5. 誰か
日も落ちて、昼は過ごしやすかった空気も夜風で冷えていく。
元いた世界のように街灯が無いので外は真っ暗で、自分がどれだけ光の多い世界にいたかがわかる。
逃げ帰ってきた俺達は今シオンの家にいる。
湿地帯での事は村長に最低限の報告をしたが、脅迫された事や魔法を使われた事は念のため伏せておいた。盗賊の件でピリピリしている所にさらに追い討ちをかける必要は無い。
靴をとりにきた時も思ったが、シオンの家は村で見かけた家屋よりも一回り大きい。
中は広く、リビングにあたる場所の中央には大きめの机が置いてあり、来客用なのか四つ足の椅子が四つも置いてある。端にあるキッチンにはある程度の調理器具も揃っていて生活用品が豊富な印象だ。
この世界では薬草売りというのは思ったよりも稼げるのかもしれない。
「さっきは助かった、ありがとう」
「ふふふ、救世主様を守るのも私の仕事ですから!」
机を挟んでこちらにどや顔を向けるくらいシオンは得意気だ。本当に助かったのもあってこのどや顔も頼もしく思える。
「それにしてもまさか攻撃してくるとは思わなかったな……」
「当てる気は無かったようですけど、怖かったです」
「毎回あんな感じなわけじゃないよな?」
「はい、あんな暴力的な警告をされたのは初めてです。あの方は初めて見たのであの方が荒っぽいだけかもしれません……」
当たり前か。毎回あんな事されていれば先に言うはずだもんな。
「日によって警告してたやつは違ったのか?」
「順番にあそこを警戒していたみたいで、何人かにまた来たのかと怒られました」
「大分懲りずに行ったんだな……」
「金髪の人なんかお腹空いたって言ったら木の実くれたのに……」
「ちょっと仲良くなってんじゃねえか」
何度拒まれても挫けないその精神は見習いたい。
それにしても一族とやらが何人もいる事は確定か。武力行使は考えてもいなかったが、これで完璧にやる理由は消えたな。
それに湿地帯に入らせないのは共通のようだが、ラミア全体が過度に嫌ってるわけではない。
何故ラミアの対応が今日に限って過激なんだ?
日によって来るラミアが違うという事ならもう一度行ってみよう。シオンの話通りならラミアはあんな雰囲気じゃないようだし、会話になるかもしれない。
今はそれよりも。
「そういえば、シオンとあのミリーってやつが使ってた魔法は俺も使えるのか?」
こっちの確認だ。
純粋に使ってみたいという欲もあるが、あんなのを撃ってこられるとわかった今覚えられるなら防御だけでも覚えたい。
「ラミアは魔術種族なんでラミアと同じようには難しいですけど、使えるとは思います」
「俺は魔法なんて無い世界から来たけど、魔法は覚えられるのか?」
「うーん……魔力がそこらの雑魚モンスターにも劣りますからね……」
「言い方」
わかっていても傷つくんだぞ。
「が、頑張れば覚えられはすると思います!」
「中途半端な気遣いが心にくるな……使えてもこの世界じゃ大したことないってことだな」
とはいえ、無いよりはあったほうがいい。いずれは覚えよう。
湿地帯で言っていた精霊の加護がどうこうもその時だな。
「そ、それよりも!カケル様は自身の力にお気づきになりませんと」
「……え?」
何の話かと思ったが、そういえば虹の救世主は特別な力を持ってるって話だったか。
しかし、ラミアに魔法撃たれた時も音沙汰が無かったしな。
ピンチの時に目覚めるわけでもないのに力があるなんて言われても正直信じられない。
「だから救世主じゃないんだって……生きてきてそんなもの目覚めたことねえよ。ずっと一般人だ」
「では目覚めた時がカケル様の本領発揮ですね!」
ポジティブだなこいつ。
その精神は羨ましいが、そんな都合のいいことはまず起きない。
異世界にまで来て夢の無い考えだとは思うが、これが普通だろう。自分に未知の力など期待できない。
それに俺はこいつに突き飛ばされてたまたまこちらに来ただけなんだからあるほうが不自然だ。
「もう今日は寝よう。来た時こっちは昼だったけど、来る前は夜だったから結構眠いんだ」
「それもそうですね。カケル様、寝室はこちらです」
そう言ってシオンは小走りで入り口とは違う扉に向かい、そこを開けた。
奥を見るとそこは小さいスペースだったが、木箱のようなもの上にリンネルのシーツが敷かれていて、上にはブランケットが置いてあり、思ったよりベットっぽい。そしてでかい。
「起きたらまた湿地帯に行ってみよう。違うラミアと話が出来るかもしれないからな」
「わかりました」
「じゃあおやすみ」
引っ掛かる事は何個かあるが、結局進展はしなかった。
違うラミアに話を聞いて進展すれば嬉しいのだが……。
一日くらいなら食べなくても大丈夫だろうが、流石に二日続けてだと辛い。現状はこの村の無一文が一人から二人に増えただけだ。
「はい、おやすみなさい」
ひもじさを感じながら寝床に入る俺に続いて、シオンも――。
「いやいや……おかしいな?」
「何がでしょう?」
「同衾はおかしいな?」
「でも、夜は寒いですよ?」
「そうだね」
「はい」
この世界は貞操観念が緩いのだろうか。何て言って諭せばいい?
「寒いのはしのげるけど狭いだろ?」
駄目だ。同衾に躊躇が無い以上こいつじゃなくても狭くてもいいじゃないですかとか言って入ってこれる。あとベットなわけじゃないし、そこまで狭くない。二、三人は入れそう。
「そんなに近付かれると緊張するからやめてくれ。」
嫌だ。確かにシオンは美人ではあるが、意識しているとこいつに思われるのが嫌だ。例え嘘でもそんな弱みを見せれば湿地の時のようなうざ絡みをされる。
「お前体だけは凄いんだから一緒に入るのはやめろ!」
……これは最悪だ。いくら俺でもわかる。性格を貶めながらセクハラしている最悪の選択肢だ。
こいつのスタイルがいいのは服の上からでもわかるが、口に出すべきことではない。というか、寝るならフードくらいとれよ。
どうすればいいんだ。
いや、待てよ……?そもそもの問題として、まさか俺を男だとわかってない?
「俺は男だぞ?」
「は、はい……知ってます……?」
流石に無いか。
一瞬、ほんの一瞬な?こいつだったらあるかもと思ってしまった。
俺が喋るのを待っているのかシオンは黙ってこちらを見ている。
……こいつ顔も整ってるし、黙っていると普通に美人で緊張するんだよな。
「よし、最初からだ。いいか?」
「は、はい!」
わざとらしく咳払いをして困惑しているシオンと向き合う。こういう時は素直なものでシオンは俺が正座するのを見て真似するように律儀に膝を向き合わせた。
説明を始めようととしたその時。
「うお!?」
「きゃあ!」
突如、扉の向こうから何かを圧し折ったような大きな音が聞こえてきた。
同衾はどうとか言っていた事は忘れ、咄嗟に二人で掛け布団に隠れる。俺達の視線は隙間から見える扉に釘付けになっていた。
「そ、村長の言っていた盗賊か……?」
「ええ!? うちお金無いですよ……?」
「知ってるよ無一文巫女…………静かだな?」
顔を見合わせ、布団から出る。シオンを前にしてゆっくりと扉に近付いた。
最低な構図だが、俺には身を守る手段が無いのだから仕方ない。そう、仕方ない。
扉を開けると家の中は寝室に入る前と変わらず被害は無いようだが、先程よりも風の音が近かった。
「あああ!ま、窓がぁ……」
「さむ…」
冷たい夜風が家の中に容赦なく入ってくる。
窓のほうを見ると外に取り付けてあったはずの木窓が無残な姿になっていた。棍棒のようなもので叩き割られたのか、何か魔法で壊されたのかはわからないが、窓としての役割はもう果たせそうにない。
「シオン、明かり」
「シオンは明かりではありません……」
「わかったから明かり」
ぶーぶー文句を言いながらもシオンは小さな蝋燭の乗った燭台を渡してくる。
外を見ても犯人らしき姿が見えることはなく、地面を引きずったような跡は無かった。足跡らしきものはあるが、この時代の靴裏が特徴的な形をしているとは思えないし、元いた世界から警察でも連れてこないと足跡の判断なんて出来ないだろう。
だが、技術が無いからといって何もわからないわけじゃない。
「もしかして……そういうことか?」
ラミアのあの体型なら足跡なんて出来るわけがない。これは人間の仕業だ。しかし、盗賊の仕業では無い。
なら誰が?
問うまでも無い。そんなの決まっている。
「もしやさっきのラミアが湿地帯にしつこく近寄る私に報復を……!」
「なわけあるか!どんだけ察しが悪いんだお前は!前にこういう事は?」
「こ、こんなの初めてですよぅ……」
「なら間違いない」
彼女は二度と顔を見せるな、と言った。あれは関わるなという意味合いのはずだ。
そんなラミアがわざわざ嫌がらせにくるはずがない。盗賊なら今すぐ押し入って俺たちを拘束するなり殺すなりして奪ってくはずだ。窓を壊す意味が無い。
となれば、答えは一つ。
「いるんだよ。俺達に湿地帯に行ってほしくない村人が」
「で、でも、他に湿地帯に行く人なんていませんし……あそこの薬草を使うのなんて私くらいですよ?」
「目的は薬草じゃない。いや、最初は薬草だったのかもな」
「ど、どういう?」
「シオンには悪いが助かった。犯人には感謝しなきゃな」
正直あのミリーというラミアとの会話は情報が無さ過ぎた。
違和感はまた来るという言葉に激昂した時だけ。
律儀に名乗り返し、こちらの話に付き合っていた彼女がその時だけは感情的な行動を見せていた。
「窓壊したの……感謝しなきゃいけないんですか……?」
シオンは部屋側に落ちてきていた僅かな木片を名残惜しそうに手にして問い掛けてくる。こちらを見る目は少し涙目だ。
そうだな、家主に壊されたことを感謝しろというのは流石に酷だ。
「あー……いや、シオンは怒っていいと思うぞ」
「許せません!ただでさえお金無いのにー!」
「いいぞ、吐き出せ吐き出せ」
シオンは子供のように頬を膨らませた。窓から風が吹き込むと、それもしぼんでいく。
「うぅ……さ、寒いです……」
「冷えるなあ」
シオンの怒りも夜風の寒さで急速に冷えていく。
俺達はすぐさま寝室に戻った。
「でも、誰がこんなことを……」
「さぁな。けど、ラミアが何で湿地帯に近付くのを嫌がるかはわかったぞ」
「えぇ!? ほんとですか!?」
わかって当然。定番のシチュエーションだ。何が起こっているのかは容易に想像が付いた。
だが。
「これ……例え俺が救世主だとしてもいるか……?」
そう、こんなもの俺でなくても、そして救世主なんて仰々しい称号が無くてもわかることだ。想像通りなら特別なんて何も無い。
果たして本当に俺の手が必要なのだろうか。
答えてくれる人はいないと知りながらも誰かにそう聞きたかった。