弟、日用品を手に入れる
翌日、2人は着替えや生活用の小物を買いに街に出ていた。
レオが日本から持ち込んでくれたものもあるが、やはりそれだけでは足りないのだ。特に兄のものが全然足りてない。
そういう不足のものを買いそろえてから、ユウトは最後にとある店に連れて行かれた。
入り口の看板には、宝箱の上にいくつもの『?』マークがある図が描かれている。一見何の店かよく分からない。
「……ここは?」
「迷宮ジャンク品の店だ」
弟の問いに、兄はあっさりと答えた。
「迷宮の宝箱から出た、一般的に需要のないものや用途の分からないものを冒険者から買い取って売っている」
「需要のないものや用途の分からないもの……? そんなの見てどうするの?」
「この世界の人間が分かっていないだけで、結構掘り出し物があるんだ」
そう言ってレオが店の扉を手前に引いて開け、ユウトに先を譲る。
兄に促されるままに中に入ってみると、そこには雑多な品物が所狭しと並べられている、リサイクルショップみたいな店だった。
その商品に目を丸くする。
本当に使い道が分からないものもあるが、その中にユウトが見慣れたものがいくつかあった。
「え? 歯ブラシとか懐中電灯とか、あ、炊飯器まで!? 何でこんなものが異世界に!?」
「時々こういうものが宝箱から出てくるんだ。こっちでは魔石燃料が主で電気の概念がないから、向こうの家電類なんてあってもほとんど意味がないがな」
「小型冷蔵庫もある……こんなの大きくて邪魔だろうに、よく迷宮から持ち帰って来るね」
「金持ちの道楽で、こういう妙なものを集めるコレクターというのは結構いるんだ。それなりの額で買い取ってもらえるからだろう」
「なるほど」
言われてみると、大きくて見栄えのする品物はいい値段が付いている。逆に、歯ブラシみたいなものは銅貨2枚くらいだ。日本円に換算すると20円。安い。おまけに清掃用具に分類されている。
パッケージは異世界仕様なのか、どこかのバッタ物みたいな見た目だった。怪しさ満点だがこればかりは仕方がないか。
「日常的に使えるものは全部買っていくぞ。ほぼ一品ものだから、買い逃すと次にいつ買えるか分からん」
「うん」
レオと手分けして日用品を中心に品物を探していく。歯ブラシの他に、石けんと歯磨き粉もあった。それからシャンプーとコンディショナー。それぞれ銘柄(?)が違うけれど妥協する。
衣料品では、靴下や下着も置いていた。洋服もハンガーに掛かった状態で並べられている。
そしてそれは壁際にも。
「わ、ねえ、レオ兄さん。背広も売ってる」
「こういうコスチューム系もコレクターがいるらしい。祭りなんかで仮装の一環として着る者もいるな」
「へえ。他にも忍者とかナース服、全身タイツまである……。意味分かってて着るのかな」
「分かってないだろう。ただ目立つからだ」
「そっかあ」
まあ確かに、これらが別世界の特殊な衣服だとは思わないだろう。せいぜい、遠い異国の品だと考えるくらいか。
「不思議だね、何で迷宮からこんなものが出るんだろ」
「……ゲートは空間のゆがみだ。その中の迷宮はある意味別の世界と繋がっていると言える。その空間はボスモンスターによって成り立ちが異なるからな。時折向こうの世界の影響を強く受けている魔物が作った迷宮もあるんだろう」
「それって……中には向こうの世界のことを知ってるボスがいるってこと?」
「おそらくな。……と言っても多分に俺の私見が入っているから、手放しで信じるなよ」
レオが珍しく推察でしか話せないということは、それだけゲートや迷宮とは不可思議なものなのだろう。
でもまあとりあえず、向こうの日用品が手に入るのはありがたいから、今はその恩恵を享受しておく。
それからまた店内をひとしきり見ると、2人は会計を済ませてジャンク屋から外に出た。
「じゃあ次は冒険者ギルド!」
「無駄に気合い入ってるな。初心者丸出しだから落ち着け」
そうは言われても、初仕事だ、気合いも入る。
「レオ兄さんも冒険者デビューなのに。わくわくしない?」
「紙っぺら1枚で見知らぬ奴のために働いても楽しくないな。ユウトのためなら喜んで馬車馬のように働くが」
「僕のために働いても報酬出ないよ」
「お前の存在自体がご褒美だから別に問題ない」
「……そういう科白よく真顔で言えるよね」
兄の価値観はどこかおかしいと常々思っているが、それを指摘したところで意味が分からないという顔をされるので、そこには突っ込まない。弟を全肯定する彼の言葉が、過去を持たないユウトを支えているのもまた確かなのだ。
「今日は何の依頼を受けるつもりだ?」
「最初は依頼の流れを知りたいから、他人が介在しない採取かな」
「まあ、その辺が妥当か」
冒険者ギルドに着くと、ユウトはボードの端のランクD依頼を見に行った。依頼の数もボード前でそれを眺める人数も、一番多いのはランクCだ。Bの前にいる人はその半分くらいの数で、Aを見ているのは2、3人。ランクが上がるほど受け手の数がいないのが分かる。
ちなみにDは、ランクCの依頼のついでに受ける人が多いのか、そちらからふらっと来て依頼用紙を剥がしていくだけで、ユウトのようにボードに貼り付いて見ている人間はあまりいなかった。
「それで、どれにするんだ」
ボードの前で依頼用紙とにらめっこをする弟に、兄が背後から声を掛ける。
それにちらと振り返ったユウトは、小さく苦笑した。
「……どれがいいのか全然分かんない。採取依頼の品の名前だけじゃ物が何か分かんないし、どこにあるか分かんないし。採取場所の目安とか書いてあるけど、さっぱり」
「まあ、当然か。……そうだな、今回は手っ取り早くこれにしろ」
レオが1枚の依頼用紙を剥がしてユウトに渡す。
依頼の内容は、『岩きのこの採取』と書いてあった。
「岩きのこ3本、余剰分も買い取り可。採取場所の目安、A+4……。A+4って何?」
「ギルドの入り口にザイン周辺の地図が貼ってあるだろう。そこにAからKまでエリア分けされているから、それで大体の場所が分かるようになっている。数字は高低を表す。1が地面で地下は-、地面より上は+で記される」
「つまりA+4は、Aエリアの高いところにあるってことか」
「そうだ。基本的に街に近いところほど安全で、離れると危険が増す。依頼を受ける時は街の近くにしろよ」
なるほど、採取場所の見方は分かった。
あとは依頼品の知識が足りないが、最初のうちは窓口で訊けばいいだろう。
「依頼の受け付け窓口に行ってくる」
「ああ」
ユウトはボードの前にレオを残して、カウンターに向かった。
偶然リサのいる窓口が空いたようで、あちらから手招きされる。先日の礼も言いたかったからちょうど良かった。
「こんにちは、リサさん」
「こんにちは、ユウトくん。今日も可愛いわねぇ。……ところでどうだった? リリア亭」
「そのお礼を言おうと思ってたんです。いい宿を紹介してくれて、ありがとうございました。しばらくあそこに滞在することになりました」
「そう! リリアはちょっと癖が強いから心配だったんだけど、良かったわ。ダンさんもさぞかし喜んだでしょう」
「はい、ダンさんが嬉しそうにめちゃめちゃ世話を焼いてくれます」
「あの人、それが趣味みたいな人だから」
リサはそう言って笑ったあと、依頼書を挟んだ台帳のようなものを取り出し、ところで、と一度仕切り直した。
「今日は依頼を受けに来たのよね? どれにしたのかしら?」
「あ、はい。初めてなのでとりあえず近場の採取の依頼を受けようと思いまして」
ユウトは依頼用紙をリサの方に向けて差し出す。
それを受け取った彼女は、依頼台帳からその依頼の詳細を引っ張り出した。
「『岩きのこの採取』ね。この依頼は3日以内に達成しないとキャンセル扱いになります。依頼未達成はペナルティが付くので気を付けてね」
「期限があるんですか?」
「依頼自体じゃなく、ギルドとしての期限ね。このくらいの依頼を3日でクリアできないなら、強制的にキャンセルして再び他の冒険者に回すってこと。だから依頼を選ぶ時は慎重に、自分の力量と相談してね」
確かに、いつまでも達成できない冒険者にクエストを預けておくより、期限を決めて回収して他の冒険者に回す方が効率がいい。依頼人にとってもいいシステムだ。
実力のない冒険者が身の丈に合わない依頼を受けないようにするにも有効だろう。
「一応訊いていいですか? 依頼未達成のペナルティって?」
「依頼書の右上に数字が書いてあるでしょう。これがギルドポイント。依頼を達成することで得られるポイントね。この蓄積が高いほど冒険者としての実績があることになるわ。依頼を達成できなかった場合、この表記してあるポイントの2倍を差し引かれるの」
「冒険者としての実績が減る……。もしかしてランクダウンとかも」
「それはないけど、ランクに反してギルドポイントが低いと、冒険者としての信頼性が下がるわね。依頼主から『こいつにはやらせるな』って冒険者NGを出されることもあるのよ」
それは冒険者としてはかなりキツそう。上位ランクだと得られるポイントが多い反面、持って行かれるポイントもすごそうだし。
ランクを下げてやり直しもできないのでは、下手をしたら冒険者廃業にもなりかねない。
自分たちにはまだまだ先の話だが気を付けよう。
「ユウトくんはこの依頼を達成できる自信はあるわね?」
「はい。大丈夫です。……ただ、ちょっと確認したいことがあるんですけど」
「なあに? クエストに関する情報提供は何でもするわよ」
レオが選んだ依頼だし、問題なくいけると思う。けれどそれをどれだけ効率よく採取できるかもユウトの課題なのだ。
いくつかの案を考えながら、リサに確認をする。
「岩きのこってどんなふうに生えてるんですか?」
「あれは岩の切り立った崖の中腹に生えるのよ。ちなみに高低差+4っていうのは、そのきのこが生えている高さ。成人男性が肩に積み乗る形で4人いれば届く高さのことで、だいたい7メートル前後になるわ」
「7メートルか……。あの、岩きのこっていうくらいだから、固いんでしょうか?」
「ううん。岩に生えてるから岩きのこ。きのこ自体は柔らかいの。だから木の棒なんかでどうにか下から突いて落としても、落下の衝撃で笠が砕けてしまうわ。気を付けて」
なるほど、結構扱いが面倒なきのこのようだ。だからか、ランクDの採取のわりに、報酬もギルドポイントも少し高めなのは。
しかしユウトの魔法なら、応用次第でどうとでもなる。
「他に何か訊きたいことある?」
「いえ、大丈夫です」
「じゃあ、依頼の受け付けをするわね。このパネルにカードを翳して下さい」
言われた通りにギルドカードを翳すと、カードの裏に受けた依頼内容と期限が表示された。これならクエストを忘れない。いい仕様だ。
「ちなみに、依頼は同時に3個まで受けられるの。効率よく稼ぎたいなら同じ方面にある採取や討伐を一緒に受けるといいわ」
「へえ。慣れてきたら僕もそうしてみます。ありがとうございます、リサさん」
今日のところは様子見のクエストだ。これ以上増やすこともない。
微笑んでぺこりと頭を下げると、またリサに頭を撫でられた。
「崖に登ろうとして怪我したりしないようにね? 危ないことはお兄さんにやってもらうのよ? 可愛いお顔に傷が付いたら大変」
どうも彼女はユウトが18歳男ということを忘れがちのようだ。
それに苦笑して、ユウトはもう一度礼を言ってから席を立った。
受付を離れ、レオのいるボードのところに戻る。
すると兄は何故かランクAとBの依頼を眺めていた。
「お待たせ。……どうせ受けられないのに、何で上位ランクの依頼を見てるの?」
「……ザインの周囲に出る魔物の種類と出現場所を見てた。欲しい素材があるからな」
「そうか、ロバートさんにも素材卸さないといけないしね」
ユウトには依頼用紙の内容だけではどんな魔物かも想像が付かないが、やはりレオは分かっているみたいだ。
それを何故かと兄に訊いても無駄なことはもう分かっているから、訊かないけれど。
「採取にはもう行けるのか? 何か準備するものは?」
「ん、いいや。ありものでどうにかするから、このまま行く」
「じゃあ、まずは城門へ向かおう。冒険者ギルドのカードがあれば街の外へ一時的に出るのに通行料は掛からない」
レオに促されて、ユウトは初仕事をクリアすべく真っ直ぐ城門へと向かった。