弟、みんなの庇護欲をそそる
「闘技場を潰したか。それはめでたい。よくやったな」
レオがユウトと再び合流して向かった魔法学校でマルセンに報告をすると、彼は笑顔で2人を労った。
「これで降魔術式はそうそう使えなくなっただろう。ユウトも少しは自由に歩けるな。良かった良かった」
「その降魔術式のことで少し聞きたいことがあるんだが」
機嫌良さげな男は、その表情のまま首を傾げる。
「聞きたいこと?」
「降魔術式の失敗で魔研の人間が食われたらしい。密偵が見た」
告げた言葉に、マルセンは笑みを消した。
その変化を見つつ、レオは言葉を続ける。
「あんたが返術をした時は、降魔術式は人間に効かないから動けなくなるだけって言ってたよな。てことは、これも食われたんじゃなくてどこかに転移したとか、そういうオチか?」
降魔術式自体がある意味、転移の魔術だ。その可能性を訊ねると、マルセンは腕組みをして小さく唸った。
「うーん……。術式の失敗ってどういうのか分かる?」
「どうも王都にアタックして、聖域に阻まれて失敗したらしい」
「あー……それは代償として食われたわ。俺の返術は基本的に同じ効果を増幅して鏡のように返すだけだから、人間には効かなかったんだけどね。聖域に阻まれてのことなら、おそらく魔手がダメージを食ってる。その分を補うための代償にされたんだ」
「ということは、復活することはないんだな」
とりあえず、魔研はこれで勝手に数を減らしてくれたようだ。もちろん自業自得、同情の余地はない。
「じゃあこれで魔研の人間は、間違いなくジアレイスと部下2人だけになったというわけだ」
「え、3人になったのか? それは朗報だな!」
レオが告げた言葉に、マルセンが反応する。
「3人になったことが、何かいいことなんですか?」
「そうだ。今後の心配がぐんと減るぞ」
ユウトが訊ねると、彼は大きく頷いた。
「降魔術式は4人以上いないと成立しない術なんだわ。東西南北をそれぞれひとりずつで担当し、発動する。それが欠けたということは、もう降魔術式は使えないってことだ」
「本当ですか!?」
「もちろん他の人間を連れてくればできないこともないが、降魔術式を使うには長い詠唱をしなくちゃいけねえんだよ。それを一朝一夕で諳んじられる人間はそうそういねえ。実質、発動はできないと思っていい」
「それは嬉しい……! 他の半魔の皆さんも安心できますね! 良かったね、エルドワ!」
「アン!」
今までずっとユウトの腕の中でおとなしくしていたエルドワが、同意を求められてぴるぴると尻尾を振った。
その反応にマルセンが目を丸くする。
「うお、よくできたぬいぐるみかと思ったら本物だった。ユウト、このわんこはどうした」
「半魔のエルドワです。僕が育てることになりました」
「半魔? へえ、こんな魔物寄りの奴もいんのね。可愛いな、ユウトとセットで和むわ~。こいつ、コボルト系か? ライカンスロープ系か? それともまた別?」
「どうなんでしょう。特別な子としか聞いてないんですけど」
「何にせよ、犬系は魔物や術式に鼻が利くから、重宝するだろう。ユウトをちゃんと守れよ、わんこ」
「アン!」
マルセンの言葉にエルドワが元気に返事をする。ユウトがそれに複雑そうな顔をした。
「何で僕がエルドワを護るんじゃなくて、護られる方なんですか」
「んー? 何でって言われてもな。何かユウトって護ってやらなきゃ~って庇護欲に駆られるタイプなんだよね」
「それにはまるっと同意だ。こんなに可愛いんだから仕方がない」
「アン!」
「ええ……僕ってそんなに頼りないかなあ……」
頼りないというか、その可愛らしい見た目がやはり庇護欲をそそるのだ。少し凹んで眉尻を下げる表情もそれを助長する。
そして、表立っては言えないが、ユウト自体が今やこの世界のためにも護らねばならない存在なのだ。騎士のような気分になるのも当然ではなかろうか。
「それにしても、降魔術式を気にする必要がなくなるのは純粋にありがたいな。あんたの大地の浄化にずっと頼っているわけにもいかなかったし」
「俺としてもほっとしたわ。各地を浄化しに行脚しろとか言われたらたまんねえからな」
「ただ、降魔術式が使えなくなったとなると、魔研の次なる動きが気になる。今度は何をしでかすか……」
「そうだな。闘技場の件での後始末もあるだろうし、王都で聖域を施した人間も探しに来るだろう。……そうなると、久しぶりに俺もジアレイスと相対することになるやもしれん」
そう言ったマルセンは、おもむろに口端を上げた。
マルセンにとってジアレイスは、顔も会わせたくないというわけではないようだ。
以前、30年越しの鬱憤を晴らすと言っていたし、もしかすると再会を楽しみにすらしているのかもしれない。
「もしもジアレイスが現れたらどうする?」
「世界樹の杖とユウトのことは言わないから安心しろ。俺は別にあの男と対面したって、怖いことは何もねえのよ。これは自慢だが、俺は魔法学校の学生の頃、術式の知識も魔術の能力も、あの男に負けたことはない。だからこそあいつは俺を嫌い、唯一敵わなかった家柄という権力に頼って俺を排除した。……もしも俺の前に現れたら、その頃からこびりついたままの俺に対するコンプレックスを突きまくってやるつもりだ」
……マルセンはちょっと意地の悪い笑顔を浮かべている。
これはもしかすると、会いたくないのはジアレイスの方なのか。
「……相手を下に見て、油断するなよ」
「大丈夫。昔から俺を一生懸命下に見ようとしてんのはあいつの方だ。……その場で殺すのは難しいが、その感情を上手く誘導すれば、奴らの目的をしゃべらせることくらいはできるかもしれん。その時はまた報告する」
こいつ、気さくなおっさんに見せかけて、ずいぶんとしたたかな曲者のようだ。
なるほど、一癖のある、ライネルの好きなタイプの人間ということか。納得。
「ところで、話は変わるんだが」
マルセンは、そこでころりと表情を変えた。いつもの人好きのする笑みを浮かべる。
「ユウトの魔法勉強、もうほぼ教え切っちゃったんだよね。習得具合を見るために、少し実戦で魔法を使ってみて欲しいんだが」
「実戦でだと?」
「もうランクAあたりの魔物ならいけると思う。戦ってみて、どのくらい応用できるか、とっさの属性選択ができるかを確認してくれ。教室では回る頭も、実戦で回らなければ意味がないからな。その辺を見て、問題点を洗い出してきて」
「ランクA……僕はまだそこまでのクエスト受けられないですけど」
「俺も冒険者ランクはまだDだ」
変身してランクS以上のクエストなら受けられるが、ユウトの実戦訓練としてはちょっと荷が勝ちすぎる。となると。
「一緒にランクAのクエスト受けられるのって言ったら、ザインのルアンくんくらい……」
「ああ、実力も知っているし、冒険者ギルドで素性も知らない奴を見つけて組むよりもずっといいな。事態が少し落ち着いたらザインに行くか、ルアンを呼び寄せるかしよう」
「ほんと? わあ、ルアンくんと会うの久しぶり! 楽しみだなあ」
レオの言葉にユウトは久しぶりの友人との再会を思い、嬉しそうに微笑んだ。




