6. 湿地帯の真相
「カケル様ー…本当に来るんですかー?」
「多分な」
予定を変えて、今日は明るいうちは湿地帯に近付かずに村で情報収集ついでに村を見て回った。
見て回ったと言っても小さい村で昨日案内してもらった場所を除けばシオンが普段寄らない鍛冶屋や酒場くらいだった。
目的は情報が集まると定番の酒場だ。
酒場は村の規模の割りには大きめで酒もいくつか種類があった。こんな小さな村に何種類も酒があるのだからアメクレインという国は裕福に違いない。盗賊に狙われるのも少しわかった気がする。
店主はスキンヘッドで近寄りがたい雰囲気だったが、こちらの質問に快く答えてくれた。見た目で判断してはいけない。
案の定二つ三つ質問したら一発で特定できる答えを貰えた。少し聞くだけでこんな簡単に犯人を特定できるのだからコミュニティの狭さを感じる。
そして、それは犯人も考えればわかったはずだ。よほどシオンが余所者を連れてきたことに焦っていたんだろう。
「それよりこれ本当に音ばれないんだろうな?」
「ふわぁ……大声を出さなければ大丈夫ですよ……ラミアは、風使わないですし……」
シオンは眠そうに、そして暇そうに隣でうずくまっている。真っ暗でうっすらとしか見えないが、あくびをしている口を手で隠す仕草に少し興味が沸く。こちらでも共通のマナーがあるらしい。
今俺達の周りには音を遮断する魔法がかけられている。そんな都合のいい魔法があるのかとドキドキしているが、今の所魔法面ではシオンは有能だ。
「シオンは結構魔法凄いんだな……」
「え?」
思わず口に出してしまった言葉を聞いて眠そうだったシオンが飛び起きる。
「もしかしてカケル様私のこと褒めました? 褒めました?」
さっきの眠そうな声色はどこへやら。
もしかしたらこの世界で魔法を使う人にとっては普通なのかもしれないが、他所から来た俺は実際文明の利器とは違う便利さを感じている。
そしてそれを使いこなすシオンを凄いと、素直にそう思った。
「あ、ああ、褒めたよ。今の所俺が言ったような魔法をすぐに使えるんだから凄いだろ」
素直に褒めるというのは恥ずかしい。つい顔を逸らしてしまった。
ちらっとシオンを見ると、素直に褒められたのが嬉しかったのか今に周りを照らすんじゃないかと思うほどの輝かんばかりの笑顔を浮かべている。
そして、何を思ったのか俺の右手をとった。
「このくらい当然です!そしてこれからもお任せくださいカケル様!不肖ながらこのシオン!これからも救世主様の巫女としてサポートし続ける所存です!!」
シオンは俺の右手を強く握り締め、今までに無い自信に満ち溢れた大声でそう宣言する。
手が滅茶苦茶痛い。そしてうるさい。
俺は慌てて残った左手で口を塞いだ。
「痛い上に声がでかい! お前が大声出さなければって言ったんだろうが……!」
「ほ、ほうでひた」
俺達が隠れていることを改めて理解したようなので手を離す。
眠気は吹っ飛んだのか手を離した後もシオンは先程のように眠そうな様子を見せることなくにやにやしていた。
面倒くさい状態にはなるが、褒めるとここまでテンションが上がるのか。
しばらくして、何かに気付いたシオンからにやけ顔が消えた。
「カケル様、誰か……」
「お、来たな」
シオンが指差す先には湿地帯に向けて歩く人影だ。手には蝋燭を乗せた燭台を持っているが、頭から布を被って隠してるため顔はわからない。だが、村の方向から歩いてきている事から村人なのは明らかだ。
人陰は俺達が隠れている草木の前を通り過ぎ、湿地帯との境目である川で立ち止まった。
きょろきょろと何かを探すように辺りを見渡している。
いや、誰かを。だろう。
「トマス」
すぐにその探していた誰かの声が聞こえてきた。
予想通り、昨日聞いた声。
「ミリー!」
ランタンに照らされて姿が見える。ラミアのミリーだ。
男は名前を呼ばれると顔に被った布を外した。
「あ、トマスさん」
「あれ、あいつ……」
この村に来た時に俺達を見て噂していた村人の一人だ。俺達を見て顔を青くしながら必死にきっときっと言っていたからよく覚えている。
成る程。こういうことなら必死になるわけだ。
「トマス」
「ミリー」
二人はゆっくりと近付く。
多くは語らず、二人は互いの名前を呼び合った後、互いを抱きしめた。
「きゃああああああ!!」
「うお」
直後、台無しの悲鳴が隣から辺りにこだました。
「だ、誰だ!」
「くっ……!」
悲鳴に驚き、抱き合ってた二人は離れてこちらに目を向ける。
俺のことは見えないだろうが、
「破廉恥! 破廉恥です!!」
そう叫びながら顔を真っ赤にしているシオンは否が応でも目に入るだろう。
顔を手で覆いながら魔法でも抑えきれない大声でシオンが叫ぶ。
予定だともう少し気取った登場をしようと思ったが、仕方ない。姿を現さずに逃げられたら話が拗れる。
二人には悪いが、この場で決着だ。
「ほら、シオン明かり」
「で、でも……明るくして、ち、ちゅーの瞬間とか見ちゃったら……」
「この空気でそんな事するわけねえだろ!いいから明かり!!」
「わ、わかりましたよぅ……《掌の一粒》」
「この声……!」
ミリーのほうは昨日話したのもあって気付いているようだ。
シオンの手のひらの上に光を放つ光球が現れる。自分達を照らすくらいの光量だが、充分だ。
念の為シオンを先に草木から出させ、続いて俺も姿を晒した。
「昨日の……!」
「ど、どうして……!」
「ほ、本当にカケル様の言った通りだ……」
俺達を見て驚く二人をシオンは赤い顔で興味津々と言わんばかりに凝視している。
この口ぶり……こいつ信じてなかったな?
「これだけ小さい村だとな、最近付き合いの悪いやついないか?とか聞くだけで大抵は絞られるんだよ」
俺が酒場でした質問は三つ。
すぐに帰るやつはいないか?最近来なくなったやつはいないか?朝やたら眠そうにしてるやつはいないか?
これだけだ。
集団で同じような労働をしていれば労働後の憩いの時間も当然被る。
後は普段より早く帰ったり、回数が減ったもの、早く帰ってるにも関わらず調子の違うものがいないかを聞けば大体絞れると踏んだのだ。
「やっぱ密会か」
ここに誰も近付けたくなかった理由は予想通り。
頑なに湿地帯に近付けさせないラミアに湿地帯を調べた夜に嫌がらせに来る村人。
昨日に限ってラミアの対応が乱暴だったのは難しいことなんて何もない。ただ単に当事者だったからだ。当事者が近付いてほしくない場所にまた来るなんて言葉を聞けば確かに煩わしい。警告して二度目を無くしたいと考えるのは普通だ。
そして俺達を追い払う時、彼女は「仲間のためなら」と零した。同族を指すのに「一族」と言っていたはずなのに。
これだけヒントがあればラミアと村人の誰かが通じてる事くらいわかるに決まってる。
大方今日は湿地帯を調べに来た俺達について話す為もあってここに来たのだろう。
そして何より異種族の恋愛は定番のシチュエーションだ。
元いた世界ではそういったシチュエーションの作品が溢れ返っている。異種族の恋愛、異形と人間の交流は最早ジャンルの一つだ。元いた世界の人間なら想像に難くない。
「トマスだったか。あんたは恐らくシオンのようにここに薬草でも採りに来たんだろう。シオンの家は何だかんだ立派だ。周りの村人は怪しんでいるが、薬草が本当に儲かるんじゃないかと思ったんだろうな」
シオンは村人からおかしなやつだと思われている。シオンの性格のほうに気をとられて家が大きいことや家具が立派なことに目がいかなかったのだろう。
トマスはそれに気付いたから湿地帯に入って自分もやろうと考えた。
どれが高いなんて知識は無いだろうからそこは街に行ってから売ってるものを見て確認する気だったのだろう。
「そして湿地帯に行った時にミリーと出くわした。どんな事情かまでは流石にわからないが、ミリー本人かミリーの一族に助け舟を出したんだろう。それでラミアの一族にも受け入れられた……そこまでの仲になるほどだ。よほど親身になったみたいだな」
ラミアのほうが盗賊より先に来たというから助け舟を出している内に盗賊が来て薬草を売りに行くことは出来なくなったんだろう。
助け舟の内容は大体想像が着くが……まぁ、どんな助けだったかは俺達にとってさして重要じゃない。
探偵じゃあるまいし、起こったことを全部推理する必要なんて無い。
「間違ってるか?」
「う……」
「……」
訂正が飛んでこないところを見るに合っていたようだ。
やがて顔を伏せていたトマスが口を開く。
「な、何で今夜だとわかったんだ!?密会の日は俺とミリーの一族しか知らないはずだ!」
「え?」
あ、あれ?俺の情報交換をする為とかじゃなくて、会う日程があったの?
それは……。何か恥ずかしい。自意識過剰みたいだ。
「ふふふ! この御方をどなたと心得ますか!」
先程まで顔を赤くしてあたふたしていた少女はどこへやら。まるで自分が褒められた時のようにシオンは得意気に胸を張る。
ローブの前を開き、自分で靡かせて演出しながら俺の前に出た。
「この御方こそ我が一族に伝わる虹の救世主様そのお人!カケル様にかかればあなた方の密会の日程などお見通し!その英知に平伏すとよいのです!!」
何言ってくれてんだこいつ。
俺はこの調子のいい偽者巫女にこの世界に突き落とされた間抜けな被害者。
おかしなやつが連れてきた俺という間抜けについてラミアと村人が情報交換をするんじゃないか、と推測しただけなのだ。
「あ、いや、偶――」
「くそ……!あのシオンが連れてきたからちょっと脅せばちょろいと舐めてたが、甘かったか……!」
「皆におかしなやつと噂されていたやつがそんな切れ者を連れてくるとはな……ただの馬鹿ではないということか」
ああ、やめてくれ。偶然なんだと言いにくい空気にするのはやめてくれ。
今、「いや、偶然なんだよ……」なんて言ったらここにいるやつ全員間抜けだったと言う様なものじゃないか。シオンはともかく本気で不覚をとったと思っているあの二人に申し訳なさ過ぎる。
特にミリーのほうは油断できない好敵手を見つけたような真面目な顔だ。あれに水を差せというのか。できるか。
「ま、まぁな!読んでいたさ、今日ここで会うことはな!」
かろうじて嘘は言っていない。理由はどうあれ今日会うと予想したのは本当だからな!
俺は救世主じゃないし、切れ者でもない。そして、あの二人の緊迫した空気に水を差せるほど残酷じゃない。
向こうの立場を考えれば偶然予想が被っただけの運のいい野郎よりも切れ者に看破されたと思ったほうが幾らか気持ちも晴れるだはず。
俺は精一杯かっこつける。それを見て、シオンは満足そうにどや顔を浮かべた。
「新たな虹の救世主伝説の一歩です!」
何だかんだこいつの都合いいように話が進んでる気がする。