2. トリス村
トリス村。
人口は100人程度、森の恵みと農作物で生計を立てる小さな村。
かつてこの世界で名を馳せたトリスという巫女の出身として名前は有名な村らしい。
だが、トリスがこの村で過ごしたのは赤ん坊の頃で、親と共にすぐに別の村へと移ったという。そしてかつてのその村こそが、ラノトリスという街。今このトリス村も所属している国、アメクレインの首都である。
今はトリス教として奉られており、トリス村にもトリスを奉る教会は小さいながらあるが、この村には特に神聖な逸話やら記録は残っておらず、そういった記録は首都ラノトリスのほうに多いのだという。
一応トリスの出生地ではある為、巡礼に訪れる客もいるが、街から離れている上にトリス教の総本山がそもそもラノトリスなので稀らしい。
ちなみに――。
「そのトリスって巫女はシオンの先祖?」
と聞いてみたところ。
「まっさかぁ! 全然違いますよー、もしそうだったら薬草採りなんてしてませんって!」
という返答を頂いたので実はシオンが優秀な一族の末裔だとか、秘めた力を持っているという説は無いようだ。
何故だ。こういうのはどっちかが凄いパターンじゃないのか。
今でこそ少ないが、巫女というのは昔結構いたらしく、シオンは村にいた別の巫女の家系らしい。
財政難ならそのトリス様の出生地っていうネームバリューを生かして催し事なりすればいいと思ったが……そういうのは首都のほうでやっちゃってるんだろう。
シオンの家で靴だけ調達し、村を案内して貰いながらシオンの説明に耳を傾ける。
というか、最初にいた場所から見えた家がシオンの家だった。
そう思うと、自分の家が見えながらあっちには何もないと言い切ったこいつに感心すら覚える。
周りの村人も余所者の存在に気付いたのか、瞬く間に俺の存在は広まった。
小さい村だから噂が広まる速度は早い。すでに村人が数人で固まってこちらを見て噂話をしている。
視線はずっと感じるが、シオンに案内されているせいか何もされていない。もしかして余所者は無視するという事なのだろうか。
周りの視線に気付いているのか気付いていないのか、シオンは上機嫌なままだ。
今、街に行ったら飲む私の好きな果実酒という熱の籠もった説明がようやく終わった。
「次は村のギルドに案内しますね」
「そうだ、ギルドって何ができるんだ?」
「冒険者に登録して依頼された仕事が受けられます。主にモンスターの討伐で、そういう危険な依頼は登録された冒険者の方しか受けられないんですけど、遠くの街や村におつかいしにいくみたいな一般の方でも出来る仕事もありますよ!」
おお!
というか、モンスターっているのか。先に言ってくれ。
だが、そういった場所があるのは朗報だ。冒険者として生計を立てるつもりはないが、そういった小金を稼げる場所があるのはありがたい。ある程度この世界の知識を得れば活用できる可能性がある。
それにモンスターの討伐を登録された冒険者がするとなれば戦闘に関する物事もそこで行えるかもしれない。
「魔法とかスキルとかもそこで覚えるのか?」
「やだなぁ、カケル様ってば!ちゃんと専門の書物を読むか誰かに教えてもらうかしないと使えないに決まってるじゃないですか!」
おおう…。
ボタン一つでとはいかないのか、現実は甘くない。無理矢理来させられた身としてはちょっとくらい楽させてほしい。
「それに、そもそもここにあるギルドは小さいので冒険者の登録すら出来ないですしね。モンスターの討伐なんて依頼無かったですし」
おい。俺の家で職業登録も簡単みたいなこと言ってなかったか?
いや、あの時言ったことは殆ど嘘だったんだ。今更言うこともあるまい。
「モンスターってのは?さっき言ってた平原にはいなかったみたいだけど」
「人が住んでるような場所にはいませんよー。街道に出るとちょこちょこ見ますけど、街道付近はラノトリスの冒険者とかがモンスターを倒しちゃってますからあまり出ません」
「こっから見えるあのでかい山とか?」
奥のほうに見える林のさらにその先に大きな山脈が見える。澄み切った青い空に緑に覆われた輪郭が描かれており、自然が身近じゃない俺からみると新鮮だ。
秋になるとこの緑が鮮やかな紅葉になったり、冬になったら茶や白に変わったりするのだろうか。
そもそもこの国に四季があるかなんてまだ知らないのだが、こんな事を考える辺り自分はしっかり日本人だったらしい。
遠くから見た限り山道や山小屋のようなものは見えないから人の手は入ってなさそうだ。街道のような人が通る場所に少ないのなら、ああいった自然豊かな場所には熊のように山を牛耳る動物のようなモンスターがいるかもしれない。
「どうですかねぇ……山なんて行ったこと無いんでわかりません」
すげえ、全然情報が入ってこねえ。
これは機を見てシオンとは別に情報を仕入れる必要があるな……。
「そういえば、ギルドに行く前に何処か行きたいところとかありますか?」
「んー……特には無いかな」
この村はトリス様の出身地ということ以外は特に何もないようで特に気になる点は無い。しかし、小さな村の割には縫製店や酒場があったりと、経済的に恵まれていると思う。国が豊かなのだろうか。
豊かな村なのはありがたいが、こう周りで見えるように噂話されていると今は村人が俺をどう思っているかのほうが気になる。
シオンに着いていきながら、俺は周りの噂話にも耳を傾けた。
「シオンが男連れてるぞ……すげえ物好きな男だ」
ん?
「街から来たのか?シオンとなんておかしな奴もいるもんだな」
「ほら、服もおかしいぜ。あんなの見たことねえ」
「ここで暮らすんじゃねえだろうな?おかしなやつが増えるのは勘弁だ」
「ま、まさか……! きっと街にシオンを連れてってくれるさ。きっと村長に報告とかだろう。きっとすぐに出ていくさ……! そうに決まってる……!」
最後の奴が必死すぎる。
ちらっと見ると、関わりたくないと言いたげに目を逸らされた。あの青い顔してるのが必死だったやつだなきっと。
それにしても散々な言われようだな、シオンさん。
服に関しては仕方ない、上がワイシャツで下がスウェットだ。ここの村人が着ているような服とは文化からして違う。
だが、思ったより悪い印象は抱かれていない。
こういった場所は閉鎖的で外部の人間を敵視するなんて話を日本でも聞くが、シオンと一緒にいるおかげで敵視されているような様子は無い。
問題は、おかしいやつがおかしいやつを連れてきたと思われている点だ。
活動の拠点がこの村になる可能性が高い今、早めにこの評価は払拭しなければならない。
シオンが普段何をやらかしてこんな評価になったのかは知らないが、俺だけは普通なのだとアピールする必要がある。
不幸中の幸いで第一印象が変な服でシオンと一緒に歩いているおかしなやつだ。中身が普通なのだと思わせれば「なんだ、シオンが連れてきた割には案外普通じゃないか」とギャップ効果で早めに受け入れてもらえる可能性は高い。
「ん?」
そんな算段を立てているのを他所にシオンが忙しなく辺りを見渡し、次第に恍惚の表情へと変わっていく。
一体何があったのかと困惑していると。
「皆さん、こちらを見ていますね。やはりカケル様の隠すことのできない救世主様としてのオーラが皆を惹き付けてしまうと同時に恐れ多さで関わることを躊躇わせるのでしょうか……。ふふふ、そして私は救世主様をご案内する神聖な巫女、今私達の歩みは神々の凱旋の如し!何て、何て気持ちのいい視線なのでしょうか……!」
何を勘違いしたのか自分の都合のいい妄想に身をよじって悶え始めた。遠目で見ている村人も何事かと後ずさっている。
器用なのはわかったからやめてやれ。村人が怯えてる。
止めさせたいが、このテンションのまま絡まれたら面倒くさいことになるのは間違いない。
「ソウダネ」
なので、てきとうに同意しておくことにした。