った。


「ん? あれ……? 今、何か夢を見てたんだけど……どんな夢だったか忘れちゃった」

「夢を……? そうか……ただの夢か。寝ぼけていたんだな」


 そう言ってユウトの頭をくしゃくしゃとかき混ぜたレオは、夢の内容を思い出そうとしている弟にすぐに別の話を振った。


「ユウト、昨日のこと覚えてるか?」

「え? ……あ、そうだ! 僕、魔力使い果たして気を失っちゃったんだっけ! 絶対死ぬって思ったのに……あれ? 僕どうやって助かったの?」

「エルドワが助けてくれた」

「……へ? エルドワが、どうやって?」

「俺もよく分からん。まあとにかく、助けてくれた。礼を言っとけ」

「そうなんだ……。後で言っとく」


 エルドワはまだ犬用ベッドで眠っている。

 何だか狐に摘ままれたような話だが、レオが言うのだからそうなのだろう。


「身体はどうだ?」

「ん、何ともない。痛いところもないし、魔力も満タン」

「それは良かった。……まあ、これで自分の魔力の上限が分かっただろう。次からは気を付けろよ」

「うん、大丈夫。心配掛けてごめんね」

「全くだ。お前に何かあったらショックで俺が死ぬ」


 そう言って微笑むレオに、ユウトも微笑む。

 希望の光る、柔らかい瞳。ひどく、まぶしい。


「今日はウィルに成果報告にも行かねばならん。気合いを入れて行くぞ」

「あー、そうだった……。ちょっと憂鬱だなあ」


 そんな日だって、兄弟一緒なら世界は明るい。

 2人は顔を見合わせて苦笑すると、ベッドから起き出した。


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