弟、魔力を使い切って気を失う
レオたちがジャイアント・ドゥードルバグと戦っている時、ユウトは少しずつ意識が揺らぐのを感じていた。
おそらく魔力残量の限界が近いのだ。しかし、レオとルアンが魔物を倒しきるまでくらいならどうにか保つだろう。眼下の彼らはようやく敵を倒す糸口を見つけて、攻勢に出る様子だった。
これなら大丈夫。
最後に2人を巣の外まで引き上げ、花の蜜を取ってくるくらいの余力はありそうだ。
そう思った時、少し後ろにいたエルドワがウウウ、と低く唸った。
「……どうしたの、エルドワ?」
「ガウ!」
いつもと違う低い鳴き声に振り返る。
すると、エルドワがこちらに背を向けて威嚇するように毛を逆立て、離れたところにある黒い大岩を見ていた。
あの岩がどうしたのだろう。
「……あれ? 岩じゃない?」
しかし最初は距離のあったそれが、月光を背に次第に大きくなって来たことでユウトは身構えた。
ゆっくりとこちらに向かって移動している。砂上を進む音が近付いてくる。……これは魔物だ。かなり大きい。
ユウトは目をこらしてその魔物を見つめた。
「亀? ……いや、ヤドカリ? まずいな……」
敵はどうやら大きな岩を背負ったヤドカリだ。
当然だがエルドワで対抗できるような相手じゃない。身体だけでも何倍の差があるのだろう。敵はちょっとした小山くらいの大きさだ。
だと言うのに、エルドワは怯むことなく前に出る。
ユウトと魔物の間に入って、強く敵を威嚇した。
「エルドワ、危ないから下がって!」
声を掛けるが、全く引かない。どうしようか。
さっきの猪のように突進してきてくれるなら躱して巣の中に落とすこともできるが、この中途半端なスピードではそれも無理だ。
かと言って走って距離を取ろうにも、ユウトの足ではすぐに追いつかれる速度。
いっそレオとルアンを呼び戻すか、と考えた時、背後の巣の底からジャイアント・ドゥードルバグの断末魔が聞こえた。
2人があの厄介な魔物を倒したのだ。つまりもう向こうの心配はいらないということ。
ならば、残りの魔力をこっちの敵に回しても大丈夫かもしれない。
目の前まで迫ってきた巨大ヤドカリに向かって、ユウトはとっさに手を翳した。急がないと、完全に臨戦態勢のエルドワが攻撃に行ってしまう。あんな小さな身体では、はさみでプチッとつぶされて終わりだ。
ヤドカリが大きなはさみをガチガチと鳴らしながらエルドワに向かって振り上げた瞬間、ユウトは魔法を発動した。
「エア・プレッシャー!」
風の魔法で、一気に圧縮した空気をドン、と敵に向かって放ち、吹き飛ばして時間を稼ぐ。複合魔法に比べたら、魔力の消費は少ない。
威力は複合魔法に及ばないが気にしない。
もう魔力の残量がないことを自覚しているユウトは、この隙にヴァルドを呼び出そうと考えたのだ。
「あ、あれ……?」
しかし、ピアスに指をあてがうと同時に、身体が膝から崩れた。
すうっと意識が遠のく。やばい、思ったよりも早く魔力が限界に達したみたいだ。
「アンアン!」
エルドワが駆け寄ってくる。が、それに反応できずにユウトはその場に倒れ込んだ。
「……ごめん、エルドワだけでも、逃げて……」
巣の底からではさすがのレオも駆けつけられない。ヴァルドも呼べない。万事休すだ。
せめてエルドワだけでも助かってくれたら。
ユウトは薄れる意識でそう願うしかない。
感覚が消えていく中、ピアスで刺して血のにじんだ指先をぺろりと舐められた気がしたが、ユウトはそれ以上意識を保つことが出来なかった。
「ユウト!」
レオは弟が魔力を使いすぎて気を失ったのだと覚った。
敵の気配はまだある。このままではユウトは殺されてしまう。
しかし助けに行くにも、この巣の底から自力のみで脱出するのは時間が掛かりすぎる。到底間に合わない。
そうだ、キイとクウを呼び出して……レオがそう思った時、ぞわりと身体に鳥肌が立った。
「う、わ、何、この気配……!?」
ユウトの足場が落ちてしまったせいでジャイアント・ドゥードルバグの死骸の上に飛び移っていたルアンが、自分の身体を抱きしめて震える。彼女もこのただならぬ威圧感に怯んでいるのだ。
その反応も当然だ。
敵とは別にもう1匹、何かとんでもない魔物が、ユウトのそばにいる気配がしているのだ。
レオたちのいる場所からは見えないのがもどかしい。
焦燥を感じるレオを余所に、巣の外では2匹の魔物がぶつかり、固い何かが砕ける音がした。
ガルルル、と低い唸り声と共に、ガリンガリンと殻らしきものが噛み壊されているようだ。……もしかして敵を喰っているのだろうか?
一体何が起こっているのか。
こちらが戸惑っている僅かな間に敵の気配は消え、やがてもう1匹の魔物の気配も消えた。周囲に静寂が訪れる。
「……ユウト! エルドワ!」
「アン!」
再び巣の外に呼び掛けると、エルドワが顔を出した。めっちゃ尻尾振ってる。
「ユウトは無事か!?」
「アン!」
元気な返事にほっとして、妙に強ばってしまっていた身体から力を抜く。とりあえず、弟が無事ならそれでいい。兄にとっては何よりもそれが大事なことだった。
ただ、魔力を失ったユウトはそれを回復しないと目を覚まさない。すぐにでも彼の元に戻らなければ。
「どうやって上に戻るか……。ユウトの魔力をあてにしていたからな。こうなっては根性で斜面を登るしかないか」
「レオさん、ジャイアント・ドゥードルバグの素材は?」
「ユウトが倒れているのにそんな心の余裕はない」
砂で一歩分滑り落ちる前に足を出せば、数センチずつでも進める。以前はまった時はこの巣より小さかったが、脱出に3時間掛かった。この巣なら5時間くらいか。ユウトのためならそのくらい根性出す。
そんなことを考えていると、ルアンが呆れたため息を吐いた。
「レオさんってユウトのことになると時々アホみたいになるよね。……オレがどうにかするから、レオさん魔物の素材剥いでて」
「……お前がどうにかするって?」
「うん。このジャイアント・ドゥードルバグに掛かってる魔法のロープ借りるよ」
ルアンはそう言ってロープを外すと、輪っかのついた部分をふわりと浮かせた。
「オレ、一応治癒できるの知ってるだろ。魔力持ってんの」
「……ああ、そう言えば、以前僧侶に転職しろと言われて凹んでいたな。忘れていた。そうか、魔法のロープを操れるんだな」
「ユウトみたいに上手くないけどね」
そう言って、ルアンはロープをエルドワのいるところにふらふらと飛ばした。魔法制御を習ったわけではないのに、別の職業でこれだけ動かせるのなら十分だ。
「エルドワ、その輪っかの部分をどこか固定できるところに引っかけてきて」
「アン!」
人語を解する子犬は任せろとばかりに鳴いて輪っかを銜えると、どこかに走って行った。
うん、大丈夫そうだ。心に余裕ができ、ようやく素材を採取する気分にもなる。
「ルアン、場所を交換しよう。お前はここの岩の足場に乗れ」
「……この死骸、レオさんが乗って沈んじゃわない?」
「これだけの大きさで圧力が分散してればそう沈まない。こいつは砂よりもだいぶ比重が軽そうだし平気だ」
場所を交換して、解体用ナイフを取り出す。生きている間は刃を通さない防護魔法も、死んでしまうと関係なくなるのだ。しかし特殊素材なのは間違いない。また新たな装備の材料に出来るだろう。
レオが素材を剥いでいる間に、エルドワがロープをどこかに掛けて戻ってきた。これで上に戻れる。
「ルアン、先に戻ってユウトの様子を見てくれ。俺は素材を全部回収してから行く」
「了解。先行くよ」
身軽なルアンはロープを伝ってするすると上っていく。
レオは再び岩の足場に乗って、死骸の上に乗っていると取れない腹の部分を剥ぎ取った。
「うっわ!」
「どうした?」
一番上まで行ったルアンのびっくりした声に、レオが見上げる。
彼女は巣の外の何かを見ながら、何度も目を瞬いた。
「……何か、すごいことになってる。……まあ、来て見て。……あ、ユウトいた」
そのまま視界から消えたルアンの後に続いて、レオもロープを上る。そしてようやく巣から出ると、そこに広がる光景に唖然とした。
砂漠にいるモンスター、岩山ハサミヤドカリの死骸が、ほぼ粉々に近い状態で散乱していたのだ。
ヤドカリがいつも背負っている岩は砕け、その大きめの破片のひとつに魔法のロープが掛けられている。ハンマーのように固いハサミは食い散らかしたような痕跡があり、他の足も噛み砕かれていた。
間違いなく、突然現れてユウトを護った強力な魔物の仕業だ。
レオは隣にいるエルドワをちらりと見る。
ぴるぴると尻尾を振る子犬の口元に小さな殻の破片が付いていた。
……おそらく、そういうことなんだろう。あまり突っ込まない方がいいのかもしれない。
「……ユウトの様子はどうだ」
「外傷は何もないよ。問題なし。魔力が空っぽになって落ちただけ」
「そうか、良かった」
レオは安堵のため息を吐いてユウトの横に行き跪くと、その身体を優しく抱き上げた。
「これなら一日眠れば回復する。ルアン、悪いがロープで下りてピュアネクター・サボテンの花の蜜の回収を頼む」
「うん、任せて」
「エルドワ、脱出方陣の場所は分かるな? 最短を案内してくれ」
「アン!」
ようやくこれでウィルの依頼が終わり、地上に戻れる。
地上に戻れば、レオが密かに設定していた目的も同時に果たされる。
幾分難儀したが、家に戻ったら今日は何も考えずにユウトを抱き枕にして寝ることにしよう。
レオはそう決めて、ユウトを抱えたまま歩き出した。




