兄、ジアレイスの出現を知る
ジラックに査察に向かうルウドルトと、調査するべき内容と対応を確認。そして呼び寄せた真面目をライネルの警護にあてれば、ひとまずは報告待ちとなる。
レオは王宮から地下道を抜けて街中に戻ると、まっすぐにユウトの待つ自宅へと戻った。
エルドワがいるとはいえ、きっと留守番ばかりで退屈しているだろう。
「ただいま、ユウト」
「おかえりなさい、レオ兄さん」
「アン!」
玄関を入ったレオは、すぐに弟と子犬に出迎えられた。
そこで和みそうになって、しかし彼ら以外の僅かな気配を感じ取った兄は、密かに周囲を覗った。……覚えのある気配だ。
ユウトを見ると、隠し事の下手な彼はどこかそわそわとしている。
なるほど、そういうことか。
レオはその頭をひと撫でして、弟の部屋に入った。
ここだ。死角になっている扉の陰。
まっすぐ覗きに行くと、果たして、そこにはルアンが隠れていた。
「ザインからもう着いたのか。ずいぶん早かったな」
「くううう~! レオさんに気配を覚られないように頑張ったのに……!」
「いや、気配の消し方はだいぶ上達している。実戦でどんどん精度が上がってきたんだろう。頑張っているようだな」
「え、ホント!? やった、レオさんに褒められた!」
悔しがっていたかと思えばころりと喜ぶ。ルアンは至極真っ当で頑張り屋で素直。ユウトの友達として申し分のない性格だ。とても好もしい。
「オレ、盗賊としてもずいぶん役に立てるようになったんだよ。この成果を早くレオさんに見せたいな~。ユウトに聞いたけど、今回はランクAのクエスト受けるためにオレを呼んだんだろ? だったら実力のお披露目にはちょうど良いよな」
「師匠より先に俺に見せていいのか」
「レオさんに認められれば、堂々と師匠に見せられるもん」
なるほど、ルアンにとってレオは、ネイに見てもらう前の試金石というところか。
「まあ、やる気があるのはありがたい。お前は何日くらい王都にいられるんだ?」
「レオさんたちがザインを出てからもうすぐひと月、そろそろ帰る予定だろ? だったら、それまでここにいようかと思ってる」
「あ、それならルアンくん、ザインに戻るまでここに泊まる?」
ユウトはエルドワを抱いて兄の隣に来ると、彼女にあっけらかんとそんな提案をした。しかしそこは、レオが却下する。
「何を言ってるんだ。倫理的に、男2人の住む部屋に、女の子を何日も泊めるわけにはいかないだろう。宿は近くに準備する。今回はこっちが呼び出したんだし、宿泊費なんかは全て俺が持つから安心しろ」
「あ、そっか」
ユウトもルアンも相手に男女の意識がないのだろう。2人はレオの指摘で今さら互いの性別に気付いたように目を瞬いた。
「しばらく王都にいられるのなら、今日は無理にクエストを入れるよりもルアンの宿を探しに行こう。冒険者ギルドにも一時的な臨時登録が必要だったはずだ」
「ああ、うん。母さんにも言われた。拠点移動じゃないのに他の街でもクエストを受けるには、臨時登録が必要だって」
「じゃあ、ウィルさんのとこに行く?」
「そうだな。ついでに宿の情報も聞こう。闇雲に探すよりもあいつに訊いた方が確実だ」
せっかくだから、王都の街も少し巡ろう。今回はクエストでしか役に立たないだろうが、ルアンがこの街中に慣れてくれれば色々重宝する。街でのユウトの護衛くらいなら任せて全然問題ないし、諜報員としても使えるようになる。
ネイが現在ジラックにかかりきりだし、彼女の存在は地味にありがたい。
あとはどこまでの秘密をルアンに明かすべきかだが、それはまた追々でいいだろう。レオはとりあえず2人と1匹を引き連れて、冒険者ギルドへ向かった。
午後の冒険者ギルドの受付は、この大きな王都であっても閑散としている。
そんな中、レオたちはもちろんウィルの窓口に向かった。
ちなみに受付ではだいぶ寡黙なウィルだが、彼の窓口を希望する冒険者は多い。
モンスターの知識が豊富であり、その特性や弱点を知り、討伐に関してのアドバイスが的確だからだ。おかげでウィルを頼みにしている者は、ランクが高い冒険者が大多数だという。
午前中に来るとかなり待たされるらしい。午後で良かった。
「こんにちは、ウィルさん」
ユウトが挨拶をすると、ウィルは無表情のまま小さくお辞儀をした。相変わらずだ。
「すみません、臨時登録お願いします」
その隣からルアンがギルドカードを出すと、スッとそれを受け取った彼はあっという間に処理を終わらせる。そしてカードをルアンに返す際に、ちらりと彼女の顔を見た。これでウィルの記憶にルアンが登録されたのだろう。
「彼女、ザインから来た僕の友達なんです」
ユウトがそう告げるとまた、軽く頷く。
ルアンをレオたちの仲間だと認識、登録したのだ。
「彼女が泊まれるような宿屋を探しているんだが」
その上で、レオがウィルに訊ねる。
「宿泊費の上限は」
「特になし。セキュリティのちゃんとしてる信用できるところなら高くてもいい。もちろん個室、バストイレ付き」
「場所は」
「俺たちの家の出来るだけ近く」
「食事は」
「付きでも付かなくてもいい」
「では、レオさんたちの家から斜向かい、道具屋の裏手にある中規模の上宿をおすすめします。母親と娘でやっている宿で、女性も安心です。手入れも行き届いていて古いながらも小綺麗ですし、ガードマンもいます」
「そうか」
やはり、この男とだと話が早い。
いつものようにレオはそのまま挨拶もなく去ろうとした。
しかし、今回は何故か不意に呼び止められる。
「……レオさん。ご報告したいことが」
「報告?」
怪訝に返したレオに、ウィルは他人に見えないように小さなメモを渡した。
レオも、他に気取られぬようにこそりとそのメモを見る。
そしてそこにある内容に一瞬目を瞠った。
『パーム工房でジアレイスと遭遇しました』
すでにジアレイスが、自ら王都に来ていただと?
レオはそのメモを、心持ち慌ててポケットにしまった。不安を煽る、その名前すらユウトに見せたくない。
「兄さん、どうしたの?」
2人のやりとりを見逃したユウトが、不思議そうに首を傾げてこちらを見た。その少し後ろで、こちらは鋭いルアンが、やりとりに気付いていながら見ない振りをする。ネイの教えの賜物か、彼女は首を突っ込まない方がいいことを見極めているようだ。
「何でもない。……お前たちはちょっと依頼ボードを見てこい。良いものがあったら今日中に受けて明日出掛けてもいいしな」
「そうだな。行こう、ユウト」
「あ、うん」
ルアンが率先してユウトを誘導する。空気が読める存在はありがたい。
レオは知らず力んでしまっていた肩から、力を抜いた。
再びウィルに向き直る。
「……仕事が終わってからでよろしければ、ご自宅まで伺いますが」
「いや、これはユウトに聞かれたくない。お前の仕事が終わった後にどこかで落ち合おう」
「では、パーム工房で。……店は引き払われて、今は無人になっていますから」
「……ジラックへ行ったか」
「はい」
ジアレイスが現れ、パーム工房の店主がジラックへ行った。
それだけで展開は読めてしまう。
しかし、ウィルがジアレイスと遭遇したというのなら、その見解を聞く価値はある。レオは彼の提案に頷いた。
「……分かった、では後でパーム工房に行く」
「5時半には行けると思います」
「ああ」
レオはそのまま彼の窓口を離れる。
そして内心で大きく舌打ちをした。
こんな近くにあの男がいたというだけで、胸くそ悪い。
そうだ、いくら王都が聖域になっていると言っても、魔研の連中が直接乗り込んできたらユウトに危害が加わるかもしれないのだ。
気を抜くわけにはいかない。
ただ今後、ルアンがユウトと一緒にいてくれることだけは救いだった。エルドワも、あいつらの臭いを覚えているはずだ。回避に役立ってくれることを期待できる。
依頼ボードの近くにいる2人と1匹の元に向かいながら、レオはこれからの算段を立てる。
とにかく、ユウトをあいつらに発見されるわけにはいかない。降魔術式が消えたとて、まだまだ安心はできないのだ。




