第六話 特定の相手は今もいないが当時もいなかった
「なんつうか、しょっぱなから濃い目のFランカーやってるなあ。」
「濃い、かな?」
「そりゃそうでしょ、朝からジュウちゃんに関わった人で、普通な人ってバーバラちゃんだけじゃない。」
「初仕事の終了報告でジュウゾウが、よりにもよって丸さんのカウンターに行ったとは、運がいいのか悪いのか…。」
「丸さん?」
「言っとくけど本名じゃないからな、見た目でついてるアダ名なんだから、間違っても本人に直接いうんじゃねえぞ?」
「話しかけるだけの隙を見出せるのであれば、だがな。」
「そだねー、あ…、でもジュウちゃん、ダースさんの息子さんなんだから、ありえなくもなくない?」
「むぅ。」
…親父、何やった?
「あれも伝説だよなあ、あの頃冒険者だったのは兄貴だけだし、俺と姉貴は町中の冒険者達が大騒ぎしてたとこしか見てないもんなあ。」
だから親父、何仕出かしたんだよ!
たまらなくなって、親父と「丸さん」との間に何が起こったのかを、俺は問いただした。
「…時効でいい頃合ではあるか…。」
「兄貴、もったいつけ過ぎぃ。」
「ジュウゾウ、念の為だが、今から話すことはギンヒメさんには言うな。」
親父は呼び捨てなのに、お袋にはさんづけなんだよな。
「宿でさんざんお世話になっているからな、おかげでギンヒメさんがどれだけ焼き餅焼きなのかは知っている。」
理解しました、言いません。。
「丸さんと親父とのこと、でいいんですよね?」
「…ダースが丸さんに、ギルドのカウンター越しにプロポーズをした。俺の知る限りじゃ丸さんの機先を制した男はその時のダースだけだ。」
「はあぁ?」
「あいつは丸さんに、冒険者になって俺と結婚して下さい!って花束を差し出した。」
「凄いよねえ、それで丸さんが…」
「おいおいおい姉貴ィ、聞いてんのはジュウゾウだぜ?目撃者だった兄貴の口から話を聞かせてやった方がいいんじゃねえのか?親のことなんだぜ?」
「あ…、そっかそっか、ごめんね、ジュウちゃん。」
「あのー、丸さんって、もしかして女性っすか?」
「あら?ダースさんの息子さんなのに?そっか、ジュウちゃんは分かんなかったクチなんだ。」
「…ダースが丸さんの性別を鑑定をした様なものだ。ギルドの職員に聞けば簡単に分かる答えだったが、それまで誰も、そういう風に彼女を気にしたことはなかったからな。」
俺、丸さんって人の性別、気になってたんだけどなあ。
「あん頃子供だったけどさ、ダースさんについてたいろんなアダ名は覚えてるぜ、どれも面白かったからなあ。」
「あったねえ、全滅のダースでしょ?勇者(笑)とか、報われぬ男に浮かばれぬ男に始まらぬ男。、」
「男シリーズだと、凶悪だったのはやっぱりアレだよな、おいしいワイバーンを終わらせる男。」
「ダースさん一人っ子だったから、流石にあれは、聞いて嫌だと思ったよねえ。」
頭が痛い、勇者(笑)、アリじゃないかと思ってしまうところがある、それになんだよ、男「シリーズ」って。
「…続けるぞ。ジュウゾウも見ただろうが、丸さんはああいう人当たりの人物だ、特定の相手は今もいないが当時もいなかった。」
「ひでぇいいようだけど、機先を制するってのが誰にも出来なかったからな。」
「会話そのものが始まらないんじゃ、文字通り話にならないよねえ。」
「いきなりのことに固まった丸さんというのも、あれ以来見たことはない。で、だ。丸さんの返事なんだが…、」
その時、兄貴さんの眼差しは、ギルドの入り口を通り越して丸さんを見ているんじゃないかと、なんとなく思った。
『結論から言いますが、貴方のプロポーズをお受けすることは出来ません。そもそも冒険者になるつもりがありませんし、私は今の仕事に誇りを持っています。そして私はこの仕事に生涯を捧げるつもりなのです。加えるに、あっちこっちでプロポーズしている、そんな殿方の言葉を受け入れてしまうほどに安い女ではないつもりです。』
「…目撃者から聞くと、やっぱり厳しさが違うわねえ…。」
「しかし、丸さんはそこから微笑んだのだ。そしてダースに言った。…ですが貴方はこの私の機先を制し、あまつさえカウンター越しに私の間合いの内側に入り込んでみせた。私は、受付として敗北したことを認めないわけには行きません。ですので貴方が許して下さるのであれば、その花束は受け取らせて頂きます、如何でしょうか?…と、な。」
親父も大概だけど、丸さんも、なんか変な人だよな。
「ダースはそれを聞き届けて、べそをかきながらも花束を改めて差し出した。彼女がそれを受け取ると、奴はきびすを返して、ちくしょーって泣き叫びながらギルトから走り去ったのだ…。」
…三兄妹の様子からすると、これっていい話なんだろうか?
「で、兄貴はそんな丸さんを見て、シルクさんへの初恋から卒業できたってわけね。」
「えっ?そこでおばあちゃん?」
「その話は今することではないだろう、…話を脱線させてしまったな、悪かった、今は、ジュウゾウの話だった。」
「いや、親父と丸さんがどうしたのかって、聞いたのは俺の方ですから。こっちこそすいませんでした。」
「しょーがねえんじゃねーの?実の父親の昔話だったんだから、そんなもんっしょ。」
「そういってもらえると…、なんか、ごめん。」
三人兄妹のパーティー、「エニシ」。もともとは兄貴さんの親父さんが結成したパーティーの名前なのだそうだ。それがいろいろあって、兄貴さんは、姉貴さんと末っ子の末吉との三人で、今でもパーティーの名前を守っているってわけ。兄貴さんと二人の歳は随分と離れていて、それは兄貴さんが先妻の子で、姉貴さんと末吉が後妻さんの子だからだそうだ。…そして親御さん達は、もういない。
冒険者とその子供にとっては、珍しい話じゃないんだろうけど。
あ、末吉っていうのは本名じゃないよ?末っ子だからって、誰かが勝手にそう呼んでるだけなんだ。さあて、誰なんだろうなあ?年上つかまえて、生意気なガキもいたもんだよなあ、ちっちゃい頃から懐いてたんだけど、さ。
「でもさあ、ジュウちゃんもしょっぱなからいろいろ考えるもんだねえ、あたしからすると考え過ぎなんじゃないかって思うぐらいなんだけど。」
「普通は一回目にいきなり解体はやらねーよ。俺も姉貴も、最初は荷物運びだったか草刈りだったか、そんなとっから始めたのになあ。」
「いや、解体だったらウチでさんざんやってたし…」
「一緒くたに考えてたってとこが、敗因じゃね?」
「ゴブリンの煮込みなんて初めて聞いたよぉ、ジュウちゃん面白過ぎよー。」
「だが、ボアあたりが相手だったら、何事も無くそれなりの仕事をしただけで終わってたのかもしれん。」
「ま、六つ足ボアを解体しそこなったのは残念だったよなあ、あれなら一体で、…今だと4000モーン位?」
「もう少し行くんじゃない?、足が二本よけいにあるんだし。」
それ聞いて俺、呆然ですよ。解体だけでもゴブリン討伐よりも金額が高いだなんて。っていうか、どんだけゴブリンって安物なんだよ。
「ん?なんか元気なくなってない、ジュウちゃん?」
牛馬の、と殺解体料ですが、3000円弱、みたいです。外国だともっと安いのでしょうね。