【一方その頃】ネイと仲間たち4
それぞれが指定の場所に散って、ネイもひとり半魔たちの捕らえられている檻へと向かった。
このフロアを巡っているスタッフは10人。そのほとんどは魔物の方の管理に当たっている。餌となる半魔には食事さえ与えておけば放っておけるからだ。
スタッフがいないのを見計らって、ネイは死角から檻に近付いた。
(……おっと、さすがだな)
ネイが姿を見せていないうちから、檻の中の半魔たちはこちらの気配を察する。警戒するように空気がぴりりと張り詰めた。
それでも声を発しないのは、ネイが侵入者であると分かっているからだろう。まだ敵か味方か様子を見ているのだ。
檻の中のひとりが動いて、ネイに一番近いところの壁際に来て座ったのが分かった。これはありがたい。
「……こんにちは」
暗がりに隠れたまま、小さく声を掛けてみる。互いに姿は見えない位置だが、意識は向いたままだ。反応をしてくれるだろうか。
「……さっきのイケメン貴公子の仲間か」
「ご明察です」
応じてくれたのは若い男の半魔のようだった。チャラ男と言葉を交わしたのも彼かもしれない。
「少し質問をしても?」
「……正体も分からん人間の問いに答えて、俺たちに利するところはあるのか」
「あー、うん、確かにそうですね。じゃあ、質問に答えてくれたら、ひとつあなたがたのお願いを聞きます。それでどうでしょう」
「……お願い? ……それを、お前が叶えられるとでも?」
「まあ、言ってみて下さいよ。出来なかったら出来ないって言います。ちなみに、この魔法の檻を開けろと言われても出来ません」
「それは分かっている。だが……そうだな」
どうやらこれは脈ありだ。
こちらを最初からそれほど邪険にしないのは、きっとネイからキイとクウたちの半魔の匂いがするからだろう。他の半魔との繋がりがある人間、そこに期待していないなら、正体の分からないネイに思わせぶりな態度は取らない。
「……お前、ザインには行ったことがあるか」
「はい。以前滞在していたことがあります」
「では、ヴァルドという男を知っているか?」
「ヴァルド?」
「魔法植物農場を営んでいる男だ。そいつに伝言を頼みたい。今日中にだ。出来るか?」
今日中か。普通なら無理だ。このジラックはエルダールの西、ザインは東に位置する。早馬を走らせたとしても、5日は掛かるのだ。
しかし、ネイには転移魔石があった。伝えるだけならどうにかなる。その男をここまで連れてくるとなると話は別だが。
「伝言だけなら可能です」
「……本当か!? 伝言だけで構わん。『エルドワを救ってくれ』と伝えて欲しい」
「エルドワ……? 失礼、あなたの名前ですか?」
「違う。今ここにいる、子どもの名前だ」
どうやら半魔の5人の中には子どもがいるようだ。
「ヴァルドに今日中に連絡できれば、俺たちでどうにかこの子が餌になるまで5日間、時間を稼げる」
「……餌として半魔が1日ひとりずつ消費されているのですか?」
「そうだ。……どうやらお前はこの施設の訳知りの侵入者だな。質問に答えよう。ここに召喚された半魔は、数回に渡る降魔術式の餌として生命力を極限まで削られた後、闘技場で最後に勝ち残った魔物の本当の餌にされる。ここには定期的に半魔が召喚され、毎日1人ずつ減っていくのだ。ただ、最近は半魔の補充が思うように行かないらしく、ずっと後回しにされていた小さな子どもまで犠牲になりそうでな」
彼らは自分たちよりも、その子どもを救って欲しいようだ。
小さくて不憫だからか、それとも何か特別な力を持った子どもなのか。さすがにそれは訊いても教えてくれないだろう。
「そのヴァルドという男が来れば、救えるのですか?」
「……分からん。そいつならどうにかしてくれるだろうという希望的観測だ。俺たちとはランクが違うからな」
「ランクが? ……まあ、分かりました。ヴァルドという方にそうお伝えすることを約束します」
「そうか、頼む」
どうやらヴァルドというのは半魔らしい。それも高ランクのようだ。きっと頼もしい男なのだろう。
ネイがそれを請け合うと、壁向こうの男は小さく安堵した様子だった。すでに自分たちの死は覚悟している感じだ。
もったいないな、と思う。
この男、かなり精神的に達観している。おそらく結束の強い半魔の中でも高い地位にいただろう。獣人の半魔はユニオンを作っているとライネルに聞いたことがあった。
実際、彼と話している最中に誰も話に割り込んで来ないし、皆が諦めもあるのだろうが落ち着いている。この男が周囲にそうさせる力があるのだと知れる。
「……質問をしても?」
「構わん。願いを聞いてもらえるなら、約束だからな」
「あなたの名前は」
「……ガイナだ」
「ガイナさん。もし今晩ヴァルドという男をここに連れて来たら、あなたたちでこの施設を壊滅できる?」
「……何?」
ネイの言葉に、ガイナの感情が大きく動いたのが分かった。他の聞き耳を立てているだけだった半魔たちの意識も、こちらに強く向いたのが分かる。
「出来れば魔物も檻から放って、この建物自体を再起不能なほど破壊して欲しい。それができるなら、俺ちょっとヴァルドを頑張って連れて来てみるけど」
闘技場を潰すためにどうやってジラックに王宮の人間を入れようか、入れて潰したとして、魔研の奴らが逃げ果せてなりを潜めたらどうやって追えばいいかと考えていたけれど。
もしも彼らが自分たちで脱走し、この闘技場を潰してくれれば王宮の関与を疑われることはないだろう。ジアレイスたちもスタッフの管理の甘さを疑うだけだ。警戒した奴らに隠れられて、見失うようなことも起こらない。
半魔の力で闘技場を潰す。
ネイの独断ではあるが、きっとライネルも了承してくれるだろう。
「……ここから出られるかどうかはヴァルド次第だ。約束はできん」
「別にそれはいいですよ。もしも出られたら、闘技場を壊滅して欲しいってこと」
「ふむ……そういうことなら、約束できる。ここを出られたら、闘技場を完全に潰そう」
「よし、分かりました。取引成立ですね」
ネイは壁から身体を離した。朝に立てた算段は練り直しだ。悠長に昼飯を食べている暇はなくなった。
「今からザインに行って、今晩その男を連れて来ます」
「頼む」
切実な響きのある切願の言葉を背に、ネイは真っ直ぐ坑道に戻って行った。
「はい、みんな戻ったね。報告ちょうだい」
「ヤバそげな禁書に封印布巻いてとってきたかんね! 機密蔵書も、表紙をそっくりに偽造してすり替えて来たし-。あれ開いたら中身エロ本でびっくりすんだろうなあー」
「エロ本を仕事に持ち歩ってたお前にちょっと引くがよくやった」
「チャラ男さんがすり替えた機密蔵書をノリでエロ本の表紙に替えようとしたので阻止しました」
「真面目くんエライ。ペロキャンあげる」
「ずりー! オレも-!」
「お前、マジ自由だね」
とりあえず2人にペロキャンあげた。しかし真面目くんは甘い物が苦手らしく、結局2本ともチャラ男に行く。
「罠に小細工してきましたよコレ。発動すると楽しいことが起こるようにしてきましたコレ」
「変なとこにこだわるよね、お前。罠にエンターテイメント要素とかいらんのよ。花火でも上がんの?」
「サプライズも楽しさの一要因ですので内緒ですコレ」
「あたしの方も細工はばっちりよ。リーダーの首尾は?」
「うん。俺はお前たちの頑張りを無にするかもしれない約束をとりつけて来ました」
「「「「……はあ?」」」」
4人が意味が分からないとハモった。まあそうだろう。最初の算段と全く違う。
そこで、ネイはガイナたちに闘技場を破壊してもらう約束をとりつけたことを伝えた。
「……楽しい罠の仕掛けが無駄だわコレ」
「だったら蔵書もそのままごっそりいただいて来ちゃえばよかったじゃん!」
「まあ、あたしは別に良いけど」
「リーダーの決定に従います」
「うん、すまんね。ただ、半魔さんたちが本当に脱出できるかは分からんからね。その時のためにもお前たちの小細工は必要なのよ」
理由を説明すれば聞き分けてくれる。アホっぽいのもいるが、みんな大人だ。
「まあ、コレは仕方ないですね、コレ」
「つか、今の話だとリーダーこれからめっちゃ忙しいんじゃね?」
「そだねー。つーわけで、俺はこれからザインに行ってくる。お前たちはキイとクウんとこ戻って昼ご飯食っとけ」
「あら、リーダーの昼食は?」
「適当に調達するわ。オネエ、一応報告書だけまとめて陛下に送っといて」
「はーい、了解」
「リーダー、お気を付けて」
「はいよ、行ってくる」
ネイはみんなにひらりと手を振って、転移魔石を取り出した。
……思ってたんと違う。
ザインに着いたネイは魔法植物農場でヴァルドに会い、かなり戸惑っていた。
ガイナがランクが違うと言った男、どれだけ屈強な半魔かと思ったら、オドオドしてひょろっとして、めっちゃ落ち着きがない。
……これが、闘技場から彼らを救えるのか?
「ガ、ガイナたちが降魔術式で捕まってるなんて……おまけにエルドワも……ど、どうしよう……」
「ええと、一緒に闘技場に来て助けて欲しいんだけど」
「でも、今の私じゃ何の役にも立てないんです……」
「いやいやいや、ちょっと……あなたも半魔でしょ?」
「そうなんですけど、私が動くには……あの、申し訳ないんですが王都に行ってくれませんか?」
「はあ? 何で王都?」
ネイが持っている転移魔石は3個。1個はここに飛ぶのにすでに使った。あと2個で、自分とヴァルドがジラックに飛ぶので終わりだ。王都に回っている余裕はない。そもそも、一度にこれを全部使うのはかなりの緊急事態の時だけだというのに。
苛ついて少し横柄に返すと、彼は肩をビクッと揺らしながらも言葉を返した。
「あ、あの、レオさんとユウトくんという人がいるので、そちらにお話をしてもらってもいいですか……?」
「……は? レオさんとユウトくん?」
「ユウトくんが私の主なんです」
……そういえば、いつだったかレオが、ユウトに下僕ができたと言っていた。
……もしかして、これ?
ネイはしばらくあんぐりと口を開けたまま、言葉が出なかった。




