兄、直接攻撃を仕掛けに行く
「直接行かなくても、魔法であのサボテンだけ切り取って来れるかも」
「無駄だ。さっきも言ったが、あのサボテンは繊細で、地面から切り離した時点で組織が壊れて枯れる。花の蜜はあの状態のまま採らないと意味がない」
「ロープで上から繋いでてくれれば、オレが行って蜜だけ採ってきてもいいけど」
「巣の範囲内は全てジャイアント・ドゥードルバグの感知圏内だ。下に落ちてこないのが分かると攻撃が来る。おそらくあのサボテンが餌を誘引してくれるから取られまいとするだろうし、そう簡単に近付かせてくれないぞ」
そう、安全に花の蜜を採ろうと思うなら、ジャイアント・ドゥードルバグを倒してしまう方が確実だ。戦闘に突入すると蜜の採取なんて細かい作業をしている暇がないし、流れ弾が当たればサボテン自体が枯れる。それでは本末転倒だ。
「……仕方ないな。そもそもランクAの依頼なら何でも良いとウィルに言ったのは俺だ。厄介だがクリアするしかないだろう」
正直、負けるとは思っていないのだ。前回の戦いで魔物に刃が通ることは分かっている。それよりも口やら鼻やら鎧やらに入った砂に苦しめられた。この砂さえどうにかなれば、それほど難しくないのだ。
「……戦うの?」
「ああ。……とりあえずこの砂の蓋が邪魔だな。ユウト、巣の中心に大きめの魔法を一発かましてみてくれ。属性は何でもいい。まずは反応を見る」
「うん、分かった」
「ルアン、お前はエルドワを抱いていろ。何か反撃が来たらかわす準備を」
「了解」
ルアンがエルドワを抱き上げ、レオは弟のすぐ近くに控える。
それを確認して、ユウトは手を翳した。
「フレイム・テンペスト!」
発現したのは炎と風の複合魔法だ。
螺旋を描く炎が、渦巻く砂の蓋に逆回転で当たる。空気の層が瞬時に熱せられて膨張し、安定を失った砂が巣の中にザッと雨のように降った。
「やった、蓋が消えた! さすがだな、ユウト!」
蓋を押し破った魔法は、そのまま巣の底に到達する。その直前に、攻撃に気付いたジャイアント・ドゥードルバグが、砂の中から顔を出した。
「よし、当たる……っ、え?」
「危ない! 下がれ!」
敵に当たったと思ったその時、魔法のベクトルが変わった。それにいち早く気付いたレオがユウトを後ろから抱え、ルアンにも声を掛けて後方に下がる。
次の瞬間、同じスピード、同じ威力のまま、魔法の向きが真逆に変わってこちらに飛んできた。
炎が弧を描き、たった今自分たちがいた場所を直撃する。熱風で砂が焼け、舞い上がった。
「うわっ、あっちぃ! エルドワの毛がチリチリになる!」
「キャン!」
「ちゃんとマントを巻け、耐火属性が付いてる」
ユウトを自分のマントの中に抱き込みながら指示をする。
まあちゃんと距離を取って炎の直撃を避けたのだから、大したことはないはずだ。比較的スピードの遅い魔法だったのが幸いした。
「んー、やっぱりあの魔物、魔法は効かなかったね」
「……予測してたのか」
レオのマントの中でユウトが身体を捻り、こちらの顔を見上げる。
「うん。だって魔法が効くなら、的は大きいし狙い放題だし、今までにさんざん倒されてたはずでしょ? まさか魔法反射してくるとは思わなかったけど。念のために魔法のスピード落としておいて良かった」
なるほど、意図的に魔法のスピードを調整していたのか。
ユウトはぽやんと見えても、こういうところが聡い。
「俺も魔法無効か属性に強耐性が付いているのではないかとくらいは思っていた。しかし、魔法反射とはな」
「多分攻撃魔法は全部反射されるよね。状態異常はどうかな? 毒は無効だろうけど」
「状態異常も掛からん。昔俺が巣に落ちた時に、持っている状態異常誘発アイテムを全部使ってみたが、ひとつも効かなかった。もしかすると、中距離・遠距離の攻撃行動は全て防がれるのかもしれん」
「弓とかも?」
「おそらくあの大顎で叩き落とされるだろう」
近距離特化。そして中・遠距離はほぼ無敵。
考えてみればアリジゴクは移動を苦手とする。前に進めないし、下半身は砂に埋まりっぱなしだ。
つまり、遠距離攻撃で死ぬようでは生き残れない。というか、絶滅しててもおかしくない。そうなっていないということは、この推察はそれほど間違っていないんだろう。
「結局ジャイアント・ドゥードルバグを倒すには、巣の中に入って直接攻撃に行かなきゃ駄目ってこと?」
「そうなるな。行くしかあるまい」
周囲の熱が消えたところで、マントの中からユウトを解放する。そして腰に下げた剣に手を添えた。
「前にも言ったと思うが、魔物自体はそれほど強くないんだ。それなりに切れ味の良い剣と、それを振るう余裕があれば」
「確かにあいつ、動きも大して機敏じゃないしなあ。ヒットアンドアウェイが出来る足場があれば、オレもアイテムスティール行けるんだけど」
エルドワを降ろしたルアンも横から入って来る。
そう、とにかく問題はこの砂地にすり鉢状に作られた巣なのだ。
剣を構えて振ろうにも、踏ん張りが利かない。
それでも行くしかないと半分諦めに似た気分で穴を見下ろしていると、不意にユウトが手を叩いた。
「そうか、足場。だったら、僕がどうにかできるかも」
「……どうにか?」
「うん。僕、この間クズ魔石を加工して、高いところに移動する時に使える足場を作ってたんだ」
ユウトが言いつつポーチをあさる。そして、10枚程度の平たく加工したクズ魔石を取り出した。
それを魔力を使って操り一つずつ段違いに並べれば、簡易の階段になる。何が面白いのかエルドワが走ってきて階段を上り、一番上で楽しそうに尻尾を振った。
「こんなふうに上への移動に使おうと思って。……でもこれを使って巣の中央に向けて配置すれば、砂地に下りなくても魔物と戦えるんじゃない?」
「あー、いいじゃん。攻撃しながら足場を渡り歩くバランス感覚が必要だけど、レオさんなら問題ないだろ。オレも、アイテムスティール行けるかも」
「なるほど……これは助かるな。踏ん張りが利くならジャイアント・ドゥードルバグなんてすぐに頭を落とせる」
「ただ魔石の数が少ないから、どう配置するかが問題だけど」
ユウトはそう言って、エルドワが乗ったままの足場を地面に下ろす。すると子犬は満足げに足場を降りて、ユウトの足下についた。
「……そういや、エルドワは軽く運べるようだが、俺たちの重さは支えられるのか?」
「今は出力の上限が無いし、大丈夫だよ。……ただ、魔力は多く使うかも」
「ええ、大丈夫か? ユウトここまで上位魔法連発だったし……オレたちが巣の真ん中にいる時にガス欠起こしたら洒落になんねーんだけど」
「……そんなに時間は掛けないつもりだが、自分の魔力残量に意識を向けて、もし限界が近そうだったら言え」
「うん、分かった」
兄が近くにいない状態で魔力を使わせるのは少し心配だが、こればかりは仕方がない。
レオはユウトにそう告げて、魔物の巣の縁に移動した。
臨戦態勢なのか、今のジャイアント・ドゥードルバグの巣には蓋がされていない。こちらの出方を見るためだろうが、こっちからも向こうの状況を見れるのはありがたい。
「ユウト、まずは足場8枚を魔物の周囲にぐるりと並べろ。砂から1メートルくらい浮かせて、敵にかろうじて攻撃が届く距離がいい」
「固定でいいの?」
「下手に足場に動かれると行動の算段が立てづらい。固定でいい。残り2枚で俺とルアンをあっちの足場まで運んで、俺たちがあっちの足場に移ったら少し離れたところに固定してくれ」
「了解」
レオの指示に従って、ユウトはまず8枚の魔石を魔物の周りに配置した。これ自体に攻撃力はないせいか、ジャイアント・ドゥードルバグの反応はない。ただ砂から覗かせた大顎を、カチカチと鳴らしているだけだ。
大丈夫、問題ない。
魔石の位置を微調整させてから、レオはマントを外した。
「……エルドワ、俺たちが離れている間、ユウトを護れ」
「アン!」
キリッとした顔で返事をする子犬の頭を撫でる。
「じゃあ行くか。ルアン、この巣の影響範囲に入ると、あいつは攻撃を仕掛けてくる。気を抜くなよ」
「りょーかい。行ってくんね、ユウト、エルドワ」
「ん、2人とも気を付けてね」
「アンアン!」
レオたちは用意された足場に乗ると、ユウトの魔力によってふわりと浮かんだ。




