姫を倒したら神になっていた。ちゃうねん、転んだだけやねん
※「子犬を拾ったら最強の魔王になっていた。ちゃうねん、ペットのつもりやったねん」の続編になります。前々作の「人間を拾ったら魔王になっていた。ちゃうねん、娘が話を聞いてくれんねん」も合わせてお楽しみください。
俺の名はアモン。
最弱の魔族と自負しているのに魔王になっているおっさんだ。
今日はノエルとポチと模擬戦を行い、何故か完勝してしまった。二人が頭をぶつけて自滅しただけだが、ずいぶんと疲れた。
夜になり、自室に戻ろうとすると明かりのついた部屋が。
ここは確か会議室だな、誰かいるのか?
ドアを少しだけ開いて覗くと、奥でノエルとポチが座って話をしているのが見えた。
「それでは本日の『お父様を神にする会議』を始めます」
「おー」
なにやらとんでもない会議をしていた。
――どこで育て方を間違えたんや?
「どうやら人間達はまだ抵抗の意志を見せているようです」
「主、最強。本気出せば世界の危機」
「心優しいお父様は無益な殺生を望んでいません。やはり、どうにか力を見せつけるのが一番でしょうか?」
「けど、魔界に主より強い存在はいない……」
そんなことないからね?
この城内で一番弱い自信さえあるからね?
「魔界にいないとなると――人間界ですね。人間の中で最も強い存在を打ち倒せば、お父様の強さを知らしめることができるでしょう」
「ノエルが戦う?」
「私はすでにお父様の配下と認識されていますので意味がありません。そうですね、例えば王国の姫でしょうか?」
姫といえば、あのお転婆姫か。
自分より弱いものには嫁がないと豪語し、騎士団長すら上回る実力者と聞いている。
「では、お父様がその人に勝てば?」
「人間達、主にひれ伏すかも?」
ノエルとポチや。俺を何だと思っているんだい?
勝てるわけがないよ――まあ、戦う機会なんて絶対にないだろうけどネ。
ふあぁ……眠いし、そろそろ部屋に戻るか。二人とも早く寝るんだぞー。
俺は静かにドアを閉め、欠伸をしながら寝室に向かった。
しばらくして、俺は娘たちの行動力をなめていたと後悔することになる。
◇
空はいつもの曇天模様――ではなく太陽の光が差し込んでいる。
魔界と人間界の境界に作られたコロシアムの観客席には、はちきれんばかりの人間と魔族達がちょうど半分になるよう領域を分けて集まっており、お互いに罵倒し合っていた。
コロシアムの中心には呆然とする俺と、王国の姫サファイア・ルメテウスが向かい合う様に立っている。
こうなった原因は言わなくてもわかるだろう、要約すればノエルたちのせいで魔界と人間界の合同武闘大会が開催されることになったのだ。
独断行動を非難する声も上がったが、力でねじ伏せられた。さすが弱肉強食が当たり前の魔界やで。
血を流す争いはお互いの望まぬところ。そのため代表者を一人選んで戦わせることになった。
コロシアムは急ごしらえしたものだが、思っていたよりも様になっている。魔族と人間の紋章など、互いの文化が競い合う様に並べられていた。
普段からこのように協力できればいいのだが、観衆の様子を見る限りやはり壁はまだまだ厚く感じられた。
「貴方が魔王なのね。思っていたより冴えない顔だこと」
ぼけーっとしているとサファイアが話しかけて来た。
輝く青紫色の髪を掻き上げるその仕草さえも、王族らしく優美で様になっており、思わず見とれてしまう。
「――言い返しさえしないのかしら? 見た目通り、骨のない男」
呆けるだけの俺に興味を無くしたのか、後ろを向いて手を振り始める。
それだけで大歓声が上がり、国民からの人気高さが伺えた。
とてもお転婆姫には見えないが、向こうにも色々事情があるんだろうなぁ。
「主を侮辱した。あいつ、許さない」
「落ち着いてください、私たちが手を出しては意味がありませんよ。彼女はお父様を神にするための貴重な犠牲なのですから――」
後ろから来た二人が怖すぎるんやけど。
目に光もないし、吹き飛びそうなぐらいの圧を感じる。内心逃げ出したい。
「ノエルや。お父さん、やっぱり争い事は良くないと思うんだ。今回の件も中止にしよう」
「緊張しないでくださいお父様。いつも通りで大丈夫ですから、あの小娘に力を見せつけてあげてください」
――小娘って、ノエルと同い年ぐらいやん。
そんな少女に手も足も出ないのは我ながら情けないが、あの子からもかなり圧を感じる。
勇者であるノエルと同等ってだけでやばいやろ。
「私たちは審判ですので先に行きますね。応援しています」
「主、ファイト」
二人はそのまま指定の位置に移動してしまった。
今回の戦いはお互いの技を見せ合うことが重点となっており、命を奪うことは禁止されている。相手を気絶させるか、降参するしかない。
そして、それぞれの領域の重鎮たちが審判を務めることになっており、人間界は国家騎士団の錚々たる面子が。魔界もノエルとポチに四天王が参加している。
ノエルは笑顔で騎士たちに話しかけていた。
「今回の大会が魔界と人間界、双方にとって有意義なものになることを期待しています」
「ふん、裏切り者が何をほざくか」
「魔族に寝返った貴様の言葉など信用できぬ。王も何故こいつの申し出を受け入れたのやら……」
人間達のノエルへの風当たりは厳しい。
俺もノエルを拾うまでは勇者は人間界の希望であり、魔王を打ち倒す存在だと思っていた。
だが勇者だろうが何だろうが関係ない。ノエルは俺の娘だ、侮辱する奴は許さない。
「――そういう顔もできるのね、ようやく面白くなりそう」
こうして戦いが始まった。
開始早々、サファイアの魔法で生み出された火球が迫ってきたので、走って逃げる。
サファイアの戦法は単純明快で、防御が意味をなさない高火力の魔法を連続的に発射することだ。
対して俺の武器は訓練で使っている木刀のみ。
――これあかんやつや。
「舐めてくれるじゃないの。だけど自分でその武器を選んだ責任は取るのね」
火球が容赦なくコロシアムに降り注ぐ。あんなのに当たったらやばいって。
自慢の逃げ足で辛うじて持ちこたえられているが、攻略の糸口がつかめない。
ついに吹き飛ばされ、壁に叩き付けられてしまった。
体中に激痛が走り、口から血が噴き出る。目も霞んできた
「主‼」
「お父様負けないでー‼」
「あっけないものね、その程度で魔王だなんて拍子抜けよ――早く降参しなさい」
サファイアが期待外れと言わんばかりに目を瞑る。自分の勝利を確信しているようだ。
俺は弱い、だがやられっぱなしではあいつらに合わせる顔がない。
父親としての、意地ってやつを見せてやるよ!
転がっていた木刀を手に取り、油断しきっていたサファイア目がけて飛び出し――あっ躓いちゃった。
走っていた最中に体勢を崩した結果、木刀はあらぬ方向に吹き飛び、両手でサファイアを突き飛ばす形になる。
その瞬間、背中に激痛が走った。
「がはっ!」
痛みに耐えきれず、倒れ伏す。
尻餅を着いたサファイアが呆然としていた。
「貴方……なんで⁉」
自分でも何がなんだかさっぱりだが、痛みで声が出せない。
微かにノエルとポチが此方に向かっているのが見えた。
「戦う相手を庇うなんて――降参します! 急いで処置を‼」
そこで俺の意識は暗転した。
◇
目を開くと自室の見慣れた天井が見えた。
ベッドに寝かされていた体を起こすと、ノエルとポチが足元にもたれ掛かって眠っていた。
目元には涙の痕が見える。ずいぶん心配させてしまったようだ。
「おーいノエルや。ポチや」
「ん……お父様?」
「主? 主―‼」
二人は目を覚ましたかと思えば、泣きながら飛びついてきた。
すげー痛い。でも心配させたから我慢する。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 私が勝手なことをしたせいでお父様が傷付いてしまって……!」
「主、無事でよかった……もう目覚めないかと思った」
「安心しろ、俺はここにいる」
しばらくして、ようやく落ちついた二人から話しを聞けた。
あの時背中に走った激痛は暗殺用の魔法で、ポチの牙で打ち消さなければ命が危なかったとのこと。そして俺は三日も眠り続けていたらしい。
姫を疎ましく思った人間が事故に見せかけ暗殺し、魔王の名声を落とすことも目論んでいたのが事の真相だった。
「アモン様‼ あぁ無事でよかった!」
サファイアが部屋に入って来たかと思えば、俺を見るなり飛び込んできた――って、なんでサファイアがここにおるんや? っていうかアモン様ってなんやねん?
ノエルたちと共に無理やり引きはがし、事情を聞くことにする。
「私は種族の誇りを賭けた戦いでありながら、身を挺して守ってくれた貴方に心から負けたと思ったわ。負けた私が勝者である貴方に従うのは当然でしょう?」
どうやら、あの時命がけでかばったと勘違いしている様子。
これは訂正しておかないと面倒になるパターンだ。
「サファイヤや、話を聞いておくれ。あれは躓いて転んだだけで、庇う形になったのもたまたまなんだ」
「はぁ、ノエルの言った通り本当に謙虚なのね。木刀を投げて暗殺者を倒しているのに、転んだだけなわけないでしょう?」
なんで俺が呆れられているんだ?
っていうかあの木刀、暗殺者に当たっていたの⁉ 結構近くに潜んでいたというか、よくサファイアの魔法に巻き込まれなかったな。やっぱり暗殺者ってスゲー。
「とにかく! 私は貴方の配下になることを決めたのよ! もうお父様は説得済みだから、みんなよろしく!」
「よろしくお願いします、サファイアさん」
「よろしく」
俺の前で三人は固い握手を結ぶ。
魔族や人間も関係ない、確固たる絆がそこにあった。
「あと、アモン様の妻になるのは私だから」
「そこだけは仲良くできませんね」
「主、渡さない」
――みんな笑顔なのに戦っている時以上の圧を感じる。
「「「ふふふ」」」
怖い、誰か助けて。
「「「ふふふふふ…」」」
◇
こうして人間界の姫サファイアが配下に加わったことや、武闘大会での暗殺の責任を問われ、人間界は力を落とすことになり、逆に魔界の力はより強固なものになったと言えるだろう。
さらに俺は慈悲深い王として一部の人間達からも称えられ、ノエルたちの働きかけで神と崇められようになってしまった。
――ちゃうねん、転んだだけやねん。