兄、ライネルと話し合う
ユウトたちを見送った後の部屋の中。
レオとライネルはソファに向かい合わせに座り、そのテーブルには報告書を乗せていた。
レオは長兄がその書類に一通り目を通すのを待つ。
「ふむ……闘技場のこと自体はもう心配する必要はなさそうだな。問題はやはりジアレイスたちか……」
「ジラックの領主と反国王派も地味に厄介だ。兄貴に悪感情を抱いている分魔研の奴らに与しやすいし、すでに繋がっている可能性もある」
「そのあたりはまあ、カズサたちに引き続き探ってもらおう。領内で魔物が現れたということで、今回は無理矢理にでも王都から査察を入れるしな。さすがにこれはあのアホ領主でも拒めまい」
「査察には誰を向かわせるんだ?」
「一番適任なのはルウドルトだろうな。あいつならアホ領主もむげにはできまい」
確かに、厳正で肩書きも実務能力も申し分ないのはあの男か。しかし。
「あいつ、何日も兄貴の警備から離れるのは嫌がると思うぞ。まさか兄貴はジラックに行かないだろ?」
「代わりにお前がお兄ちゃんの警護をしてくれると助かるんだけど。ユウトも一緒でいいぞ。私が嬉しい」
「ふざけんな。国王と繋がりがあると知れたら、ユウトとゆっくり街も歩けなくなる」
「即却下とは、つれない弟だねえ」
ライネルは苦笑をした。
「だが、ジラック行きはルウドルトくらいの人間でないと無理だ。領主がアホだから、何をしでかすか分からない。命の危険が無いとも限らないし、かなりの用心が必要だからな。同行者として、変装したカズサとオネエを付けるつもりだ。あいつらは行動にそつが無いし、急変にも対応できる」
「少数精鋭で行くってことか」
「大人数で行くと余計に反発するだろう。変に臨戦態勢を取られても困る。罪のない住民を巻き込むことは避けたいのだ」
そこまで考えているならもうルウドルトは確定か。
「それで、兄貴の警護は」
「今回は仕方が無いから、真面目を呼び寄せる。あいつの危機回避能力は図抜けているからな。もう少し融通が利く男ならカズサに私の警護を頼んで、真面目をルウドルトに付けるんだが」
「あいつか……。まあ、その通り名どおり真面目だし、それなりに戦える男だし、いいんじゃないか。ただ、あいつが兄貴の警護にいる間はユウトを連れてこないぞ」
「……やはりそうなるか……。真面目で責任感もあって常識人で仕事も出来るのに、何でロリコンかなあ、あの男……。まさかユウトまで守備範囲だとは……」
その一点において、真面目の警護は不服らしい。
しかし、良い人選ではある。あの男はルウドルトや狐のように人間の機微を察知した先読みが出来るタイプではないが、計画された危機も不慮に起こった危機も、区別なく押し並べて直前回避ができるという強みがあるのだ。
その期間中は視察などを控えて王宮内での仕事をしていれば、ほとんど危険はない。
「まあ兄貴は不服だろうが、ジラックの査察の件はそれで問題ないだろう。後は領主の出方次第だからな。……それよりも、俺は狐が闘技場の地下で聞いたという魔研の連中の話が気になっている」
「ああ、聖属性を持つ何者かと魔尖塔の話だな」
レオの言葉に、ライネルは該当の報告書の用紙を取り出した。
「王都が聖域になっているのは、世界樹の杖によるマルセンの大地の浄化のせいじゃなかったのか?」
「……そうなんだが、その際に杖に補充したユウトの魔力で、不死者が浄化されるほどの聖域になっているらしい」
「何? ……待て、もしかして聖属性を持っているのは……」
「……ユウトだ」
気重げに低くそう言ったレオは、眉を顰めている。向かいに座るライネルも、同じように眉間にしわを寄せた。
聖属性という極めて稀な特性を持った者は『世界の切り札』と呼ばれるのだが、それがユウトだというのは全然喜ばしいことではなかった。
聖属性持ちは悪しき者から世界を護る魔力を有し、その魔力で世界を支えることもできる。汚染された者や自然を浄化する力もあり、その聖なる存在は世界樹を小さく体現した分身、救世主だとすら言われる。
……しかしそれは、同時に世界を救うための御供でもあった。
「ユウトが聖属性持ちか……。それを知っているのは?」
「俺と兄貴、それから、当然マルセンは勘付いてる」
「本人は知らないのか?」
「少しだけ耳には入ってしまったが、一応、詳しいことは知らない。俺としては、あいつにそれ以上の詳細を知らせる気もない。特に、魔研のせいでこんなに世界が危うい状態では」
「それでいい。報告書でジアレイスたちの会話を読む限り、すでに世界のバランスは魔尖塔が出てもおかしくないくらい傾いているということだろう。それを支えているのがユウトの魔力だとすると、下手にあの子を追い詰めるわけにはいかない」
レオはユウトを失わないために話をしているが、ライネルは世界の存続のために話をしている。立場の違いによる温度差は仕方が無い。どちらにしてもユウトを護ることに変わりはなかった。
「魔研の奴らはこれから聖属性持ちのユウトを探し始めるだろう。魔尖塔を出現させたいようだからな。奴らを排除できるまでは、今まで以上にユウトを護らなくては」
「魔尖塔か……。色々文献を調べたが、それに関する記述はほぼ皆無でな。子どもの絵本に題材として載るくらいなんだから、知られていないはずはないんだが……」
「……魔研の奴らがそれを呼びだそうとしてるんだから、もしかするとその関係の文献は奴らが持ちだしたのかもな」
そう告げると、ライネルは頷いて腕を組んだ。
「ああ、あり得るな。そうだ、だとしたらチャラ男が禁書と一緒に持ってきた機密蔵書あたりに何か載っているかもしれん。今解読に回しているから、何か分かったら伝えよう」
「頼む」
とりあえず、まだまだ情報が足りない。
魔研もジラックも今回の闘技場の件でしばらくおとなしくなるだろうが、その間にどれだけ情報を集め、対策を立てられるかが肝だ。
当然敵も次なる悪事の準備を始めるだろうし、後手後手の対応ばかりもしていられない。
「この後、マルセンにも少し話をしてくる。降魔術式で気になることがあったからな」
「そうか。必要なことは後で報告をくれ。ユウトも連れて行くんだろう?」
「ああ、もちろんだ。聞かせたくないことも多いが、あまり内緒事を作ると嫌がるからな。……それに、知識はできるだけ入れさせたい。俺や仲間がいる時はあまり発揮しないが、ユウトはいざという時に知識を掛け合わせて解法を導く力がある。今後、危険が増えるかもしれないし、そのためにもな」
もちろん兄はいつだって弟を護って甘やかしてやりたいが、今後それが敵わない時もあるかもしれない。
レオは万が一を考えて、出来る手は全て打つ心づもりだった。




