弟、魔物の体内に入ったエルドワに慌てる
盛り上がった砂の中に見える空洞は、おそらくワームの口だろう。
日陰を求めて入ってきた魔物をそのまま食べてしまうのだ。
それは効率良くはあるが、体内を晒した無防備な状態でもある。もちろんこちらにとっては都合が良い。
ユウトは魔力をスパイクボールの形に形成した。こちらに気付いていない敵相手ならば、スピードと威力にだけ力を傾けてこれを真っ直ぐに放てば良い。
狙いはあの無防備な口の中。
手のひらの前で練って凝縮した魔力を、マルセンに教わった上位の氷魔法に属性変換する。
その冷気が周囲を包むほどに大きくなった時、ユウトはそれを手元から放った。
「アイススパイク!」
ドン、と魔法が大気を蹴って飛び出す。ユウトを中心に砂塵が舞い上がり、全員のマントが大きく翻った。その風圧に危うく転がりかけたエルドワを、レオがむんずとつかまえる。
「うっわ、すごい反動風圧! オレも吹っ飛びそう!」
「この反作用は放った魔力に比例して大きくなる。それだけユウトの魔法の威力がでかいということだ」
ルアンとレオが言葉を交わしたその瞬間にはもう、呻りを上げた魔法が砂漠ワームの口に到達する。
それは魔物の体内に接触した途端に膨れ、炸裂した。
「ギュアアアアアア!」
口の中からいくつもの氷の棘で体表まで貫かれ、ワームはたまらず砂の上に姿を現してのたうつ。その激しさに周囲が舞い上がる砂で煙った。
砂塵の中の姿は巨大なミミズにしか見えない。目は無く、頭全部が口のようになっている。
ユウトやルアンなら丸呑みされそうな大きさだった。
その頭が、こちらに向かってもたげられた。
ユウトたちの存在を認識したのだ。
それを確認したユウトが、再び手を翳して追撃の準備をする。
しかし魔法が発動する前に、身体を立て直した砂漠ワームが砂の中に潜ってしまった。
「ユウト、あいつこっち来るぞ、気を付けろ!」
「潜られると出てくるまで対処できまい。ユウトは後ろに下がれ」
「ん、平気。もう一撃」
ユウトは気にせず魔法を発動する。
今度は氷の杭だ。それを何本も空中に並べ、それを操る手のひらを地面に向けた。
「アイシクル・フォール!」
ユウトの合図に合わせて、大きく尖った氷柱が地面に突き立てられる。一列に並んだその杭の真下から、再び砂漠ワームがもんどり打って姿を現した。
見事にその身体に氷柱が刺さっている。
「わ、すげえユウト! 何でこいつらをピンポイントで狙えたんだ?」
「さっきのアイススパイクにクズ魔石を仕込んでおいたんだ。魔石と僕の魔力と紐付けしておけば、それを辿るだけで魔法が確実に当たる。ワームは体表がそれほど固くないみたいだったし、地面も砂で柔らかいし、行けるかなと思って」
「以前ドラゴンと戦った時に使った方法の応用か。さすがユウトは賢いな、えらいぞ」
言いつつ、レオはエルドワを下に置いて、剣に手を掛けた。
「ただ、まだとどめにはならん。こいつは行動不能になった部分を切り離して逃げ、短時間でまた増殖して襲いかかってくる。後ろの方がまだ生きてるからな、逃げられる前に仕留めるぞ」
「うえー、もしかしてそのしぶとさがランクAの所以?」
「それもあるが、倒し切らんとどこまでも何回も襲ってくるから危険なんだ。他の魔物と戦っている時に地面から出てきて、ぱくりとやられることもある」
「そ、それはヤダ……。じゃあ、もう一発魔法を……あれ?」
ユウトが今一度魔法を発動しようとしたところで、足下にいたはずのエルドワが軽い足取りで砂漠ワームの方に向かっていることに気が付いた。
何で、いつの間に。
予想外の行動をする子犬に慌てて声を掛ける。
「え、ちょっと、エルドワ!? 危ないから戻っておいで!」
「アン!」
しかしエルドワは振り向いて元気に返事をしたものの、そのまま未だに喘ぐようにぐねぐね動いているワームの口の中にひょいっと入っていってしまった。
「えええ!? ど、どうしよ、レオ兄さん! エルドワが……!」
「ふむ……何か考えがあるのか? 少し待ってみよう。消化されそうだったら助ければ良い」
「レオさん、エルドワが消化されそうなタイミングなんて分かんの?」
「勘だ」
勘って、大丈夫なのだろうか。まあ、レオの勘は他の誰よりもあてにはなるけれど。
はらはらと見ているユウトの横で、レオは剣に掛けていた手を外して腕組みをした。ルアンも様子を覗っている。
「あ、何か砂漠ワームの身体が干涸らびてきた。もしかしてこれは、切り離される前兆なのかな?」
「そうだ。有用な細胞を全て生きてる方に移して、再生不能の細胞だけを切り捨てる」
「切り離した方から素材とか採れるの?」
「いや。こうやって死んだ細胞はゴミだ。何の役にも立たん」
「何だ、つまんない」
ユウトがエルドワを心配してそわそわしているのに、レオとルアンは至って普通だ。もしかすると2人にはエルドワが動いている気配が分かっているのかもしれない。
一体あの子犬は、魔物の体内で何をしているんだろう。
そう思った矢先、いきなり砂漠ワームがビクンと全身を硬直させ、耳をつんざくような声を上げた。
「ギュイイイイイイイイイイ!」
そしてそのまま、砂埃と大きな音を立てて、砂の上に身体を落とした。
何があったのか分からないが、もうピクリとも動かない。
「え? え? どうしたの?」
「……エルドワが仕留めたようだ」
「もう口から出てくるよ」
わけの分からないユウトの視線の先で、ワームの口から足取りの軽いエルドワが出てきた。入っていった時とほぼ様子が変わらない。
ただ、その口に何かを銜えていた。
魔石だ。それも、上位魔石。
「……お前、身体の中に入って直接上位魔石を剥いで来たのか……容赦ないな。だがこれがなければ魔物は生きていられん。砂漠ワームみたいななかなか死なないタイプには覿面だな」
エルドワの魔石を見たレオは、呆れと感心が入り交じったようなため息を吐いた。
ユウトの足下まで来た子犬は、ぴるぴると尻尾を振っている。
その銜えた上位魔石を受け取って、ユウトはその頭を撫でた。
「魔物を仕留めてくれてありがとうね。でも危ないことしちゃ駄目って言ったでしょ? 寿命縮みそうだから、あんまり心配させないでね」
「アン!」
この返事は肯定なのか否定なのか。
考え込みながら、ユウトは受け取った魔石を見た。
「……何か、この上位魔石、普通のものより複雑な色合いしてる」
「まだ生きてる魔物から剥ぎ取るとそういう色になる。街中で出回っているのは死んだ魔物から剥ぎ取った魔石だから、少し質が落ちるんだ。……とはいえ、もちろん後者の方がスタンダードだが」
「生きてる魔物から魔石を取るなんて可能なんだ? オレ、初めて見るけど」
「これはかなり珍しいから普通は見ない。魔石は魔物にとって心臓のようなものでな、生きている間は隠されているし、個体によってその場所もバラバラなんだ。それを体内に潜り込んで一発で剥ぎ取ってくるなんて、そうそう出来ることじゃないぞ」
「そうなんだ。エルドワってもしかしてすごい子なの?」
「アン!」
エルドワは何となくドヤ顔をしている。
「こいつはとにかく鼻が利くようだ。階段も、魔石も、おそらくそれを形成する魔力の匂いを嗅ぎ分けている。これは、ゲート攻略には不可欠な存在になるかもしれん」
レオがこんなに絶賛するなんて。
何の気なしに預かった子犬なのに、このエルドワは一体何者なのだろう。
「とりあえずユウトの魔法も上々だし、エルドワも役立つし、思ったよりも早くクリアできるかもしれないな。砂漠ワームの素材を剥ぎ取って、次に進むぞ」
「うん、そうしよ、このゲートは暑いし無駄に広いし、出れるなら早く出たい。……素材はオレたちで剥ぐから、ユウトはそこでエルドワと見てて」
「……僕だって解体用ナイフ持ってるけど」
「こいつ、内臓ブシャーとかなるけど平気?」
「すみません、お願いします……」
ユウトは深々とお辞儀をするしかなかった。
レオとルアンが平気なのは、料理をする人だからなのだろうか……。まだ魚も捌けないユウトは、2人を尊敬のまなざしで見る。
しかしブシャーしだしたので、その後はずっと後ろを向いていた。




