これは僕の物語
第1章 おお、そなたが伝説の…
RPGゲームが好きだ。
昔から友達も少なく、家にこもりきりだった僕にとって、それが一番の趣味だった。
最初は本からだった。両親は仕事、家事をしている祖母は忙しく、自然と一人で遊ぶことが多かった僕は、文字を覚えると、自然と読書に没頭するようになったと祖母は言う。
家という狭い世界に生きてきた僕にとって、本の中はまさに広大な海そのものだった。僕はすぐにその海に魅了された。海は時には優しく、時には荒々しく僕の心を揺さぶった。それは、今まで自分の中だけで自己完結を図ってきた少年にとって、これ以上ない出来事だったのである。
最初は絵本、次に児童文学、大衆小説と読む本は広がっていった。読むものも感動ものからミステリー、恋愛やホラーなど、ジャンルを問わず読みふけった。そんな中で、いつも思うのは、物語の中の様々な場面のことだった。
自分の好きな登場人物たちは、本の中のあの場面で、どんな表情で、どんな声であの言葉を言ったのだろう。想像せずにはいられなかった。そして、その世界にもし自分がいたらどんな行動をし、どんな言葉を発するのか。考えると楽しかったが、妄想に過ぎないのはわかっていた。ただ、いつしか僕は物語を読むだけでは飽きたらず、積極的に関わろうと思うようになった。
そんな中で出会ったのが「ワンダークエスト」である。遊びに来ていた従兄弟が「飽きたからやる。」と言ってくれたそれは、パッケージだけでゲームをよく知らなかった僕をワクワクさせた。
明らかに強大な力を持つであろう魔物に、剣を持った勇者が立ち向かっていく絵。説明書の表紙には、剣を地面に突き刺した勇者が、これから訪れるであろう遥か広大な世界を見つめる絵が描いてあった。
僕はいてもたってもいられず、ほぼ初めてというくらい両親に駄々をこねて、ゲーム機を手にいれた。そして期待に胸踊らせながら、ゲームのスイッチを入れたのである。
そこには、僕の待ち望んだ世界があった。
広大な世界を旅する、その中で出会う様々な人々、展開されるドラマ、衝撃のラスト、どれも胸を打った。ただ、何より僕が感動したのは、僕が望んでいた、物語の中に自分が参加している感覚があったことだ。
もちろん万能に関われるわけではない。大抵は決まった言葉しか周りは喋らないし、主人公が取れる選択肢だって決まっている。それでも自分が起こした行動がゲームの物語の中で息づいているのは、およそ初めての感動だった。
それから僕は、まるでとりつかれたようにRPGをやりまくった。少ない小遣いを貯め、なるべく安い中古品を買い、要らないソフトを譲ってもらった。
人にソフトは借りなかった。自分のペースでやりたかったし、プレイするソフトは、あくまで世界で一人きり自分のものでありたかったから。
感動するもの、ワクワクするもの、爽快なもの、中にはガッカリするものもあったが、終わった時はいつも、自分が物語に関われた清々しさがあった。
これといって誇れる能力や経歴がない僕の唯一の自慢は、自分がやった全てのRPGをクリアしたことかもしれない。攻略本を使わずにだ。
「物語に関わる」ことが大事な僕にとって、間違うことや繰り返し同じ作業を行ったりすることは苦ではなかった。また、頑張れば終わりを迎えることができるというのも、僕の性にあっていたと思う。そうしてクリアしたソフトは、宝石のように、僕の部屋の段ボールに貯まっていった。それらは今陽の目を浴びずに、部屋の隅にひっそりと佇んでいる。
高校進学を機に次第に友達も増え、ゲームをやることも少なくなり、大学への受験勉強を機会にすっぱりとやめてしまった。
あの頃ひたすらRPGをしていた目をキラキラさせた少年はどこかにいってしまい、今は現実に四苦八苦している二十歳を過ぎた男がいるばかりである。
それでも、僕はあの頃のことを後悔してはいない。たとえ人からは無駄な時間と言われようとも、あんなに一つのことに熱中したことは、他になかったのだから。
たとえ現実の僕がただの平凡な人間で、本当は物語の中の伝説の勇者などではなかったとしても。