兄、報告を受ける
「皆様、お帰りなさいませ。温かいお飲み物を用意してお待ちしておりました」
「お休みになるようでしたら、ベッドの準備もできておりますので」
拠点に帰り着くと、キイとクウが部屋を暖かくして出迎えてくれた。外では闘技場付近での喧騒に気付いた住人たちが騒がしくしているが、ここは落ち着いたものだ。
「すまないな。では俺たちはコーヒーで。ユウトはホットミルクでいいか?」
「えー、何で僕だけ子ども扱い……」
「お前はコーヒーを飲むと眠れなくなるだろう。今日はここに泊まるから、ミルクを飲んで落ち着いたら先に寝ていろ。その子犬と一緒に」
不満げに膨らました弟のまろい頬を撫でて言う。ユウトはそれに反論しようとした様子だったけれど、腕に抱いていた子犬がくあと欠伸をするのを見て引き下がった。
「キイさん、クウさん、この子にあげるミルクももらえますか?」
「おやユウト様、珍しい半魔をお連れですね」
「だいぶ魔物寄り……でも、ユウト様がお世話をされるなら大丈夫でしょう。ミルクをご用意いたします」
キイがみんなの飲み物を作り、クウがエルドワのミルクを準備してくれる。
それがテーブルに運ばれてきたところで、レオはネイに視線を送った。お前が仕切れ、という合図だ。
「ええと、はい、レオさんは聞き専ということで、では今回の闘技場木っ端微塵作戦の報告会を始めます。まずオネエ」
「はーい。あたしと真面目は受付にあった個人データ記録装置を回収してきました。ギルドとかが使ってるカードと同じシステムで動かしてたみたいね。この辺は領主の許可がないと使えないシステムだから、まあ、ジラック領主が多かれ少なかれ関係してるのは間違いないわ」
「ただし、この闘技場の件で領主を断罪するのは難しいかと。運営者に騙された、別の事業だと思っていたと言い訳するでしょうし、直接的な関わりを示すデータなどはなさそうでした。同様に、魔研についても」
まあ、そうだろう。この闘技場崩壊は上納金がなくなるという点で痛手だろうが、致命傷ではない。
レオとしても、ジラック云々よりも魔研の降魔術式を止めるのが目的だったし、今回は多くを望んでいないのだ。
ただ、これによってジラックに王都からの査察が入ることは確実で、そこから領主はライネルにじりじりと追い詰められることになるだろう。
「俺の方は、まず5人の半魔を解放、4人に王都へ向かう指示をしました。残る1人はそこのエルドワね。その後、闘技場内に残っていた大棘亀を解放。魔物はすでに投薬をされていたようで狂乱状態でした」
「その薬に関してのデータを見つけましたが、その仕入れ先も魔研でなくパーム工房とロジー鍛冶工房の名前になっていました。データ全般、魔研に関係する名前は一切使われていません。……おそらく今回の件で全ての罪を被ることになるのは、その2社かと」
「でしょうねえ。……ま、自業自得だけど」
レオはふと、以前聞いたウィルの話を思い出した。
確か彼は、パームとロジーの店主がまもなくジラックに拠点を移すのではないかと言っていた。
もしそんなことになったら、おそらく2人は即刻捕らえられるだろう。弁解することも出来ずに全ての罪を擦り付けられて、処刑される可能性も高い。
救う価値があるとも思えないが、ジラックと魔研の悪事を晒すにはその命くらいは護るべきだろうか?
魔工爺様とその孫たちのことも考えるとさらに事は複雑だ。
……そのあたりはライネルに判断を委ねよう。
「最下層にあった魔研の部屋は、ヴァルドが全て焼いてくれました。同じ階に降魔術式の魔方陣がありましたけど、その辺も全部潰れました。脱出する時に通路がふさがって、やむなく罠の上を通ったら頭にチューリップを生けられました」
「クソどうでもいい」
「レオさん、今まで無言だったのに何でそこだけ突っ込むの?」
「そしてその殿下からのぞんざいな扱いに嬉しそうなリーダーが変態臭いわ」
「殿下に対してだけドMというのが、ガチ変態っぽいです。リーダー」
「何なのガチって。お前らに言われたくないんだけど」
クソどうでもいい。もう一度脳内で突っ込む。口にすると面倒そうだから言わないけど。
「とりあえず、俺は今日の仕事で転移魔石全部使っちゃったので、これから3日間はジラックで引き続き調査をします。魔石が復活したらレオさんのとこに戻りますね」
「あら、駄目よリーダー。まだジラックでの仕事があるでしょ?」
「陛下からは今のとこ闘技場の件しか命令されてないもーん」
「しかし、反国王派の調査はチームでやれと言われていますし」
「オネエがリーダーやればいいじゃん。ここから3日間は手伝ってやるから」
反国王派。そういえば、これも気になるところだ。
ここにも領主は一枚噛んでいる様子だし。
「……反国王派が、俺を擁立しようとしていると聞いたが」
「あ、殿下も知ってるのね? まだ一部の住民の間でしか広まっていない噂なんだけど、反国王派がアレオン様を保護しているっていうのよ。次はその辺を調べないといけないんだけど」
「陛下に逆らう大義名分を得るには、殿下の存在は打って付けなのでしょう。まだその姿を見た者が誰もいないので大した信憑性もありませんが、それなりに説得力のある人物が殿下になりきって現れたら、かなり面倒なことになります」
アレオンになり代わるのは簡単だ。その姿をみんな知らない。
レオも自ら正体を明かす気はないし、明かしたとて自分が本物だと証明するのは至難の業だ。
「だから早急に偽物対策をするためにも、リーダーには頑張ってもらわないといけないのよ」
「俺がいなくてもお前たちならやれる。俺が保証する。よく成長したな、もうお前たちに教えることは何もない。キリッ」
「キリッじゃない。貴様も最後まで加われ。命令だ」
「ええ~!? 俺、レオさんの偽物を追うよりもユウトくんの護衛してたいんですけど。ユウトくんだって、レオさんがいない時に自由に出歩けないし、つまんないでしょ?」
ネイがユウトを味方に付けにいく。
しかしその思惑は外れ、ユウトは首を振った。
「……僕、レオ兄さんの偽物がいるのすごく嫌です。ライネル兄様とレオ兄さんを対立させる構図なのも許せないし……。ネイさん、僕のことはいいですから、そちらのお仕事して下さい」
「うわあマジか……ユウトくんにふられた……」
「観念しろ。やれ」
「……了解です」
ネイはすごく凹んでいるが気にしない。とりあえず一度受ければ手を抜く男ではない。それどころか早く終わらせようとさらに精度が増すタイプだ。
面倒だしウザい男だが、これでもレオはネイを評価している。
そうでなければ、レオは会話だってしないし、そもそも仕事を任せようと思わない。本人にそれを言ってやる気はないが。
「闘技場の報告書は明日の昼までに仕上げろ。俺が兄貴に直接持っていく。俺たちと入れ替わりでチャラ男たちをこっちに送るから、しっかり調査しろ。ここは継続して拠点として使っていい。キイ、クウ、こいつらの世話を頼む」
「かしこまりました、レオ様」
ひとまずジラックはこいつらに任せて、明日は王都に戻ろう。




