弟、岩きのこを採取する
岩きのこの採取エリアに着くと、切り立った岩壁がそびえていた。
見上げれば、岩を伝って登って行くにはかなり難儀な場所にきのこが生えているのが分かる。逆に言ったら、どうにか登って取れるものはもう取られてしまった後なのだろう。
だとすれば、採取方法はユウトの魔法一択だ。
「すごいね。崖にほぼ垂直、真横に向かって生えてる。群生してるから、うまいこと一カ所狙えば大丈夫かな」
狙いを定めた場所は、ぱっと見ただけでも大小6本くらいのきのこが確認できる。あれを採取できれば一気に依頼達成だ。
「岩きのこは脆い。どうにか切り離して落としても、下で受け止めた衝撃で笠が壊れる。上での受け皿が必要だぞ」
「うん。受け皿にするから、レオ兄さんのエコバッグ貸して。中に草を詰めてクッションにして、そこで受け止める」
兄の持つエコバッグは小さく畳める軽いものだ。草を入れても500gまではまだ余裕がある。
ユウトはその持ち手ふたつにそれぞれロープを結び、その先に魔石を括り付けた。
「魔石の簡易はさみを使って切って、その中へ入れるのか」
「ん-、それでもいいんだけど……。魔石はそれほど鋭利じゃないから、切り口が綺麗にならないんだよね。今回は納品だし、採取用ナイフを使おうと思ってる」
言いつつ杖を取り出し、ユウトはまずエコバッグを狙った岩キノコのところへ飛ばした。そこを狙ったのは、真上に小さな岩の出っ張りがあるからだ。
受け皿の位置を調整し、ちょうどいい高さでロープを出っ張りに引っかけ、魔石を使って結んで固定する。そうすれば、魔力を使わなくてもエコバッグはそこで保持された。
続いて採取用ナイフを取り出す。採取に特化されたナイフは鋭利で刃こぼれしにくく、頑丈な分ちょっと重い。リトルスティック・ベーシックでは、他のものと同時には持ち上げられない。
だったら別々に扱えばいいのだ。
ユウトはその柄の部分に魔石を括り付けた。
「リサさんに確認した時きのこは柔らかいって言ってたから、ナイフの重みで軸に滑らせるだけで採れると思って。これなら一度に採取できるし、使う道具も少なくて済むし、効率的でしょ」
「なるほど、作業を分割することで効率を上げたわけか。受け皿が固定されれば、魔力のバランスを崩して落とす心配もないしな。成功率も上がる」
レオが感心したように呟く隣で、ユウトは採取用ナイフをゆっくりと飛ばして岩きのこに寄せた。高いところにあるからちょっと見づらいのだ。他のきのこに傷を付けないように、慎重に角度を調整する。
そのまま刃を当てて斜めに滑らすと、魔力を通じて僅かな手応えを感じた。うん、めっちゃ柔らかい。
若干の繊維の切れる感触と共にナイフはすうっと軸に沈み、きのこはあっという間に岩肌から切り落とされた。
「……何か、すごく簡単なんだけど。こんなのでいいのかな?」
「簡単なのはお前の魔力コントロール能力と応用力があるからだ。本来なら、崖の上からひもを吊って降りてきて採るとか、それこそ4人くらいで人間ハシゴを作って採るとかするものなんだぞ」
「魔法使いがいればいけるんじゃない?」
「空中浮遊ができる奴でもいればいけるが、そんな奴はもうこのランクではない。ランクD程度の魔法使いは、大半が攻撃の威力ばかりしか頭にないノーコンだからな。きのこをこんがり焼くのがオチだ」
そんなものなのか。兄の話を聞きながら残りの岩きのこも切り落とす。
「ランクDの依頼だから簡単ってわけじゃないんだ?」
「ランクDの依頼は、冒険者としての能力が低くても気合いと根性でどうにかなる内容なんだ。だから、特別楽だとか簡単だというわけじゃない」
確かに、楽にできることならそもそも冒険者ギルドに依頼なんてしないだろう。納得。
そう思いつつも楽に岩きのこを切り終えたユウトは、採取用ナイフを回収した。
次に岩の出っ張りに引っかけていたロープの先にある魔石を操って、エコバッグを降ろす。500gを超えてしまったようで勝手に落下してきたが、魔石の浮力と相殺された緩やかなものだったから特に問題はなかった。
手元にやってきたエコバッグの中身を確認する。
「良かった。笠も壊れてないし、傷もないね」
「手で触るなよ。柔らかいから痕が付く。報酬が減額されるからな。その点でもお前のやり方は理想的だった」
「そっか。じゃあこのままギルドまで持ってく」
「それがいい」
言いつつ兄が弟の頭を撫でる。初仕事を上々の首尾で終わらせたことを褒めてくれているのだろう。
それにほわほわと笑うと、レオの手は頬を滑って離れていった。
「戻るか」
「うん。きのこが傷む前に納品しちゃいたいし」
2人で来た道を引き返す。いつの間にやら、周囲はもう夕暮れの色に染まっていた。
リリア亭でのダンの夕飯の時間が近い。急いで納品して、間に合うように帰らなければ。
「……はい、『岩きのこの採取』依頼達成ですね、ありがとうございます。依頼の納品数より多いようですが、余剰分も依頼主様に買い取りしていただく形で大丈夫ですか?」
「はい。お願いします」
納品のカウンターはとても混んでいた。
冒険者は朝に依頼を受けて、夕方に戻って報酬を受け取るというスタイルが主流らしい。その分受付担当の人数も増えているので、しばらく並んでいれば思ったより早く順番が回ってきた。
「品物の状態はとてもいいですね。報酬ランク上げておきますね」
報酬ランクとは、成した仕事の質によって基本の金額に加味されるものらしい。依頼よりちょっといい仕事をすれば+、すごくいい仕事をすれば++。もちろん逆に-もある。
これもランクアップの査定に響くらしく、ギルドカードに蓄積されていくようだ。
今回のユウトたちの仕事に付いた報酬ランクは+。ありがたい。
報酬ランク+と余剰分の買い取りで、本来の報酬よりもだいぶいい金額になった。
「では、報酬のお支払いをします。パーティリーダーに一括払いと、パーティ内に等分払いができますが、どちらに?」
「あ、等分払い……」
「リーダー一括でいい」
「一括ですね、かしこまりました」
等分払いにしようと思ったら、何故か横からレオに変更されてしまった。ユウトは目を丸くする。
「え、何で?」
「今回の依頼はお前がひとりで達成したものだ。俺は何もしていない。この報酬はお前が全額受け取っていい」
「いや、でもこの依頼選んでくれたのレオ兄さんだし、一緒に来てもらったし」
「金額をタップして、カードを翳して下さい。最後に、親指を水晶板に押しつけて下さい」
「え、あ、はい」
兄に反論している間に依頼達成の処理が終わって、結局言われるままに弟が全額受け取ってしまった。
後ろに並んでいる人もいっぱいいるので、おとなしく席を離れる。
「せっかくの初仕事なのに、レオ兄さんにお金が入らないなんて……」
「無用な気遣いだな。この歳で初仕事の感慨なんぞ皆無だ。そもそも俺はただその場に立ち会って、ユウトが可愛くて賢くて最強だなと納得していただけだしな。せっかくだと言うなら、それこそお前が何か自分で欲しいものでも買うといい」
「欲しいもの……」
まあ無理に押しつけても、今さらレオもこんな金額は気にも掛けないだろう。彼のカードの中には目を疑うような大金が入っている。
それに弟は、こういう時の兄が絶対譲らないことも知っているのだ。
だとすればこの問答も不毛か。ユウトは軽くため息を吐いて、おとなしくギルドカードをしまった。