第五話 黒歴史にもなりやしねえ
バーバラお姉さんが言っていた、六つ足ボアのお持ち帰りって本当だったんだなって、あらためて思った。
六つ足ボアを家に持ち帰って、それから朝食とかご主人の仕度とかを終わらせて、それから捌いて袋に入れて、でもって担いで冒険者ギルドまで持ってきたってわけか。
俺にできるかって?六つ足ボアを担いでギルドに往復ができるかって?
…運ぶだけなら俺だってできないことはないよ?「ヨイショ」を宣言すればいいんだから。
ゴブリン三人前くらいの重さの荷物を運ぶなら台車で運ぶ方が全然らくちんだけど、六つ足ボアぐらい重たいのを運ぶんだったら、台車よりも「ヨイショ」の方が楽だろうね。
でも、担いで運ぶってなると無理だろうな。
お袋なら間違いなくできるんだろうけど。
お袋は、元は戦士職の冒険者だからね。戦士にもいろんなタイプがあるけど、お袋の場合は使う武器のことを説明すればどんな戦士かは分かってもらえるだろうと思う。
ハルバード
柄がずずんっと長くって、斧だとか槍だとかさらにどうして鎌まで付くのか、欲張り過ぎなんじゃないかっていう、重量級の武器。
特注品なお袋の愛用武器は、斧の部分の刃渡りが大人の肘から手首までって位の寸法で、しかも槍の穂先と鎌の刃渡りも同じ位の寸法なんだ、つまりそれぞれが約1シャークはあるってこと。それだけでも「もう勘弁して下さい」っていう感じだけど、石突になる得物の反対側の先っちょには、かぼちゃみたいな大きさの、なぜか頭蓋骨の形をしたハンマーがくっついている。
出禁のデギンさんが、お袋のことを「物凄い嫁さん」って言っていたのは、その嫁さんがかくもやばい武器をギュインギュイン振り回して使うのが原因なんだ。
実は俺の母親は、凶器の国から凶器を広めるためにやってきた、凶器の国のお姫さまなのでした、めでたしめでたし。
嘘です。
でも、この嘘を信じてもらえる自信はたっぷりありますよ?ハルバードを構えたお袋の佇まいから出ている迫力には、問答無用言語道断見敵必殺って感じの説得力がバリバリなんですから。見なきゃ分からないだろうけどさ。
そんなお袋がどういう経緯で親父のお嫁さんに納まったかっていうと、ざっくりいうとアレだ。
「私よりも強い男とでなければ、結婚なんかしない!」っていう王道?の物語があったからで、つまり親父とお袋が仕合って、勝ったのは親父だったというわけ。
親父の強さって、俺には未だによく分からない。まあ、お袋の強さが分かりやすいから余計にそう思うんだろうけどね、親父が勝ったんだっていってもそんな頃は俺、まだ生まれて無いし。
爺ちゃん曰く、「面白かった。」
婆ちゃん曰く、「恐ろしくて見ていられなかった。」
ひい爺ちゃん曰く、「笑ったのう。」
おばあちゃん、「ああいう子だしね。」
聞いても誰の話も参考にならなかった。
さっきから、お袋のことを野獣かバーサーカーみたいに言ってるわけだけど、普段のお袋は陽気で明るくて愛情にあふれてて、そしてとってもあったかい女性だ。ガキンチョの俺が「大きくなったらママと結婚するんだ!」って言い張ってたくらいにね。
子供相手に親父が「これはオレのだ!」って張り合ってたってオマケ話もあるんだが。そしてそれを、常連のお客さん達がみんな知っていたりするんだが。
…黒歴史にもなりやしねえ。
因みに、お袋の種族なんだけど、いたって普通に「人族」です。
神秘だとは、俺も思う。
夜明け直前の冒険者ギルドで俺が見かけた女性の印象なんだけど、薄いというか普通というか、そもそも後ろ姿しか見ていない。種族によっては尻尾のある人もいるけど、生えてなかったし。
まだ暗いうちに訪れた俺にとっては、受注のために早朝にギルドに来る主婦、「猛者」を実際に見かけることが出来たっていうだけで、それ以外には興味がなかったんだ。だって、主婦だぜ?
彼女が受注手続きを済ませてギルドから出て行ったのは、たぶん掲示板を俺が見ていた時なんだと思う。それ以外の時だと、いくらなんでも六つ足ボアなんて大物を担いでるところを見落とすはずがないよ。
ついさっき、大きな袋を担いでギルドの中に入って行ったおばさんだけれども、どうして早朝に見かけたおばさんと同一人物だと思ったのかっていうのは、スカートなんだ。
はいていたスカートの柄が、早朝のそれと同じものだったからなんだ。
水玉模様。
すごく珍しい。だいたい、柄の入った布地の服を着ている人そのものがこの町では珍しい。その上に水玉模様だなんて、見間違えるはずがないんだ……。
ちょっと待て。
水玉模様だよな、でもってバーバラお姉ちゃんは言ってたよな、確か…、
「ジュウゾウくんの知っている人よ。…でもね、」って。
俺が知っている、水玉模様を着こなす女の人って、考えてみたらたった一人しかいないじゃないか。
「う、う、うそだあああああ!」
冒険者ギルドの入り口のまん前で、思わず大声を上げちゃった。でもって、ギルドの前にたむろして、仲間が受付を済ませるのを待っていた冒険者達の注目を集めてしまった。
穴があったら入りたいです、穴を掘ってもいいですか。
バレバレだけれどもそ知らぬ顔をして立ち去る、これしかないよね、よし逃げよう。そう思って一歩踏み出した時、
「ジュウゥゥゥゥウちゃん♪」って呼び止められちゃった。
…ウチの宿屋が繁盛してるのも考えものだよなあ、でもって常連さんがたくさんいるのもよしあしだよなあ、おまけにそのほとんどが冒険者だもんなあ。
声のした方へ振り返ると、案の定、常連さんの一人…だけじゃない、二人…だけでもない、三人組がこっちを見ていた、内心思う、そこの二人、にやにやしてんじゃねえよ。
「なあなあなあ、何にびっくりしてたんだぁ、ジュウゾウ。」
「すごい大きな声だったわねえ、ジュウちゃん、びっくりしちゃったよ、ジュウちゃん、流石だね、ジュウちゃん。」
「尻か?水玉模様か?荷物か?どれだジュウゾウ。」
トライアングルアタックかけてくんじゃねえよ、あとこんなとこでジュウちゃんジュウちゃん言うなよ。
「まだ、お酒抜けてないんじゃないの?遅くまで飲んでたんでしょ。」
「なわけねえだろ、もったいない。きちんと起きて、今朝もたっぷりと食った!」
「食堂でもカウンターでも見かけなかったからさぁ、どうしたのかってヒトミちゃんに聞いたんだよ?」
「でてった、って言ったからな、家出かと心配した。」
言葉が足りてないよ、妹よ…。
俺に絡み付いてきた常連三人組は兄妹パーティーで、ウチを定宿にしてくれているお客さんだ。
日頃から顔を合わせては軽口の一つや二つ交わしている間柄だから、気にしてくれたのは本当だと思う。
それにしても、変なところを見られちゃったな。
三人に、冒険者になった挨拶ついでに、今朝からのことをざっと説明した。
考えがまとまらなくなって、先輩冒険者のアドバイスも欲しいと思ってたところだったから、ゴブリンのこととか今思っていることなんかも思い切って話をした。
ピットに出禁のデギンさんがいたことも、きちんと話した。