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転生者の野望  作者: 神河 かおる
転生の朝
1/14

転生者テムジン

 日の出。


 地平線の彼方から光が放たれ、夜の闇を追いやっていく。


 ドラゴニュート族の王、竜王ユリウスは一人だけ窓に視線を向ける。緩やかに変化する雲を目で追っていく。空には大小の雲がちぎれちぎれにあり、昨日までの雷雨が嘘であったかのように澄んだ青い空が広がっている。


「陛下」


 大神官の小声での呼びかけに応じて振り返ると、大臣、宮廷魔術師に学者など、国の主だった者たちの背中が見える。


「いよいよです」


「今行く」


 ユリウスが窓辺から離れて歩き始める。足音に気づいて皆が慌てて身を正し、頭を垂れて壁際に下がっていく。


 部屋の中央には祭壇が設けられている。神官たちが輪になって囲み祈りを捧げている。一心不乱に呪文を脳内で繰り返し、放出された魔力が青白い霧のようになって祭壇に降り注いでいる。


 壇上には薄絹に覆われた卵が安置されている。


「おぉ」


 卵が内側から輝き始め、誰ともなく感嘆の声を上げる。


「いよいよです」


 いつもは冷静沈着な大神官の声がわずかに震えており、竜王は苦笑するところだった。。


 輝きは一秒一秒増し、部屋全体が真っ白な光に飲まれていく。


 うろたえた神官の何人かは後ずさりする。


 卵に大きなひび割れが入り、部屋の一同が自然と指を組み、祈りを捧げる。


 ひび割れがさらに広がると、今度は七色の光の波紋が漏れ出した。光は波打ったまま拡散し、卵から遠ざかると減衰していく。


「あれはなんだ」


 驚き、目を見開く者がいれば、一方では目を固く閉じて縮こまる者もいる。


 竜王は無言で歩を進め、卵の目の前に立つ。


 ひび割れがついに卵全体に広がり、崩壊し始める。今までよりもさらに強く鋭い光が放たれ、そのあまりのまぶしさから皆が目を閉じた直後、光は収まった。


 暗転し、皆が恐る恐る目を開くと、赤ん坊が祭壇に立っていた。


 背丈こそ赤ん坊のそれであり、極めて小さな存在だが立っていた。神官たちの祈りにより、赤ん坊には様々な心身への補助が与えられている。そのため、体はうっすらと輝きをまとっている。


 居並ぶ者たちが絶句し、身動き一つせず凝視する。


 部屋は静寂に支配された。


「我が名はテムジン。世界を統一する者となる」


 赤ん坊が話した。


 静まり返った部屋にあって、赤ん坊の声は小さいにもかかわらず全員に聞こえた。だが、意味を理解できるものはいなかった。


 生まれたばかりで言語を発するにはまだ体が未熟すぎて舌がうまく動かなかった。たとえ流暢に話せたとしても、日本語を分かる者がこの世界にいるわけがなかったのだから。


 第一声を放つと、赤ん坊を包んでいた魔法の加護は失われ、その場でへたりこんだ。


 竜王は慣れた手付きで、赤ん坊の両脇に手を差し入れると持ち上げる。


「一度だけ許そう。名乗れ。そなたの名はなんという」


「テムジン」


 赤ん坊は一言だけ発すると、ぐったりとして意識を失った。


「名乗った! 名乗ったぞ!」


 人々の騒ぎ立つ雰囲気をまったく気にせず、竜王はゆっくりと赤ん坊を神官に渡す。


「予言の子だ!」


 神官は事前に用意された保育器に赤ん坊を寝かせると、いそいそと部屋を出ていく。


「静まれ」


 竜王は赤ん坊が部屋から連れ出されるのを待って、皆に宣言した。


「あの者の名はテムジン。神託に告げられし者であることを認めよう」


 声もなく神官たちが動き出し、竜王の前に机、そして小さな箱を用意した。


 竜王自ら箱を開け、中から一枚の文書を取り出す。


 石版のような硬質な一枚紙には「予言の言葉」が書かれており、竜王もこれが初めて目にするものであった。

  

 どのような内容であるのか、皆が竜王の顔色からうかがい知ろうとする。

 

 竜王はじっくりと読み進めるが、表情は全く変わらない。


 そのうち、竜王は無表情のままに読み終わり、文書を箱に戻し、魔法の封印をした。


 神官たちが机と予言の収められた箱を片付け始め、竜王も部屋を出るべく歩みだす。


「アイザックとピエーネ。前へ」


 残った者たちは儀式を続けるため、大神官が両親を呼んだ。


「はい」


 二人とも緊張した面持ちで、繋いだ手はどちらともなく強く握りしめあっている。


「陛下、お急ぎください。すぐに魔法王国の特使との会合があります」


「うむ」


 竜王が廊下に出ると、王の右腕が待ち構えていた。廊下を歩く間、交渉を行う上で必要な情報や注意事項の列記された文書を怒濤の勢いで読み上げていく。


「陛下、大使の船が見えました」


 竜王は窓辺で足を止め、顔を上げる。


 空の青とは対象的な、赤黒い球体が音もなく進んでいる。

 

 直径百メートルの球状飛行戦艦。王城の城下町の上を竜騎士らの先導もあり、あっという間に王城の上空に差し掛かる。


「それにしても」


「どうかされましたか」


 急ぎ足で謁見の間にたどり着き、扉が開かれようとしたとき竜王が話し始める。重要な会合前に何事かと思い、王の右腕は扉に手をかけた姿勢で静止した。


「預言の子だったぞ、あれは」


 竜王は小さく、短く、笑った。


「なにをお考えですか」


「何をどうすれば良いか。考える時間が欲しい」


 予言の内容は、竜王しか知らない。予言者も、予言をする際には自らの意識は失っているため内容については知らない。

 

「陛下、今日の会合がどれほど重要か、今すぐ思い出してください」


「だかな」


 竜王がなおも言葉を続けようとするので、王の右腕は勢いよく扉を開いて中へ入るよう促した。


 中にいた魔法王国の外交特使が顔を向ける。


「お待たせした。大使殿」


 竜王はできるかぎりの明るい声色で挨拶をしつつ、部屋へと入っていった。


設定資料

<言語について>


転生当初、主人公は世界制覇の野望を宣言する。しかし、それは日本語であって、理解できる者はいなかった。


転生先の世界では、すでに言語が統一されている。 (世界が一度は統一されたという証拠) ただし、本編にその話は出ない。

主人公はこの世界の標準語を学校で習い、読み書きできるようになっている。

転生後、日本語は使う機会がない。日記を日本語で書くといった「暗号用」としての活用法も今のところない。


ドラゴニュートの社会は文武両道を尊ぶため、百年学校にいるのもよくある光景。識字率は百パーセントに近い。



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