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宿屋を継承する為に  作者: ばとめんばー
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第七話 愛の水玉模様

「なんか、ゴブリンってどんだけ安物なんだろって思って。今日は俺、なんだかんだでゴブリンのことばかり考えてたし。」

「さっき姉貴も言ってたけどよ、考え過ぎじゃねーの?あんなの棒かなんかで凹ればそれで終わるんだぜ?」


「…ジュウちゃんさあ、ゴブリンハンターにでもなるつもり?」


 その時の姉貴さんの声は、今まで聞いたことのない、冷えたものだった。思わず顔を上げたら真面目な顔がそこにあった。

 失礼なんだけど、こんな顔もするんだなって思った。ギルドの受付カウンターで、受注の確認をしている時の冒険者達と同じ顔だ。


 俺は今、どんな顔をしているんだろう。

 口が開いてたことに気が付いた。なので口を閉じた。

 笑われた。


「ああ、駄目!やっぱりジュウちゃんって可愛い!ちょっとは先輩みたいなこと言ってあげようって思ったんだけど、何も言わずに守ってあげた方がいいんじゃないかって思っちゃう!」

 そう言って、姉貴さんはけらけらと笑い出した。地味に、くるな。

「いーのかよそれで?…わりぃなあジュウゾウ、こんなテキトーな姉ちゃんでよ、ったく、これだからいきおく…」

「あーら何を言うつもりなのかなぁ?昨日、姉貴が俺の姉ちゃんで本当に良かった、姉貴が姉貴だから俺は生きてるんだって、半べそかいてたその口で、ねぇ~。」

「な!ダンジョンの中でのことじゃねえか!こんなとこで言わなくてもいいだろうがよ!」

 見慣れた姉弟のじゃれ合いが始まった。

 ウチの宿の中でも良く見る光景、普段だったら俺も中に入ってふざけたりしてるんだけどな…。


「ジュウゾウ。」

 兄貴さんにぼそっと話しかけられた。俺の方を見ずに、目は姉貴さんと末吉を見守っている。

「Fランクをやりきれ。昇格判定をするのはお前じゃない、冒険者ギルドだ。」

「…そう、ですね。」


「昇格申請で必要な依頼達成数10件、…全部ゴブリンの解体に費やしても俺は構わんと思う。やりきったと思えるのならな。」


 そう言って、兄貴さんは二人のところに歩み寄ると、まだじゃれあっている二人を引き寄せて無理矢理に三人で肩を組んだ。

「な、なによぉ~。」

「あつい、暑いって、兄貴ィ。」

「ハハハハハ、ジュウゾウ、パーティーはいいぞ!」

「え?」

「頑張れ。」

「!」


 兄貴さんはそのまま二人を引きずってギルドの中に入る、と思ったら、立ち止まってこっちに振り向いた。


「いい忘れた、水玉模様のパメラだがな、異名持ちだ。大物Fランカーっていうんだ。」

 そういい残して、中に入って行った。今から受注するんだろう。

 三人は仕事の前だったというのに、随分長く話に付き合ってくれた。そうだな、あとできちんとお礼をしないとな。


 当初の予定だと、今日は解体を済ませたあとで、もう一つぐらい何か依頼を請けてみるつもりだったんだ。

 どうしたもんだろう。

 とことん汚くなった服、これもなんとかしないと、いっそ捨てちゃおうか…。

「いいんだか悪いんだかはっきりしない他人のアダ名を、なんでいきなり、あんな良く通る声で言うのかなあ、全く。」


 三兄妹と入れ違いに出てきたのは、なんと、水玉模様のスカートがトレードマークのパメラさんだった。

 ぶつぶつ言ってる、明らかにご機嫌斜めだ。

 兄貴さん、さっきのはわざと口にしたんですね。多分俺のためなんだろうけど、…参った。


「パメラさん、こんにちは。」

「?、…あら、ジュウゾウ君じゃない、こんにちは。そういえば、さっきもそこですれ違ったのよね、ごめんなさいね、声かけなくて。」

「ああいや、それはいいんです、気にしないで下さい。」

「そう?ならいいけど。」

「あの、すいませんでした、パメラさん。」

「ん?どうしたの急に、謝られるようなことなんてあったかしら?」

「さっき、兄貴さん、いや、エニシのリーダーの…」

「ああ、…なんか言ってたわねえ、よく通る声で。」

「その、きっと俺のせいなんです…よく通る声は。」

「…ごめん、言ってることがよく分からないんだけど。」


 かくかくしかじか…

 近くにある街路樹脇のベンチで、俺はパメラさんに説明した。

 立ち話は危険なんだ、パメラさんが相手だと。


「…結局私が、早朝から大物担いでうろついていたから、こうしてジュウゾウ君とお話しをしている、ということなのね。」

「そういうことになります。」

「うーん、事情はなんとなく分かったんだけど、何を言えばいいのかしらねえ、やっぱり、愛する旦那様のことかしら?」

「いや、それは…、」


 どうあってもそっちに行っちゃうか。



 パメラさんは、たまに一人でランチを食べに来てくれるけど、ウチとのお付き合いはそこそこでしかないっていう関係だ。

 そんな人がどうして俺と知り合いなのかっていうと、単にお隣りさんなんだよね。

 パメラさんのご主人は魔法士だ。パメラさんの話だと魔法についていろいろな研究をしている人で、冒険者を護衛に雇ってフィールドワークに出たり、実験室に篭ってたり、書斎で論文を書いたりして暮らしているそうだ。どんな研究をしているのかは俺じゃさっぱり分からないんだけど、パメラさん曰く、学会の前衛派、らしい。 

 小さくてもお屋敷って感じの割と立派な家に住んでいるから、貴族じゃないかって噂もある。


 パメラさんはマチソワが地元、実は完全な押しかけ女房なんだ。この方と結ばれるためにわたしは生まれてきたんだって言ってる。

 ご主人のことをすごく愛していてすごく尽くしているんだけど、ちょっとした世間話からでも強引に、愛する旦那様のことに話を持っていってしまうのは本当に勘弁して欲しい。おのろけが始まるとそれはそれは長い人です。

 たまにランチに来てくれるわけだけど、その時も食堂の窓からずっと隣の自宅を眺めているんだ。出来上がった料理を持っていった時に「はぁ~、わたし達のあ・い・の・す」ってつぶやいてるのを、うっかり聞いてびびったことがある。

 

 もちろんそれを他人に言いふらしたりなんかしないぞ、っていうか怖くて、とても言えるもんじゃないです。


 押しかけられたご主人の方なんだけど、パメラさんにはまんざらでもないらしい。研究でのフィールドワークに護衛をしてた常連さんが、休憩時の雑談で聞いてしまった言葉なんだけど、

「パメラは、かわいいんだ。」だって。


 それはいいんだけど常連さん、酒場で「もげろ」って連呼するのはやめて欲しい、妹がマネするから。



 まず挨拶代わりに水玉スカートのことを話題に振ったんだけど、これが特大の地雷だった。

 愛する旦那様のことに話題を持っていかれないようにって思って、それで振ってみたんだけど、なんとご主人のお手製のプレゼントだったんだ。

 愛する旦那様がどれだけ自分を愛して下さっているのか、とか、プレゼントをもらった時の感激のやり取り、とか、スカートを頂いたことから新たに燃え上がったパメラさんの愛の決意表明、とか、もう、いろいろ、もう、さんざん。

 

「…じゃあ、水玉模様って…旦那様のセンスだったんですね…」

 パメラさんはなぜなのか、旦那様って言葉にすごくこだわる。

「そうなの!お前の為のスカートなのだから、こうなるのは当然なのだ、って!」

「はあ、…さいですか…」

「これだけの数の魔方陣を布一枚に刻み込んだのは流石に初めてだった、って!」

 へー。…えっ?

「だがっ!後悔はしていないっ!って、ねえ、格好いいでしょう、格好いいでしょうわたしの愛する旦那様って!」

「それってすごいじゃないですか!」

「そう、すごいの!わたしは旦那様の愛に、愛に包まれているのよ!」

「…すごいなあ、その水玉模様、全部パメラさんのための魔方陣なんですね。」

 ここで、パメラさんの言葉が途切れた。


 パメラさんは、にっこりと、本当に素敵な、幸せそうな笑顔でうなずいた。


 俺は別に魔法に詳しいわけじゃない。使える魔法を使っているだけの宿屋の息子だ。でも、魔方陣についての一般知識ぐらいはある。

 術式言語っていうのを覚えて、そいつで円の内部にいろいろと書き込んで、円周に魔力を循環させて、目的の効果を発動させる、だっけか。

 一般知識ってめんどうくさいよな、でもそのおかげでよく分かるんだ。


 とんでもないスカートだ、と。


「じゃあ、六つ足ボアを担いだりできるのも、その、旦那様の愛のスカートがあるからなんですね?」

「うふふふふふふふふ。」

「……。」

「ちがうわよ。」


「あれ?」

 

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