008 オウーラ小夜曲
「おかえりというべきかにゃん? <機工師の卵たち>」
「では、ただいま戻りました。ネコアオイ様もご無事で何より」
「ひきこもりだものにゃん。でも、街はかなりの被害をくろうておるにゃん」
「オレたちにできることがあったら言って下さい」
ディルウィードたちは、領主屋敷で姫巫女ネコアオイに謁見した。ネコアオイはカウチに寝そべったまま、ふわふわのしっぽだけ動かして喋っている。
よく見ると彼女のMPは半減している。おそらく昨夜ダメージを受けて回復していないのだろう。
カウチにいるのは身体がだるく感じているのかもしれない。ひょっとすると単に<猫人族>の習性なのかもしれない。そこは後でミケラムジャにでも聞いてみようとディルウィードは思った。
「詳しくは龍眼に聞くがよいにゃん。それにしても前とメンバーが変わっておらぬかにゃん?」
ツルバラは一足先に<la flora>のところに行っている。その代わりに、イタドリがここにはいる。
「彼女は、オレの婚約者。板取花澄美さん。腕利きの<守護戦士>です」
ディルウィードはイタドリを振り返っていう。
「ワタ、ワタ、ワタクシ。空慈雷ちゃんの妻をやらせていただきます。イタドリと申します。妻です。頑張ります」
顔を真っ赤にしながら自己紹介するイタドリに目を丸くしたネコアオイは、思わず吹き出す。
「ぷにゃはは! ちょっと気が滅入っておったところじゃが、吹き飛んだにゃん。この<算盤巫女>が祝福するにゃん」
「ありがとう、ありがとうだよ、姫さまー」
ペコペコと頭を下げるイタドリ。スオウもあやめも嬉しそうに笑う。
「ミケラムジャ! 移動するのも面倒にゃん。龍眼をここに呼ぶにゃん」
ややあって、龍眼が現れた。
彼が現れるまで栴那が<サンライスフィルド>や<ユーエッセイ>の状況をネコアオイに伝えておいた。
「やはり、襲われたのは<ナカス>だけではなかったようだな」
椅子を持つミケラムジャの後に入ってきた龍眼はそう言った。
「お久しぶりでス!」
栴那が代表して頭を下げた。ディルウィードがチームリーダーだが、年上の者の役目と考えているものは栴那が率先してやっているようだ。
軽く手で制して龍眼はミケラムジャの用意した椅子に座った。いつもの学生服のような装備の上から漆黒のローブを纏っている。それを見ると今が非常事態なのだと改めて思わされる。
「兎耳はまだ起き上がれないか」
「それどころか意識すらねえみたいっス」
栴那が姿に似合わない言葉遣いで龍眼の問いに答えた。
「我々<冒険者>と<大地人>。なんら変わらぬのかもしれんな」
「龍眼さん。<常蛾>なんてエネミー、これまでいましたか」
ディルウィードは聞いた。ネコアオイの前なので、ゲーム時代の頃のことは濁して話している。
「いないな。兎耳と話したのだが、敵は<召喚の典災>で月にまつわるモンスターを召喚していると考えられる。つまり今回<ヤマト>各地を襲った<常蛾>の群れは、そいつが召喚したものだ。<常蛾>の本来の居場所はおそらく月」
「それはえらく遠くから来たもんですね。じゃあ第二波まで時間がありますかね」
エドワード=ゴーチャーが髪をかきあげながら言った。
「お前、月から飛んできてると思ってる?」
栴那が鋭く指摘する。
龍眼が説明する。
「召喚というのだから、どこかに魔法陣なり転送装置なりがあるはずだ。<ユーエッセイ>の近くにはそれらしきものがあったそうだな。私の見立てでは<ロングケイブ>が怪しいとみている」
「他にも何ヶ所かあるスかねえ」
栴那が言うと龍眼が答えた。
「まだ確定ではないが、プレイヤータウンが集中的に狙われているらしい。各地のプレイヤータウン近郊にはきっと転送装置があるのだろう」
「え、でも<ロクゴウ>って全然プレイヤータウン遠いじゃないスか」
「それだけじゃない。<神代樹の森>にも<常蛾>の巣があるらしい。<アロジェーヌ17>が先ほど発見した」
「プレイヤータウンとまるで離れた所っスね」
「どうやら、この<ナインテイル>は敵の実験場なのかもしれないな」
「実験場っスか」
「<ナカス>では蟹、<洋上アルプス>では獅子と、他にない敵が確認された。プレイヤータウン近郊じゃない所に拠点があるのも、ひょっとすると<ナインテイル>全域を焦土と化す気なのかもしれん」
「それは<大地人>だけを狙ったものなのだろうか」
ゴーチャーは言う。
「兎耳も同じ状況ということは<冒険者>もきっと油断してはいられないだろうな」
「龍眼さん。<ナカス>はどう動いているんです?」
ディルウィードは聞いた。
龍眼は半眼に目を開く。その目には怒りが孕まれている。
「<ナカス>はこの非常事態に対して全門戸を閉ざした」
「え! どうして!」
ディルウィードたちがざわめく。
<ナカス>を占領する<plant hwyaden>から、今朝方、各方面へ通達があった。
「昨日夕刻より<ナカス>に居住する<大地人>を狙ったと思われる大規模なテロ行為が発生した。我々は一丸となり、この非人道的行為に対して敢然と立ち向かわなければならない。
一方で、この<ナカス>は、<衛兵>が襲撃されるという未曾有のテロ事案に直面したばかりであり、<猫妖精族>による拉致という脅威に晒されているのもまた事実である。
その中で、今回被災した市民の安全を確保しなければいけないという非常に大きな課題を迅速に解決するためにも以下の決断を下す。なお、設定した期限までに事態の収拾をみない場合は、期限の延長もやむを得ないものとする。
記
本日正午より、三日間<ナカス>の全門戸を閉鎖する。
これにともない、大神殿、ギルドホールは使用が不可となる。
また、港湾市場、商店街等の活動が制限される。
閉鎖期間中に使用したものは、テログループとの関わりを調査するため拘留する。
以上」
ディルウィードたちは通達文書を読んで批判の声をあげた。
「なんスかコレ!」
と栴那。あやめも叫ぶ。
「<常蛾>をまさかのテロ扱い!?」
「<ナカス>は、何もしないってこと? ってこと?」
イタドリが不安そうにディルウィードに聞く。ゴーチャーが顎のあたりをいじりながら呟く。
「鎖国、かよ」
ディルウィードは結論づける。
「だろうね。でも、それよりもっとやばいんじゃないかな。事態解決までの経済・金融封鎖なんて。長引けばどこの商家にも影響が出るでしょ」
龍眼も言う。
「これは、<ナカス>からのクエストとみるべきだろう。我々の経済活動を人質としたクエストであると」
ネコアオイは言う。
「そこがこの<ナインテイル>の闇だにゃん。全<ナインテイル>民の危機であるのに結束しあえない。悲しいことだにゃん」
空気が暗くなったと思ったのであろう。ネコアオイは話を無理やり明るい方向に変えた。
「ま、情報だと父上殿が<ナカス>から北上して避難してきた市民たちに、格安で支援物資を提供してるから、うちはまだ儲けさせてもらうにゃん」
「ツルバラくんには、船で待つように言っています。龍眼さん、他に合流する人がいるんですよね。移動しませんか」
ディルウィードがすすめる。
「軍師さま」
ミケラムジャの声がした。龍眼への合図のようだ。
「ああ。どうやら到着したようだ。我々も急ごう」
■◇■
甲板の上に集まった顔ぶれを見て、ハギやシモクレンなら即座に喜んだかも知れない。ディルウィードたちにとっては初顔合わせなので緊張を強いられた。
「春が来た来た 春が来た 張るは初顔緊張の糸 春に張るのは薄氷 凝りに貼るのはサロン●ス ソーネソーネソリャソウネー お初にお目にかかります。我らオヒョウと愉快な仲間たち一座でございます」
場を和ませたのは坊主頭に眼鏡の男性。
「ぬぐぉ!? 俺ら一座扱い?」
うろたえたのは腰に拳銃を差した男性。
「風にでも聞くといい。妄想屋」
にべもなく言い放つ赤いマントに仮面の男性。
「異存はないけど、もふもふ一座というのも捨て難い」
シロクマを撫でながら言うのは、六体姫の異名を持つ女性。
「<一座ツタノハ>とかどうですかねえ、スプさん」
眼鏡を光らせて提案する小柄な女性。
「やっぱり【工房ハナノナ】を意識したりしてます? ユエさん」
拳法着を纏った長髪の男性。
彼らは<ナカスオーバーフロー作戦>で、一翼を担った者たちだ。
ディルウィードたちは丁寧に頭を下げた。
「そんなにかしこまらなくても、ボクらは兎耳の旦那の金でパーッと飲ませてもらっただけだ!」
妄想屋の物言いに一同は笑った。
「彼らは、君たちがこちらに来るにあたって刀匠殿が手配した増援だ。腕は折り紙つきらしい。そしてこちらは知ってるな、ディルウィードくん」
まさにゲームからそのまま出てきたような美形の魔法剣士を龍眼はディルウィードに引き合わせた。
もちろん見覚えがある。ディルウィードが最も影響を受けた<冒険者>の一人だ。
「アリサネさん!」
「やあ、出印度くん」
「覚えてくださ、え、今微妙に違ってたような」
握手しながらディルウィードはたじろぐ。
「だーかーら、人の名前はステータス画面で確認しなさいっていつも言ってるでしょ。アルミン」
「ク、クロたん」
アリサネの尻辺りを叩いたのは、ゴシックドレス風の装備を纏った幼女だ。
「私は、クロガネーゼ。アルミンの許嫁よ。あなたとはこの船で一度会ってるわ。クラゲにやられて早々に脱落したけどね。すず。水をちょうだい」
「は、はい、お嬢様」
弓巫女すずもディルウィードは知っている。<フォーランド>でともに戦った仲だ。
「そろそろ船、出していいっすかー!?」
ツルバラの声だ。
「あと二人来る」
龍眼の声の通り、桟橋から近づく小船があり、そこには二人乗っている。ツルバラは縄ばしごを下ろす。
「もっとさー、縄ばしごとかじゃなくて<鷲獅子>とかないの!? 脅迫してきた上に肉体労働させられるとかマジないわ」
文句タラタラに現れたのは、ツインテールと眼鏡がトレードマークの<アキヅキ>の若き天才軍師カーネリアンだった。
その横に護衛のように立つ仮面の男がいる。みな反射的にステータス画面を確認した。
「え! ゴッド、職業<喧嘩屋>って、例の!?」
シロクマを撫でていた櫻華の手が止まる。
「<ワンハンドゴッド事件>の渦中の人物じゃないですか。でも、どこかで見覚えが。おいアンタ、仮面取ったらどうなんだい」
自分が仮面を被っているのを棚に上げて、風神スズは言った。
片手に分厚い装備をつけた男は仮面を外す。
そして、不敵に笑う。
ああ! という声が漏れた。
「<廿鬼夜行>のサタケさんじゃござんせんか!」
オヒョウが驚く。
「<不退狼>の旦那だったのかよ! どうやってメイン職変え、あれ? サタケ/武闘家/狼牙族/男、あれ?」
妄想屋は目をこする。さっきまで名前も職業も違ったはずだが、と喉のところまで出かかったが見間違いかと一旦思うと、そうとしか思えなくなってしまった。みんな同じような表情をしていた。
「役者が揃ったな」
龍眼は言った。
■◇■
ディルウィード、ツルバラ、スオウ、あやめ、ゴーチャー、栴那の<機工師の卵たち>六人とイタドリ。
オヒョウ、妄想屋、風神スズ、櫻華、ユエ、スプリガンの<オヒョウと愉快な仲間たち一座(仮)>六人。
龍眼、カーネリアン、サタケ、アリサネ、すず、クロガネーゼたち六人。
計十九人は<la flora>に乗り、<悲しき祈りの園オウーラ>と名を変え、レイドゾーンへと変貌を遂げた地を目指す。
この辺りは<リューゾ家>の領地であるが、彼らはほぼ<大地人>であったため、昨夜龍眼の連絡を受けて軍船で海上へと避難している。
ツルバラは万が一のときのために、船に残った。
残る十八人は<オウーラ>攻略を始める。
前日、<常蛾>による襲撃があったのは日没後だ。龍眼は今回も日没後を警戒すべきだと言った。だが、幸い日没までは時間がある。
ディルウィードは考える。
先鋒を<オヒョウ一座>、後衛を<龍眼組>が受け持つ。中堅を任せられたからには隊列が長くならないようにしなければならない。この十八人は<機工師の卵たち>を除いては上級<冒険者>だ。
先鋒と後衛が上手に連携がとれるならば、そうそう簡単に戦線は崩壊しないだろう。
幸いツルバラと入れ替わったイタドリは戦い慣れしている。
恐ろしい速さで突き進む先鋒隊を、ぶんぶんと新武器<穂首刈り>を振り回しながらイタドリは追う。ディルウィードたちはとにかく猛ダッシュで食らいついていけばいい。
「ひよっこたち、やるじゃないの」
カーネリアンがつぶやく。
港周辺のモンスターは粗方討伐した。後衛は側面からの奇襲や、包囲攻撃を警戒しながらすすむ。万が一の退路を確保する心配はない。転移呪文を使えば船のあるところまでは戻れるはずだ。
西洋風の庭園の一角で途中休憩のために合流する。
ここまでは楽勝だった。しかし夕刻がくる。
陽が落ち、<常蛾>や<月兎>、そして<汐招蟹>が加わった。
それでも<冒険者>側の優先は変わらなかった。
誰もが勝利を確信していた。だが―――。
日没後一時間ほどして、突然戦況が変わった。
モンスターの数が急激に増し、おそろしく強く感じられはじめた。
恐れていた挟撃に遭い、あやめとスオウがロスト。栴那をかばってゴーチャーもロスト。対応に追われた後衛のクロガネーゼもロストする事態に陥り、休憩ポイントまで退避したが敵の増援は止まらず、撤退を余儀なくされた。
<la flora>で海上へ逃げ延びると、<常蛾>が<ナカス>目掛けて飛んでいくのが見えた。
名軍師を二人も擁しながら完全敗北を喫したのだ。
その後、<ロクゴウ>からも同様の敗北の連絡が届いた。
龍眼は甲板から月を見上げて呟いた。
「何がやつらをあそこまで強大に変えてしまったんだ。我々は何を誤った?」