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第一話 「転生の時」



 何処か水の中にいるような感覚を覚えながら、笹谷源蔵ささたにげんぞうは薄ぼんやりした意識の中で目を開けた。


 そこは紺色の、まるで夜に塗りつぶされたような、何もない空間だった。立っているであろう地面も、遠く青空が見えそうな上も、全てが一色で染められている。


 しかし奇異な状況にあっても、源蔵は不思議と驚きも戸惑いもなかった。まるで、日頃見慣れた景色のように、落ち着きさえ感じる余裕があった。


(しかし暇だなあ……。ええと、これからどうするんだっけ)


 漠然とではあるが、なにか重要なことを忘れているのではないかという違和感が源蔵を襲った。とても大切な……、そう自らの人生にすら重大な影響があるかもしれないほどのなにか。


 とはいえ、思い出せないものは思い出せない。あまり無理するのは好きではない性分もあって、源蔵は溜息をつくと諦めて座り込むことにした。


 地面か床か判別できない紺色の立っていた一面であったが、ついた手の感触からは、若干弾力のある、なめらかな素材であることが分かった。だが、自身の記憶と照らし合わせても、ついぞなんなのかまでは分からず、源蔵は首を傾げた。


 そんな男に声をかける少女が一人。


「あれれ? お爺さん、どうされてされたんですか?」


 声のした方へ視線を向けると、先程誰もいなかったはずの場所に、女の子が立っていた。目を引くのは、腰まで伸びた光沢ある銀色の髪。僅かに赤が入った銀髪は、切れ長の目と合わさり、まるで人形のような美しさを醸し出している。


 華奢な体躯に白のワンピースを纏った彼女は、紛れもなく美少女だった。


 美少女にいきなり気さくに話しかけられた源蔵は困惑したが、何より気になったのは、『お爺さん』という単語だった。自分は年寄りだったのかと思い返すが、まるで靄がかかったようで分からなかった。


 そんな源蔵の困惑した様子を楽しんでいるかのように、少女は口元に手を当ててクスクスと笑っている。


「ごめんなさいね、笹谷源蔵さん。久しぶりのお客様だったので、ついからかってしまいました」


 ぺこりと頭を下げる自身の名を知っている少女に源蔵は困惑し、言葉を返すことが出来なかった。


 そんな彼の様子を気にする様子もなく、少女は自身の胸に手を当て、微笑みを浮かべながら語りだした。


「貴方は生前、笹谷源蔵と呼ばれ、つい先程享年八十七歳でお亡くなりになりました。死因は脳梗塞でした。……身内もおらず孤独な身でしたが、幸いにして安らかな最後だったようですよ」


 少女が源蔵自身すら分かっていない事実を次々と述べていく。真実かどうか確かめるすべのない彼には、まるで実感が湧かず戸惑うばかりだ。


 だが、源蔵自身が認識したことで変化が生じた。彼が自分の体に違和感を感じ視線を手に向けたときだった。三十代ほどの男性の手だったものが、みるみるうちに皺が広がり老人のそれになっていく。手だけではない。背は丸くなり、関節は痛み、視界はぼやけ、頬に手をやると深い皺が刻まれているのが確認できた。手で触れた肌は乾燥し、まるで別物になっていた。


 けれども不思議なことに源蔵は、まるでこの支離滅裂な現象を冷静に見つめていた。まるであるべき所に収まったような、ぼんやりとした自身の輪郭のピントが合っていくような感覚だった。老けていくという多くの人が嘆くような事態でありながら、むしろ喜びを源蔵は感じていた。


「ふふ。喜んでもらえてよかったわ。……やっぱり悲しまれるのは辛いものね」


 源蔵の顔に無意識に笑みが浮かんでいたようで、少女が微笑みを彼に向けていた。


(ふむ。この年になって小娘に微笑まれるというのも気恥ずかしいな。死んだというのに妙なものだ)


 照れてような源蔵の素振りに、少女は更に微笑むという悪(?)循環は、しばしの間続くのだった。


「さて、では本題に入りましょうか、源蔵さん」


 少女が真剣な顔つきに変わり話し始めた。釣られて源蔵も真剣な眼差しを少女に返した。


「死んだ貴方には、三つの選択肢があります。

一つ、天国へ上り楽園へと誘われる。

二つ、輪廻の輪に入り、いずれ転生(人とは限らない)する。

三つ、異世界で新たな生を得る」


 少女は選択肢を数えるように指を伸ばしながら、丁寧な口調で源蔵に説明した。


 ふむと腕を組んで源蔵は考える。死んだという時点で、目の前の少女が神か天使の類だとは思っていたが、まさか次の自分の魂の在り方を決めさせてくれるとは思わなかった。


 時間にして五分ほど経っただろうか。源蔵は答えが決まった旨を少女に伝えると、驚きの表情が返ってきた。


「まさか、今後の長い貴方の魂の生を決めるというのに、こんなに早く結論が出るとは思いませんでした」


「まあ、普通はそうじゃろうな。だがなぜか、じっくりと考えようとしたのに、すぐこれだ! という答えが出てしまったんじゃから仕方ないのう」


 自分のことなのに、あまりに呑気過ぎる返答に呆れ顔の少女。だが、と彼女は思う。これが源蔵の強さなのだと。そして、その強さを存分に活かし、人生を謳歌しきったことを彼女は知っていた。記憶を無くしてなお健在の才に少女は心の中で拍手を送った。


「では、お伺いしましょう。貴方は今後の生に、どのような形を望みますか?」


 凛とした声が何もない空間に響く。その自身に真摯に向き合う姿勢に触れ、源蔵もまた背筋を伸ばし、まっすぐ相手を見据えて答えを述べた。


「儂は新たな人生を、異世界にて挑みたく思います」


 少女は源蔵の眼を見ながら、その内にある覚悟をみた。源蔵もまた、彼女の奥底にあるこちらを試すような意図を見抜き、射殺そんばかりの覇気を込めて見返した。


 数秒の後、先に口を開いたのは彼女だった。


「よろしいでしょう。グランディア・カンパネルリの名において、貴方の転生を認めます」

 凛と澄んだ声が木霊する。それに呼応するかのように、辺りの夜色に染まっていた空間に、ポツリポツリと幾つもの青白く光る球が辺りを照らし始めた。それらの玉はまるで蛍のように源蔵らの周りを飛び回り、無機質だった空間を幻想的な世界へと一新した。


 ほぅと源蔵は息を呑んでその光景に見入る。そして、そんな世界の中にあってもなお、違和感のないグランディアと名乗った少女は、やはり人智を超えた存在なのだと改めて悟った。


「では、源蔵さん。あなたはこれから新たな世界で人生を謳歌するわけですが」

「はい」

「これまでの貴方の前世での功績を称え、私から贈り物を送りましょう」

「贈り物ですか」

 いきなりの提案に困惑する源蔵をよそに、グランディアは変わらず、さえずるように明るい声で続けた。


「ええ。もし希望があれば叶えることも出来ますが、何かありますか?」

「いえ、特にありません」


 源蔵の答えに、グランディアは大げさに呆れたように肩をすくめた。


「ふふふ。本当に謙虚な方なんですね、源蔵さんは」

「そのような立派なものではありません。自らの生は自身で積み上げるもの。そう思っているだけです」


 その回答を聞いて、試すような視線をグランディアは向けていたが、やがて納得したのか頷いた。


「安心しました。貴方のようなまともな人なら、安心して送り出せますね」


 そう言いながら、グランディアは嫌なことを思い出したように眉間に手を当てる。


 どうしたのだろうという源蔵の視線に気づいた彼女は苦笑しながら説明してくれた。


「最近は流行りなのか知りませんが、やたらとチートだの最強だのの能力を所望する人間が多いんですよ。全く困ったものです」

「そうなんですか。それが困るものなんですか」


 源蔵はいまいち得心がいかなかったが、グランディアの苦悩ぶりが少し不憫に思ったので訊いてみた。


「困りますよ、そりゃ。だって、チートですよ? 下手に渡せば世界の理が崩壊しちゃいますよ。それに周りの運命を狂わされる命の多いこと多いこと……」


 そこまで聞いて源蔵は納得できたので頷いた。


「なるほど。確かに皆に都合の良い力などない。自身に都合が良くても、他方にとっては理不尽というわけですね」


 源蔵の答えに、グランディアは涙ぐみながら彼の手を取ると、ぶんぶんと上下に振った。


「ふえぇぇ。源蔵さんみたいな方ばっかりだったら、私も楽なんですけど。……いっそのこと私の部下に転職しませんか?」


 グランディアの軽い調子に冗談だと源蔵も笑う。その様子に彼女も笑顔を浮かべるが、その奥に見えた眼は据わっていて、あながち本気なんじゃないかと思ってしまった。


 やがて、落ち着いた彼女はごほんと仕切り直すと、改めて源蔵に向き直った。


「では、そうですね……。貴方への贈り物は……。そうだ! 『大切な人を護るときにステータスが一時的にアップアップ♪』にしましょう」


(そのネーミングセンスはどうなのか)


 源蔵の視線に気付いたのか、グランディアが頬を膨らませる。その様子だけみれば、年相応の少女のようだ。


「あーーー! その顔は信じてませんね。私の贈り物は評判いいんですよ!」


 さらにへそを曲げてそうなグランディアを宥めていると、天上から鐘の音が聞こえてきた。大きな音であったが、不思議と心が安らいでいくのを感じる。


 グランディアの方を見ると、どこか寂しそうな表情を浮かべていた。


「もうお別れの時間ですね」


 グランディアの寂しげな表情を見て、源蔵は僅かな間の交流であったにも関わらず、心の中に穴が空いたような感覚を覚えた。そう感じられるほど、死してなお幸福な時間を過ごせるとは、自分はなんと恵まれているのだろうか。


「短い間でしたが、お世話になりました」


 源蔵が頭を下げると、少女はとんでもないという風に首を振り、涙ぐんだ眼でまっすぐに見つめた。


「今度こそ、貴方の人生が幸多きものとなりますように」


 少女が言い終えるかどうかということころで、源蔵の意識は深い闇に飲み込まれていくようにぼんやりと霞んでいく。もはや自身の感覚などあってないようなもので、ただ浮かんだ奔流に身を任せるしかなかった。


 そんなあらゆるものが不確かな中で源蔵は思う。最後に見せた彼女の表情こそ、おそらくは彼女の素の姿なのだろうと。儚く可憐な少女は、これからも死した魂を導いていくのだろう。自分はその中の砂粒のひとつでしかなく、なにも返せるものなどないのだ。


 だがせめて、と源蔵は薄れゆく意識の中で、誰にも顧みられることのない少女にこそ、幸多くなりますようにと願ったのだった。





いかがでしたか。まだ始まったばかりなので登場人物も少ないですね。


主人公は今世は源蔵でしたが、来世の名前どうしようか悩み中です。ヤングでナウい名前にしなければ(使命感)


今回登場したグランディアさんもまた出てきますので、要チェックですよ!


それではまたお会いしましょう!


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