弟、神扱いされる
兄たちの元を離れると、ルウドルトは少し雰囲気が緩む。
今もユウトの少し前を歩きながら、和やかにエスコートをしてくれていた。
「ユウト様、ここは窓から庭園が見えるんですよ」
「わあ、ほんとだ。綺麗」
王宮の中は華美というほどではなく、かと言って質素でもない。無駄な贅沢品は置かないが、威厳はある。そして丁寧に管理されているようだった。
それは王宮の外もそうで、美しく刈り揃えられた薔薇の庭園が、窓からの景色を彩っている。
それを一緒に見たエルドワが、4本の足を駆けるようにばたばたと忙しなく動かした。
「エルドワ、庭園を走り回りたいのかな?」
「でしたら後で陛下に許可を頂きましょうか」
「アン!」
元気よく返事をするエルドワに、2人で笑う。
ルウドルトは子犬の頭を撫でると、再び歩き出した。
「そこの扉が食堂になります」
少し廊下を進むと、もう目的の場所に辿り着く。
先にルウドルトが扉を開け、ユウトを恭しく招き入れてくれた。
何だか貴人みたいな扱われ方にちょっとどぎまぎしてしまう。
その様子に、中にいた全員の視線がユウトに向いた。
「あ。殿下の弟ちゃん」
「チャラ男、その舐めた言いぐさやめとけコレ。ルウドルトが超不愉快そうな睨みをきかせてるぞ、アレ」
「……貴様は陛下にもそうだが、口のきき方を知らなすぎる。一度きっちりと教育をしてやらないといけないようだな。今度一週間ほど礼儀をたたき込んで……」
「あー? 仕事はちゃんとやってんだからいいじゃん。陛下だって気にしてないしー。リーダーも仕事頑張ってえらいって飴ちゃんくれるもん」
「……チッ、やはりまずは緩いリーダーから品位の教育が必要なようだ……。後日、狐を捕まえて矯正してやる」
「あーあ……またリーダーとばっちりだわコレ」
コレコレが肩を竦めてこちらを見た。
「弟くん、闘技場破壊は首尾良く終わったのかい、コレ?」
「あ、はい。誰も怪我とかしなかったし、目的も達成されたみたいです」
「そうか、じゃあ次はまた諜報活動かな、コレは」
「……お前たちは再びジラックへ戻れとのことだ。コレコレ、戻ったら狐にそのチャラ男を少し教育しろと言っておけ」
「ええと……了解しましたコレ。無駄だと思うけど」
ネイがコレコレを同行させたのはこういうことか。
確かにチャラ男とルウドルトだけでは意思疎通ができない感じだ。そしてチャラ男に刺さらないルウドルトのイライラの矛先がネイに向くのがちょっと気の毒だ。
ピリピリしたそんな様子を半魔たちが横目で見ている。しかし、エルドワを抱くユウトが気になるのか、そのうちのひとりが遠慮がちに話しかけてきた。
「……お前さんも半魔か? エルドワを連れて来てくれたんだな、ありがとう」
「あ、はい。ヴァルドさんにこの子を王都に届けて欲しいと頼まれて……。エルドワお返ししますね、どうぞ」
抱き心地のいいもふもふをちょっと名残惜しいと思いつつ、ユウトは話しかけてきた男にエルドワを渡そうとした。男も子犬を受け取ろうとこちらに手を伸ばす。
しかし、エルドワは前足で差し出された男の手をたしっと防いで拒絶した。
「エルドワ?」
それを躱して伸びてくる男の手を、エルドワは器用に4本の足でたしたしと防ぎきる。何だか組み手の応酬みたいですごい足捌きだ。
しばらくそうしてやり合っていたが、埒があかないと思ったのか、向かいの男がとうとう諦めた。
「……お前、もしかして戻りたくないのか」
「アン? アンアンアン! アンアン!」
「だが、そう言ってもな……」
「アンアン! アン!」
「……そうか。うーん、仕方ないな」
よく分からないが話は伝わっているようだ。男は腕組みをして頷いた。
「……ええと、エルドワは何て?」
「お前さんのところにいたいと言ってる」
「え、僕のところに?」
「アン!」
エルドワがめっちゃ尻尾振ってる。
その様子を見て、男は軽くため息を吐いた。
「……お前さん、名前は?」
「あ、ユウトです」
「ユウトか。俺はガイナ、虎人だ。一応、半魔たちのユニオンを仕切っている。エルドワの親代わりでもあったんだが……こいつはすっかりお前さんが気に入ってしまったようだ」
「……そうなの? エルドワ」
「アン!」
エルドワは元気に鳴き声を上げる。
「お前さんの魔力がすごく良い匂いがするそうだ。……確かに、あまり嗅いだことのない良い匂いがするな。ヴァルドともまた違う……」
「あ、ヴァルドさんもガイナさんのユニオンの一員なんですか?」
「いや、あの人は違う。半魔の中ではずっと古参で、俺なんかの傘下に置けるランクの人じゃないからな」
「古参……?」
そう言えば、ヴァルドには何十年も見た目が変わらないという噂があると、だいぶ前に農場に行く道中でルアンに聞いた気がする。
普通に見れば20代後半くらいだけれど、実際はもっと長い年月を生きているのだろう。
「ユウトはヴァルドとはどういう知り合いなんだ? あの人がエルドワを託したってことは、かなり信頼されているんだろうけど」
「え、僕?」
ガイナに問い返されて、ユウトは少し考え込んだ。
友人というのも違う感じだし、主従というのもちょっと憚られる。だとしたら、どう説明するべきか。
「ええと、僕はヴァルドさんと血の契約を結んでいて……」
考えあぐねて告げた言葉に、ガイナとその周りの半魔たちが一瞬動きを止めた。どうしたんだろう。
「……もしかして、その左耳のブラッドストーンのピアスって……」
「ああ、はい。ヴァルドさんが契約の証に着けてくれたものです」
ユウトが頷くと、何故か彼らは一斉に跪いた。
「え? あ、あの、どうしました?」
「失礼しました! あなたがヴァルドの救済者だったとは……! あの人が理想の主が見つかったと言っていたのは、あなたのことだったのですね……!」
「ちょ、何ですか? 止めて下さい、立って!」
よく分からないけれど、そんな反応をされても困る。ユウトは慌てて彼らを立ち上がらせた。
「あの、普通にお願いします。口調とか呼び名も、さっきみたいに普通で。……僕がヴァルドさんの主なのが、何かガイナさんたちにも関係あるんですか?」
「さっきみたいに……」
ガイナが躊躇いつつもひとつ咳払いをして口を開く。
「ええと、だな。ヴァルドは今、だいぶ魔物寄りなんだ。それが、お前さんとの契約のおかげで人間寄りに戻っていけるようになった。あの人が人間としての属性を取り戻せるようになれば、俺たちは閉塞したこの状況から脱出できる。……そう考えれば、ユウトは俺たちにとって待ちわびていた神のような存在だ」
「神って……え? 話が全く分からないんですけど。僕との契約で、ヴァルドさんが何か変わるんですか?」
「……お前さんはヴァルドのことは何も知らないのか?」
「ダンピールだということくらいしか。……そもそも、自分が半魔だと知ったのも最近で……」
こちらが何の事情も分からないのだと知ると、ガイナは少し考え込んだ。
「その歳で半魔の自覚がなかったと?」
「えっと、実は僕、5年前からの記憶しかなくて……」
「それ以前の記憶が消えているのか。なるほど……。その要因によるが、ヴァルドがそのままにしているのなら、下手にいじらない方がいいだろうな……」
ガイナはそう独りごちて、表情を緩める。
それ以上の言及と説明を不要だと割り切ったのだろう。
「まあ、ヴァルドと付き合っていればそのうち追々分かってくる。……そうだ、まだ返事を聞いていなかったが、エルドワを預かってくれるだろうか?」
「僕は全然構いません。兄も犬好きだから、文句は言わないだろうし」
「そうか、ありがとう。エルドワも魔物寄りだからな、育てていればこの子から知ることも多いはず。……ユウト、エルドワは特別な子だ。仲良くしてやってくれ」
「もちろんです」
「エルドワ、ユウトに迷惑掛けるんじゃないぞ」
「アン!」
ユウトの腕の中で、ころころもふもふの毛玉は威勢良くひと鳴きした。




