兄、ウィルと落ち合う
結局クエストは決まらず、レオたちはそのまま冒険者ギルドを出た。
その足で、ウィルに紹介されたルアンの宿を手配しに行く。
行ってみるとそこは兄弟の家からほんの2分ほどで着く、しっかりした上宿だった。通りから少し入り込むため、レオたちは今まで気付きもしなかったところだ。
この宿には気の良さそうな母娘と、ガードマンとして娘の旦那がいる。掃除も行き届いていて、夜の食事も付くようだった。なかなか居心地の良さそうなところだ。
レオはそこでとりあえず一週間分の宿泊手続きをした。多少延びたらまた手続きをすればいい。
「全額支払わせちゃっていいの? オレも最近はそこそこ稼げてるから、お金出せるけど」
「構わん。こちらからの依頼だしな。王都にいる間、お前にはユウトの警護を頼みたい。それにも日当を出す」
「うえ!? そっちはいいよ、オレ的には物見遊山みたいなもんだし。それに友達といるだけなのに金もらうのも変だろ。いらない、いらない」
ルアンはレオからの報酬を固辞した。
レオとしては無償で働かせる方が変な話なのだが、彼女にとっては違うのだろう。そのさっぱりとした心根は感心する。
「……だったら、そのうち礼をさせてくれ。ユウトを護ってもらうんだ、それくらいはいいだろう。俺としてもお前に依頼をしておきながら何も代償を払わないのでは居心地が悪い」
「んー、まあ、そう言うんなら。でも礼なんて、強くなるためのアドバイスをくれるだけでもありがたいんだけど」
「そっちはネイに任せる。俺は差しでの剣技を教えることは出来るが、力に頼らない立ち回りの方は苦手だからな。それに、俺が下手に手出しをするとルアンのバランスが崩れる」
「バランス……そういうもんなのか。じゃあ仕方ないな」
とりあえず納得してくれたらしい。ここで食い下がってこない彼女の素直さが助かる。
ルアンにはどうせだから、礼として『もえす』装備を作ってやろう。今後、彼女には色々役に立ってもらうことになる。その初期投資だと思えば決して高くはない。
「今日はこのまま宿でゆっくり休め。明日は出来れば朝7時くらいに部屋に来い。この宿では朝食は出ないようだし、ウチで食わせてやる。それから朝一で冒険者ギルドに行くからな」
「え、もしかしてレオさんが朝飯作ってくれんの? それは楽しみ!」
「え、レオ兄さん、朝一で冒険者ギルドに行くって……? めちゃ混みだってルアンくんが言ってたのに」
「それこそ、ルアンがいるなら平気だろう」
「うん、任せて! オレがするするっと入っていって、クエスト受けてくるから」
「でも、みんなで行かないとクエストの内容を決められないんじゃ……」
「その辺も考えてる。心配するな」
不安そうなユウトの頭を撫でる。ザインで一度もみくちゃにされて以来、この弟は早朝の冒険者ギルドに軽いトラウマがあるようだ。
しかしそこに参戦する予定の、当のルアンはいたって通常どおり。
「じゃあ、明日7時だな。まあ、ここからすぐだから、時間きっかりに行くよ。朝食よろしく。そのうちオレも作ってやるな」
宿の前でひらひらと手を振る彼女と別れると、レオたちはすぐそこにある自宅へと戻った。
家に帰り着いたレオは、ユウトと2人で夕飯の下ごしらえだけ済ませると、弟と子犬を残して家を出た。
時刻は5時半少し前。
まだ暗くはなりきらない夕暮れ、しかし街灯には明かりが灯り始める。
各々の店舗や家にも明かりが点くと、対照的に暗さを増すパーム工房の建物がやけに際立った。
その敷地に入り、人目に付きづらい裏手に回る。
すると、すでにそこにはウィルが来ていた。
「ここに来る前に確認してきましたが、ロジー鍛冶工房も同じ状態です」
「そうか」
相変わらず2人の会話は即本題に入る。
しかし双方がそれを気にしないのだから、特に問題はない。
「荷物を積んだ馬車を引いているので、おそらくジラックまでは3日から4日。発ったのが一昨日の早朝ですから、明日か明後日には到着するかと」
「闘技場崩壊の知らせがジラックから正式に王都に届いたのが昨日……。その事件が王都で取りざたされる前に奴らをジラックに呼び寄せて捕まえ、闘技場の一連の罪をまるっと擦り付けて処分するつもりか」
「魔研や領主が特に現場に証拠を残していないのなら、それが一番簡単ですからね」
ルウドルトが査察に向かったのは今日。馬に乗って行ったから、ジラックまでは2日あれば着く。進み具合によっては、店主たちに追いつくのは可能かもしれないが。
「店主たちをジラックに着く前に捕まえたら、魔研や領主がかなり警戒と反発をするだろうな」
「そうですね。こちらがすでに闘技場の真相を知っているとバラすようなものですから、城門を閉ざして臨戦態勢になるでしょう」
「領主らが悪事に荷担していた言質は取りたいが、そのためだけに事態を悪化させてまで救うほどの価値があいつらにあるか……」
答えはNoだ。
工房の店主たちはどちらにしろここで役割を失う。今後、魔研の人間の行動に何の制約も与えないし、領主にとっても邪魔でしかない。
こちらとしても、魔研に見放された彼らにそれほどのリスクを取る意味がないのだ。
魔工爺様たちのことを考えると複雑ではあるが、積極的に救いに行く理由がない。
「ここに来て、あいつらはとうとう己の愚行の報いを受けるわけだな」
「魔研の人間にそう仕組まれたところもあるので少々気の毒ではありますが、そうなるでしょう。少しだけ店主と魔研と領主、三者の関係を取りざたして牽制してみましたが……」
「お前がリスクを背負うことはない。変に目を付けられると面倒なことになるぞ」
目障りな者は排除するのが奴らのやり方だ。店主たちのために要らない刺激を与えて、付け狙われたら割に合わない。
そう注意すると、ウィルは表情を変えないまま「ああ」と言った。
「そう言えば、目を付けられると言うか、私は何故かジアレイスに興味を持たれたようです」
「……ジアレイスに?」
あの一般市民を完璧に下に見ている男が?
レオは眉根を寄せ、考え事をするように顎下に手を添えた。
それを見ながら、ウィルが構わず続ける。
「私のあの男への第一印象は、高慢な選民主義だったのですが」
「そうだな。間違っていない」
「それが、何故私のような小市民に反応したのか不思議なのです」
「……あの男とどんな話を?」
訊ねると、彼は当然その内容を覚えていた。
「ジアレイスがレア装備を着けていたので、それを褒めました。プライドが高いタイプを誘導するにはそれが手っ取り早いので。その流れで要識別アイテムを鑑定できるという話をしたら、どのランクまで鑑定できるのかと訊ねられました」
「……鑑定能力を必要としているのか?」
「いえ。どうも、私がその資格を取るために覚えた記憶量に感心していた様子で……。記憶が得意だと伝えると、雰囲気が変わったようでした」
「記憶……!?」
そこまで聞いて、思い至った推論にレオは大きく動揺した。
そうか、ウィルのこの圧倒的な記憶力。
ジアレイスはこれに目を付けたのだ。
先日、マルセンが確かに言っていた。
降魔術式は4人いないと発動しないと。3人になってしまった魔研は、もう降魔術式が使えないと。
ただし彼は、代わりに長い詠唱を諳んじられる記憶力のある他の人間を連れてくれば、再び降魔術式を発動するのは可能、とも言っていたのだ。




