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宿屋を継承する為に  作者: ばとめんばー
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第三話 出禁のデギン

 大きく息をついてへたりこむ。もう、日が昇って外はすっかり明るくなっていた。

 なんで朝からゾンビと戦う破目になったんだ?アンデッドっていえば夜だろうにさぁ。


「これが働くってことなのかなあ…。」

 …なんだかあんまり頭を使う気にはなれなかった。


 受付してからどの位の時間がたってるのか、なんとなく気になった。ぼんやりと第一作業場を見渡す。朝っぱらから床はぬちょぬちょ、作業台の上では、タライの中でゴブリンのごった煮が湯気を立てている。

 今はもう、臭いがあまり気にならなくなっていたことに気がついた。


 馬鹿になっちゃったんだな、鼻が。正気に戻るのかなあ、鼻は。可哀想なことしたなあ、鼻に。

 宿屋の息子の性、なんだと思う。ぬらぬら汚れた床を、鼻のことばかり考えながらなんとなく掃除してた。

 流し場が場内にあったから、バケツに水を汲んで床にぶちまけ、備品のデッキブラシで床をこすって、モップで汚れ水を吸って、そのモップを絞った。

 また水を撒いて、デッキブラシでこすって、モップで汚れ水を吸って、モップを絞る、水撒いてデッキブラシでこすってモップで汚れ水を吸ってモップを絞って、水撒いてデッキブラシでこすってモップで汚れ水を吸ってモップを絞って……、

 きれいになった。さすが、俺。


 やりとげたらなんか泣けてきた。涙と一緒に鼻水も出てきた。なので闘いの間、俺の呼吸を守ってくれていた手拭いで涙を拭き、そして鼻をかんだ。


 ヂーン、………、ぐはぁ!不意打ちで嗅覚が蘇っちまいましたよ!なんだなんだなんだあれか、ごった煮の湯気か!

 急いで有りものでタライに蓋をする、第一作業場の窓を全部開けて換気を…また無意識で魔力を練ってた。この際だから風の生活魔法ウインドを唱えた。

 ものすごく気持ちのいいそよ風が場内に吹き渡った。


 窓から外を眺めながら、荒くなった息を整える。もう、今日は何回息を整えてんだろうな。頭も冷えてきた、残った作業のことを考えよう。


 タライの中身を始末しなきゃならないんだった。解体を終わらせたら、「ピット」って部屋に廃棄物を持っていくように言われてたっけ。…袋三つで運ぶのならどうってことなかったんだけどなあ、タライにまとめちゃったからこれ、ちょっと重いなあ。

 広い場内だからか、運搬用の台車が何台かある。タライをそれにのせてピットまで運べばいいんだけれども、さて、どうやってタライを作業台から台車に移そうか。


 やっぱり魔法がいいか。


 今更だけど、俺は魔法が使える。家族の中で魔法が使えないのはお袋と亡くなったひい婆ちゃんくらいだ。外から嫁いで来たんだから、これはしょうがない。お袋はもともとは戦士だしね、…怒ると怖いんです、さすがです。

 おばあちゃんがエルフだからっていうのは確かにある、でもそれだけじゃない。ウチの伝統の影響の方がきっと大きい。

 歴代の嫁さん婿さんはみんな冒険者だったわけで、いろんなジョブ、いろんな種族の人がウチの宿屋、「おいしいワイバーン」の跡取りと結婚してきた。その中には魔法が得意な人が何人もいた。いろんな血と才能が混ざったおかげで、個人差はあるけど、そこそこ魔法が使えるっていう子供が生まれてくるようになったんだ。


 さっき、身体が勝手に魔力を練っていたみたいなのは何だったんだろうなあ、そんなことを考えながら台車を作業台の横まで動かす。で、今度は意識して魔力を練った。魔力を練るっていうのは、魔法を使う準備段階のことを世間一般でそう呼ぶんだけれども、やり方は人によってみんな違う。

 俺の場合は、身体の中のいろんな何かに水?を足して混ぜて捏ねていく感じだ。だから練るって言葉はしっくりくる。


 ところがです!

 家族連中にそれを言うと「普通だなあ」って言うのですよ!

 もうね、普通で何が悪いんだって思っちゃったりするわけであります!


「体が全部心臓になって力強く脈を打つ」ってなんなんだよ、爺ちゃん!

 妹のヒトミなんて「渦なの」ってしか言わないし!


 …まあいいや、魔力は十分に練れた、粘り気も充分だ。粘り気っていうのがよく分からんってよく言われるけど、…まあ、いいや…。


 魔力をタライと台車上との両方に当てて、さらに橋渡しをする。で、宣言。


「ヨイショ!」


 タライが持ち上がって台車に移動する、無事に着地。

 大人が余裕で入るような、でかいスープ用の寸胴鍋を移動させる時に、いつも使っている魔法なのだ。



 廊下の案内板に従って台車を押しつつピットに向かった、のだけど…。

「行き止まり?」

 いや、扉はあった。ぱっと見ると壁みたいに見えたんだけど、これは、きっと壁じゃない。なのでノックしてみた。反応なし。もう一回する。反応なし。

 扉に手をかけてみたけど開く感じはしないな、朝だからかな、鍵がかかっているみたいだ。と、後ろの方から足音が近付いてきた。


「なんだ、もう来てる人がいたのか、悪い悪い、今開けるわ。」

「あれ?出禁のデギンさん?」

「その名前で呼ぶんじゃねえ!って、なんだぁ、ワイバーンんとこの坊主…坊ちゃんかよ、どうしたのですんだ?こんなトコで。」

「坊ちゃんは勘弁して下さいよ、出入り禁止中だからって無理しないでいいよデギンさん。」


 出禁のデギン。ウチの宿で一番微妙な常連さんだ、出禁だけに。いや、いい人なんだけどね、ホントに。

 出入り禁止といっても短期間で解除、つまり許されてまたご来店っていう人なんだ。でもこれが本当にちょくちょくあるものだから、それでついたアダ名が「出禁のデギン」ってわけ。


 冒険者仲間の人に「よう、まだ出禁か?」ってあいさつ代りに声を掛けられているらしい、力持ちの前衛僧侶で得物はゴツいメイス、魔法が不得手な人が多い獣人族だけど回復魔法を使えるのがセールスポイントっていう冒険者さんだ。


 変なアダ名がついているのにはもちろん原因がある。デギンさんは別に荒くれ者なんかじゃない、もしも荒くれ者ならばずっと出入り禁止のままになるでしょ?


 ガタイに全然似合わない泣き上戸なんですよ、この人。

 泣く理由はいつもいつも違うみたいで、しくしく泣いて大人しく帰る日もあるし、目がうるうるしてるだけって日もある。泣かずに帰る日だってちゃんとあるんだ。

 でも、タガが外れて大号泣をやらかすとこれが凄い。とにかく泣き声がでかい!食堂兼酒場から離れた部屋で寝ていた宿泊のお客さんが目を覚ますし、聞こえる場所に子供なんかいたら絶対につられて泣く。妹は今でもまだつられてしまうし、俺もね、小さい頃にはつられてわんわん泣いちゃってるんだ。今となっては恥ずかしいんだけどよーく覚えている。あれはきっと、泣き声に魔力かなんかが混じってるんだと思う、だから、きっとあれは仕方がないんだ、絶対に。


 出入り禁止の引き金を引くことになるのは、泣き声でビリビリ震えていた窓ガラスがパリーンって逝っちゃった時。安くはないからね、窓ガラスは。もちろん破片だって危ないさ。

 そこまで泣き崩れてるデギンさんは、もうどんなに頑張ってなだめても全然収まってはくれない。

 居合わせた常連さん達はうるさいのを我慢して、辛抱しながら飲み食いしている。

 常連さん達は、事の起こるのを待っているんだ。


 ケリをつけるためにウチのおばあちゃんが出てくるのを待っているんだ。


 おばあちゃんは普段は酒場に姿を見せない。というか、「おいしいワイバーン」の経営には一切関わってはいないんだ。といっても、冒険者を続けているわけでもない。茶飲み友達のところに行ってくるって言って出かけて、でも全然町の中では見当たらなかったりする。 

「隠居の未亡人には謎が多いものよ、ホホホ。」って絶対にふざけて言っているんだろうなあ。

 そんなおばあちゃんを酒場に引っ張り出すんだから、ある意味デギンさんはすごいっていうのが、常連さん達の意見だ。


 おばあちゃんは静かに酒場にやってくる。…毎回思うんだけど、なんでこの時神々しいんだろ?


 おばあちゃんはすうっと歩み寄って、無造作に、泣き喚くデギンさんの首根っこをギュウって捕まえて言うんだ。


「白い目で見られるか、わたしの目の黒いうちはウチへの出入りを遠慮するか、どちらかを選びなさい。」


 泣きじゃくるデギンさんは言葉なんかじゃ止まらないんだけど、おばあちゃんの目を見た途端にピタッと泣き止んで、氷結魔法もかかってないのに凍りついてしまう。


 おばあちゃんの「白い目」を見て。


 デギンさんの動きが止まったら、おばあちゃんは微笑んで静かに「さあ、」って言う。

 そうするとデギンさんは、あわあわしながらみんなに謝って、それから店を出て行っちゃうんだ。


 そんなデギンさんを見送ってから、お客さん達ににこやかに会釈しながらおばあちゃんは酒場から出ていくのだけど、その時の目の色は、黒い。

 普段は、おばあちゃんの目はエルフらしい薄い緑色なんだけれどもね。

 おばあちゃんの黒い目は何日か続いて、でもいつの間にか薄い緑色に戻っている。それが、デギンさんの出入り禁止解除の合図ってことになっている。


 デギンさんの大迷惑の中でおばあちゃんの登場を待ってる常連さん達って、きっと怖いもの見たさ、なんだろうな。


 

 「出禁のデギン」とピットの前で出会ったわけだけど、デギンさんもどうやらピットに用事があったみたいだ。懐からカードを取り出して、カードに書いてある文字をむにゃむにゃと読み上げている。言葉の意味が全然分からないぞ、本当にむにゃむにゃってしか聞こえない。

 と、扉の横に、ボタンが浮かび上がってきた。そうか、きっとこれが目の前の扉のボタンなんだ。さっきのむにゃむにゃは鍵開け呪文みたいなものなんだろうな。


「出禁さん、」

「んぁ?」

「(しまった)デギンさん、これ、台車で解体の廃棄物持ってきたんですけど。」…ごまかせたかな?

「あー、俺もちょっと遅くなっちまったからなあ、まあいいや、ピットに入るのはちょっと待っててくれよ、先に入って準備しなきゃならんからな。」


 そういってデギンさんはボタンを押して扉を開け、中に入った。小部屋?振り返ったデギンさんは「呼びに来るまで待ってろ」といって扉を閉めてしまった。

 そんなに待たされた感じはしなかった。程なくしてデギンさんは扉を開けて「いいぞ」っていって、小部屋の中に俺を招き入れた。

 どう見ても小部屋だ、捨て場所なんてどこにも見当たらない。話しかけようと思ったらいきなり、妙な感覚に囚われた。思わず声を出した俺を、出禁のデギンがにやにや見てやがった。仕返しされたよ!

 扉をデギンが開けると扉の向こうは、さっきまでいた廊下の突き当たりなんかじゃなかった。


「なんだあ、昇降機だったのかあ。」

「なんだ知ってたのか、もっとびっくりするかと思ってたんだがなあ。」

「そりゃあ、ウチの宿屋にもありますもん。でも、これは大きいなあ、人が乗って、その上こんな荷物までいっぺんに運べるなんて。」

「そっちで驚いたか、」「ええ、これはびっくりですね。」


「ところでジュウゾウ、なんで朝からあそこにいたんだ?廃棄物っていってたが。」

「俺、Fランク冒険者になったんすよ、さっきまで解体やってたんです。」

「ああ、それでか、で、タライに入れて運んだのか。」

「ええ、まあ。」

「袋でいいんだぞ?そっちの方が楽だろうに。」

「いやまあ、ちょっと、その、煮込んじゃったんで。」

「??、ふうん、宿屋の息子だしそういうこともあるか、」


 ないはずです、基本的には。


「そうか冒険者か、本当にそういう慣わしがあったんだなあ。」

「知らなかったんですか?」

「もともと俺は流れてきた人間だからな、マチソワに来たのはダースさんが宿屋の息子なのに冒険者やっていて、しかも全然女っ気がなかった頃だ。そんなのが、凄い嫁さん捕まえて宿屋を継いだって時のことはよくよくわかってるんだが、代々それを続けてたっていうのは、話半分にしか聞いていなかったんだ。…しかしそうか、ダースさんの息子が冒険者か…。」


 危険だな、デギンさん感慨で遠い目をしているぞ。きっとこれは酒場行ったら泣いちゃうパターンだ。おばあちゃんの目の色、昨日の夜はどうだったっけ、ええと………………。


「おっと仕事だ、」っていうデギンさんの声で我に返った。そうだそうだ、仕事仕事。

 ピットはやっぱりそれなりの広さがあった。いかにもの地下室で、魔石ランプで照らされているけど薄暗い。ちょっとおどろおどろしくて、ギルドの施設って感じがあまりしない。まだ行ったことないけどダンジョンってこんな感じなんだろうかってちょっと思った。


 部屋の中央に、大きな檻があって、その檻の中の、床にまたしても扉があった。厳重だな、そう感じた。


 デギンさんが檻の入り口を開けて、俺に台車を床の扉の手前まで動かすように指示した。

 デギンさんは檻の外にぶら下がっている鎖、滑車に繋がっているのをじゃらじゃらと引く。

 床の扉が徐々に開いてきた。扉の向こうは真っ暗だ、何も見えない。


「落ちるなよ、落ちるなよ。」

「落ちたらどうなるんです?」

「骨も残らん。」


そうだろうな、絶対にそうだ。扉の下には不吉な感じしかしない。


「もしかして、ここに廃棄するんですか?」

「そうだ、手早くやってくれよ、終わったら声を掛けてくれ、すぐに閉めるからな。」


手早く魔力を練り、「ヨイショ」を宣言してタライを大穴の真上まで動かし、次に上下を逆さまにして中身を穴の中に落とした。途端に、穴の中からカサカサガサガサって音が聞こえ出す。動揺してタライを落としそうになったけどなんとか持ちこたえて台車の上にまで戻した。


「デギンさん、終わったよー!」

「おう、じゃあ閉めるぞー。」


 台車と一緒に檻の外へ出て、デギンさんが檻の入り口を閉じた。


「なんだか物騒な廃棄物処理ですねえ、ギルドにこんな場所があるなんて知りませんでしたよ。」

「あんなんでも慣れるとどうってことないみたいでな、Fランクのおばちゃんとかが、さっさと開けなさいよって言って袋をぽんぽんぽんって放り込んで、さっさと閉めなさいよって言って終わったらさあっと出て行くって調子なんだよ。」

「デギンさんはあんまり慣れていない?」

「…まあな、今ここにいるのは、その、あれだ、罰当番みたいなもんだからな。」

「またどっかでやらかしたんですか?」

「いやあ、ギルドの隣の酒場でちょこっとなあ、あそこは冒険者ギルドの直営だろ、罰がこういうことになってたんだ。」


「…泣き虫。」

「…勘弁してくれ。」


 デギンさんは、今日はピットでずっと檻の中の扉の番をするんだそうで、サインの後に上に戻る為の昇降機の操作方法を教えてくれた。後は自分で勝手に帰ればいいんだそうだ。で、上に戻ろうとしたら呼び止められた。


「ああ、ジュウゾウ。」

「はい?」

「早く昇格しろよ、こんなトコで言うのもなんだが、…ダンジョンで待ってるからよ。」

「はい!」

「あと、ギルドのカウンターに行く前には風呂に入って、それから着替えとけよ、絶対にな。」


 やっぱり?

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