兄、ウィルの鬼畜な思惑に気付く
オアシスを出ると辺り一面は砂漠だ。
遠くは霞んでいるが、その先は濃霧が掛かっていて、入るとフロアをループして逆端に出る。つまり霧で覆われた範囲がこの階の広さということだ。
本来ならこの中を1本のサボテンを探してしらみつぶしに探さなくてはいけないが、今回はエルドワがいる。
おかげで、3人はほぼ最短コースで目的地に向かっていた。
「ここを闇雲にサボテン探して歩く羽目だったら、心折れてたよな」
「うん、同感。下が砂地で歩きづらいし、疲れが何倍にもなりそう」
「マジでエルドワがいて助かった」
「アン!」
エルドワを先頭に、ルアンとユウトが続き、その後ろをレオが歩く。弟たちの会話を聞きながら、兄は周囲に気を配っていた。
一見では分からないが、所々にジャイアント・ドゥードルバグが潜んでいる気配がする。
しかし、エルドワが上手くその巣の近くを避けて、安全に進んでいるのが分かる。この子犬は敵が手を出せる魔法の影響範囲も嗅ぎ分けているのだ。
やはり、エルドワは相応の能力者だ。
見た目はあんなころころもふもふの毛玉だが、中身はもっと戦闘特化した半魔。ただのコボルト、ライカンスロープとは違う、もっと格上の魔物の血を引いているに違いない。
闘技場に助けに入った時のネイの話では、ガイナたちもこのエルドワだけは助けて欲しいと言っていたという。やはり特別な何者かなのだろう。
しばらく歩くと、何もない砂漠の真ん中で、不意にエルドワが足を止めた。
「アンアン!」
そのままこちらを振り返り、尻尾を振って鳴く。
それにユウトとルアンが首を傾げた。
「どうしたの、エルドワ? 何にもないよ」
「んー、すぐ近くに敵がいる気配はするけど……別にアリジゴクを探す必要はないんだぞ? エルドワ」
確かに、今エルドワが足を止めたのはジャイアント・ドゥードルバグの巣の縁だ。
ウィルのクエストを受けるつもりはないから、無視していいものなのだが。
「もしかしてこの近くにサボテンがあんのかな。小型の魔物が寄ってくる気配がある」
「サボテンの花の匂いにつられて来てるの?」
「多分。オレたちに殺気が向いてねーもん」
ルアンの言う通り、昼間は見なかった猪のような魔物が、うろうろとこちらに近付いてくる。頭をゆっくりと左右に振って、匂いを嗅ぐような仕草をしていた。少々恍惚としている。
その魔物が、ふとこちらの存在に気付いて唸り声を上げた。サボテンの花を横取りする敵が現れたと勘付いたのかもしれない。
途端に魔物が戦意もあらわに頭を低くする。突進の体勢だ。
「あ。やべ、殺気来た」
「え、見つかった?」
「平気だ。動くな」
「アン」
少し慌てたユウトを、レオが制する。
エルドワは特に動じてもいなかった。
魔物は一歩目からトップスピード、という勢いでこちらに向かおうとして------一瞬で、視界から消えた。
「あ、あれ?」
「ユウト、下だ、下」
「えっ!? いつの間にこんな大穴が……!?」
ユウトたちの目の前には、大きなすり鉢状の穴が広がっていた。
その向こう側の斜面を、さっきの魔物が滑り落ちていく。慌てて必死に這い上がろうとしているが、砂が崩れて無理なようだった。
「暗がりとはいえ、こんな大きな穴に気付かなかったなんて……」
「ジャイアント・ドゥードルバグの巣はある程度近くに行くまで気付けないと言ったろう」
「これ以上近付いたら罠に掛かっちゃうと思うんだけど」
「大丈夫だ。俺やルアン、エルドワは気付いてた」
「ええ……僕だけ気付いてなかったってこと……?」
眉尻を下げて軽く凹む弟の頭を宥めるように撫でる。
「ジャイアント・ドゥードルバグは巣の表面に空気の層を作り、そこに砂を巻き込んで落とし穴を隠すような蓋をするんだ。明るい昼間なら、渦巻き状に砂が動いているから巣が分かりやすいんだが、今は夜だからな。分からなくても仕方がない」
「まあ、ユウトがひとりでこんなとこに来ることないんだし、敵の感知なんてオレたちに任せておけば良くね?」
「アン!」
「……うう、よろしくお願いします……」
申し訳なさそうにユウトが頭を下げた。
巣の縁でそんな話をしているうちに、砂を滑り落ちていた魔物が重力に負けてじわじわと底に近付く。
すると巣の中心の砂が一度ぐっと盛り上がって、ザーッと砂の流れる音と共に大きな顎を持つ昆虫型の魔物が現れた。ジャイアント・ドゥードルバグだ。
「うわあ、結構大きい!」
「あ、魔物が速攻で顎にはさまれた」
「あいつはああしてつかまえた魔物に毒を注入し、動けないようにしてから体液を啜る。吸い終わった食べかすを投げ飛ばしてくるから気を付けろ」
「わああ、魔物がしぼんでく! 怖っ……あ、ホントに食べかす放った!」
大して大きな獲物ではなかったからか、あっという間に食事を終えたアリジゴクは食べ終えた死骸を巣の外に放り出した。別にこちらを狙ってはいない。ただ邪魔だから巣の外に投げただけだ。
それを見ていたレオたちの横で、エルドワだけが違うところを見ていた。
「アン」
「……ん? どうしたの、エルドワ?」
何かを知らせようと呼び掛けられた声。それにユウトが目を向ける。どうかしたのだろうか。
見ると子犬は、前足をちょいちょいと前方に向けた。
「ん? ……あれ? 何か、巣穴の中腹辺りに……」
「……え? ちょ、あそこにあんの、サボテンじゃね?」
「何だと……!? 嘘だろう、何という所に生えてるんだ、あれは……!」
「アン」
そこにピュアネクター・サボテンがあるのを知っていたエルドワを除く3人は、まさかそんな所に生えていると思わずに三度見した。
ジャイアントドゥードルバグのすり鉢状の巣の中腹にサボテンが生え、大きな花を一輪付けている。このフロアに1本しか生えない、稀少なサボテンだ、間違いない。
……何だ、この状況。普通ならありえない。
レオたちはしばし言葉を失ってそれを見ていたが、不意にそこは砂に埋もれてしまった。ジャイアント・ドゥードルバグが、再び砂の蓋をしたのだ。
「……これ、どうすれば良いの?」
「てかさ、今までのクエスト受けた人はどうやってあそこから花の蜜採ったんだ?」
「ピュアネクター・サボテンは繊細で、一度蜜を採取すると枯れてしまう。そしてまた半年後くらいに場所を変えて1本生えるんだ。おそらく前回はこんな場所じゃなかったはずだ。……というか本来は、こんなイレギュラーな場所に生えても倒れて枯れ、再び別の場所に生えるものなんだが……。それが運悪くここで元気に育ってしまったんだろう」
「……ってことは、オレたちがアンラッキーだったってこと?」
「いや……、おそらくウィルにはめられた」
レオはそう言って、花の蜜採取クエストの依頼書を取り出した。
月明かりでかろうじて読めるそれを、表、裏と確認する。
「やはりか……。クエストの依頼日は今から4ヶ月前になってる」
「そんなに受け手がいなかったの? 人気のないクエストなのかな」
「とんでもない。これは争奪戦になるくらい人気のクエストのはずだ。ランクAゲートだが、途中の敵をやり過ごすことさえ出来れば、戦力に不安があるパーティでもどうにかこなせるクエストだからな。その証拠に」
レオは依頼用紙を裏返した。普段はあまり目を通さないそこには、いくつものパーティの名前が書かれている。
「これはいままでこのクエストを受けたパーティの名前だ。未達成で差し戻されたクエストということだな。自発的にキャンセルしているものもあれば、期限までに報告なしでキャンセルになったものもある」
「……つまり不運とかじゃなく、そんな最初から困難だと分かってるクエストをウィルさんは渡してきたってこと?」
「そうだ。そして、このクエストを達成するためにはジャイアント・ドゥードルバグを先に倒さなくてはいけないことが分かっている。そこでもう一枚のウィルのクエストだ」
「あー、最初からセットだったってこと!? うわーあの人鬼畜!」
レオはルアンの叫びに同意する。ウィルの依頼だけ受けないなどという選択肢は最初から与えられていなかったのだ。
いっそ自分たちもこのクエストをキャンセルして返上してしまえば良いかもしれないが、ペナルティで減らされる冒険者ポイントがキツい。
レオはポイントを減らされたところで気にもしないけれど、ユウトが頑張って貯めたポイントはほぼ0になるし、今回巻き込んだルアンの冒険者としての信頼度も失墜させることになる。
それは避けたい。
ルアンに迷惑を掛けることは、ユウトも嫌がるだろう。
「やるしかない、か……」
大きくため息を吐いて、レオは算段を立てつつ蓋をされた穴に目を向けた。




