第8話 お風呂どうしよう?
「マオ様、お風呂の時間になっているのに行かなくて宜しいのですか?」
百合騎士団の宿舎では訓練後に浴びるシャワールームと違い、お風呂は入浴時間が決められている。
先程鳴った鐘が入浴可能を告げる合図だと僕は小姓のジュリエッタから教えられていた。
夕食の後、それぞれ部屋に戻った僕達三人の新任従騎士。
広い食堂の末席に座った僕は緊張の余り、満足に食事も喉を通らなかった程だ。
だって百合騎士団の騎士達って選ばれた人達ばかりだから美女揃いで凄い華やかなんだもん。
給仕は食堂に勤める人達が対応してくれるから僕達の出番が無かったのは予想外だった。
背後に立っていたりするのかと思ってたから。
「う、うん。 やっぱり先輩達を差し置いて先に入る訳にはいかないと思うし……」
本当は男の僕が女性専用のお風呂に入れる訳無いじゃない。
裸になったら一発でバレちゃうよ。
ここは…… そう言う事にしておこう。
「流石はマオ様です。 でも従騎士ですからエレナ団長が入浴の際にはお手伝いをしなければならないのではないでしょうか?」
ええっ! そうなの? エレナ団長と一緒にお風呂に入るなんて…… そんなの無理無理!
「そう言う訳ですからマオ様のご入浴の際には私がお手伝い致します」
何やら張り切って宣言しているジュリエッタ。
更に無理! ううっ、どうしよう…… 何か良い方法は無いかな。
「実は僕の住むカタリナ村にはお風呂に入る習慣は無いから、可能ならシャワーだけで済ませるつもりなんだ。 だからジュリエッタには着替えとかの用意をして貰えたら嬉しいな」
ちょっと苦しいけど…… なんか凄く張り切っていたのにゴメンね。
「そうですか…… 分かりました」
少しシュンとしちゃったジュリエッタに申し訳ない気持ちでいっぱいになる僕。
これでジュリエッタにバレる事は無くなるけど問題はエレナ団長だ。
僕が裸にならず入浴の手伝いをすれば良いんだけど…… それってエレナ団長の裸を見る事になるんだよね。
女だって嘘を吐いて女風呂に入るなんて騎士として許されるのかな?
でも僕はミオと誓った筈だ、平民出身でも白百合の騎士になれるんだって証明するって!
既に覚悟して踏み入れた道だもん…… 踏み越えて行かなきゃならないよ。
「ねぇ、マオはいるかしら? エレナ団長からの伝言を伝えに来ましたわ」
僕の部屋のドアがノックされた後に聞こえて来たのはアリエルの声だった。
エレナ団長…… お風呂の件かな?
早く来いってお呼びかも…… ううっ……
「うん、部屋にいるけど…… 団長からって何かあったの?」
問い掛けてみたけど答えは返って来ないし、部屋に入って来る様子も無い。
これって…… 入っていいって言わないとダメって事かな?
「アリエル、良かったら部屋に入ってよ。 まだ何にも無い部屋だけどね」
備え付けの家具以外は特に置いていないから殺風景なかんじだもん。
窓にはカーテンすらないしね。
「では…… お邪魔しますわ。 あら…… まだ何も置いてらっしゃらないの? 私の部屋は家具から何から入れ替えましたの。 今度是非いらして下さいませ」
公爵令嬢のアリエルだもん、きっと部屋は高級家具でいっぱいなんだと思う。
えっと…… また黙ったままアリエルが僕を見詰めてるんだけど、これは今すぐに答えなきゃいけないって事かな。
「うん、良かったらアリエルの部屋が見てみたいな。 今度案内して貰えると嬉しい」
上手く笑えてるかな…… 頬が引き攣っている気がしてるけど。
アリエルが満面の笑みで嬉しそうに僕を見ている。
僕が部屋に行くのが、そんなに嬉しいの?
でもアリエルって、あんなに可愛らしく笑えるんだ。
普段は気品溢れる貴族令嬢って感じなのに。
「ええ、宜しくってよ。 何時いらしても構いませんわ。 うふふっ、私の親友の頼みですもの」
凄く嬉しそうなアリエルを見て僕は少しドキッとしてしまう。
なんか…… とっても可愛らしく思えちゃう。
「そうだ! 団長からの伝言って何だったの?」
急ぎの要件だったら大変だよ。
「あら、忘れてましたわ。 お風呂は一人で大丈夫だからマオの手伝いはいらないそうですの」
よ、良かったぁ!
これでお風呂関係の悩みは解消だよ。
「そっか、うん…… 分かった。 わざわざ伝えに来てくれてありがとう。 アリエルはアリサ先輩の手伝いはいいの?」
アリエルはアリサ先輩、ミオはマリアナ副団長付きの従騎士に決まったから、お互いに色々あると思う。
「ええ、必要無いから一人で入ってくれと言われてしまいましたわ。 私も普段はドロシーに手伝って貰ってばかりで、どうすれば良いのやらと思っていましたし良かったですの」
アリサ先輩…… 公爵令嬢がお付きになって青い顔をしてたもん。
きっと困って断ったんだと思う。
「そうでしたわ! マリアナ副団長も一人で大丈夫だと仰っていたので、それをミオさんにも伝えて来なければなりませんの。 まだ話たい事はありますけど…… 行って参りますわ」
遅くなるとミオがお風呂に手伝いに行っちゃうからね。
アリエルが慌てて出て行ったけど…… 侍女のドロシーさんが僕の部屋に残っていた。
「マオ様、今までアリエルお嬢様は友達と呼べるような方は一人もいらっしゃいませんでした。 貴族として付き合いのある方はおられますが、それはうわべだけの浅い付き合いです」
公爵令嬢だもんね…… みんな引いちゃうんだろうな。
そんな話をアリエルがいなくなってから僕にするドロシーさんの気持ちが何となく分かる。
僕にアリエルの事を頼みたいんだと思う。
「僕はアリエルもミオも知り合ったばかりなのに親友だなんて言われて不思議な思いでいるのは確かなんだ。 でもいつか本当に親友だって心から思えるようになりたいと考えてる」
僕の言葉にドロシーさんが嬉しそうに微笑んでいた。
彼女は本当にアリエルの事を大事に思っているんだと思う。
「はい。 アリエルお嬢様やミオ様の目に狂いが無いのは私も承知しております。 ふふっ、これは申し訳ありません…… アリエルお嬢様ったらマオ様の話ばかりしているのですよ」
ええっ! 僕の話ばかりって…… 何をそんなに話す事があるのかな?
初めて出来た親友が嬉しくて仕方がないって事なのかも。
だとするとアリエルには絶対に僕が男の娘だって事は知られたらダメだよね。
僕に騙されていたなんて知ったらアリエルの受けるショックは計り知れない物になると想像出来るもん。
「うん、アリエルを大事にするって約束する」
それがドロシーさんが僕から聞きたかった言葉だったんだと思う。
今の彼女の表情が全てを語っていた。
「では私も失礼致します。 アリエルお嬢様がミオ様と喧嘩などしていないか心配ですから」
クスッと笑いながらドロシーさんは部屋を出て行った。
僕にも何となく想像出来るから怖い気がする。
あの二人は少し張り合ってる気がするもん。
その理由が僕だって言うのにも気付いている。
僕の一番の親友は自分だと言って互いに一歩も譲らないんだから。
そんな二人を騙している事で僕の胸が少し痛んだのは誰にも言える訳が無い。
「マオ様…… どうしてそんなに寂しそうな顔をなさっているのですか?」
ジュリエッタが心配して声を掛けてくれたけど僕はそんな顔をしてたのかな。
「ううん、何でもないよ。 心配してくれてありがとう、ジュリエッタ。 じゃあ、そろそろシャワーを浴びに行こうかな。 準備を頼めるかな」
ジュリエッタに心配掛ける訳にはいかないよ。
もっと心も強くならなきゃダメだよね。
まだ騎士になると言う僕の夢は始まったばかりだもん。
「はい、すぐにご用意致します。 少々お待ち下さいませ」
董で編まれた籠を抱えたジュリエッタが箪笥から僕の着替えを用意して行く。
チラッとピンクの下着が入れられて行くのを見た僕は複雑な気持ちになる。
ベッドには既に寝る時のネグリジェまで用意してくれていた。
僕がシャワーを浴びたら今日のジュリエッタの仕事も終わりって事なのかな。
聞いた話によると小姓達は四人一部屋の相部屋で暮らしているらしい。
団体行動で社交性を学ぶのが目的とか。
漸く一人になれる事にホッとした僕。
でも…… まだ気を抜いたらダメだよね。
脱衣場だってあるんだから…… バレないように上手くやらなきゃいけないんだもん。
用意を終えたジュリエッタを従えて僕が向かうのは戦場にも等しい。
だって…… もしもバレたら僕の命は無いかも知れないもの。