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007 悔恨呪

「カイコンジュ?」


朝を待って、ボクとトキマサは<ギエン>の庵に寝かせた塾生たちの看病をした。一仕事終えてボクたちは水を汲みに行った。


「そう、悔恨呪。聞いたことない?」

「さあ。何ですか、舞華先生」


今日は彼に合わせて同じ大きさの桶に水を入れて運ぶことにした。ボクのことを語るのはいささか恥ずかしいのだけれど、いつも馬鹿力を出す女なんて思われたくなかったのだ。


「リーダーさんが<大地人>の傭兵さんにかけられてたみたいで。トキマサくんだったら分かるかもって」

「何故ぼくだったらわかると?」


トキマサが少し悲しげに瞳を伏せた。こうして見ると彼、睫毛長いなあ。


「あ、いや、気を悪くしたならごめん。ボク、まだこっちに<大地人>の知り合い少なくて。女子寮の子たちも、ロセさんも倒れちゃって。トキマサくんにしか聞ける人がいなかったの」



「ああ。ぼくは疑われているのかと思いました」


その言葉でようやくトキマサの気持ちを察することができた。

彼の心を占めているのは罪悪感だ。

ボクは以前、インタビューしているときに同じような状況に陥った人に出会った。


小説の題材にしようと、とある事故の被害者に直接話を聞きにいったときのことだ。彼女はその事故で婚約中の彼を失っていて、非常に辛い取材だったのを覚えている。

彼女は事故を起こした責任者への憤りを語るでもなく、事故の状況を語るでもなく、ただただ自分自身が生き残っていることを悔やみ責め続けていた。

このような心理状態は「サバイバーズ・ギルト」と呼ばれている。


トキマサがその状態に追い込まれても仕方ないかもしれない。<ギエン>の塾生は、トキマサを残して全員、<常蛾>の攻撃で倒れてしまったのだ。


昨日の夕方、ハギさんから連絡を受けて<ギエン>の塾生に屋内に退避するようにボクは指示を出した。

この後彼らが取った行動は、ボクらの考えとは真逆だった。

自分たちの危険をかえりみず、近隣の住民に屋内へ避難するよう駆け回ったのだ。


「そのようなことは、ボクらがやりますから、みなさんは退避してください!」

「自らを助けざるものは滅びぬべし!」


(自らを助けないものは滅びてしまうにちがいない)というロセの強い口調に押し切られる形になったが、<大地人>の気概をボクはその言葉に感じとっていた。


後々考えると、ロセの行動は「お騒がせ系NPC」の代表かもしれないとも思えた。

ゲーム時代、自ら事件に首を突っ込み、被害を拡大し、結局<冒険者>が後始末するというパターンのイベントを起こす人物を指してそう呼んだ。

しかし、その時ボクは彼の行動に素直に感動した。彼の行動は心から尊敬できる行動だと思えたのだ。


<サンライスフィルド>に訪れた蛾は、十から二十体。そのうちの大半が桜童子のエンカウント異常に引き寄せられていたから、町の中を飛び回っていたものは僅かだろう。

とはいえ、<ギエン>の塾生たちの声かけがなければもっと被害が拡大したおそれがある。

<サンライスフィルド>の家々は気密性が低い。あったかいからスカスカなのだ。そこで、地下室や浴室、なければ家の中央部に避難するよう声をかけていたのだ。ボクだけなら、そこまで気がまわらなかった。


彼らの勇気ある行動で町は守られた。だが、蛾は彼らを許さなかった。

四方八方に散った彼らを、ボクはトキマサ以外誰ひとり救えなかった。ボクには<盗聴取材>という特技があったにもかかわらず、無力だった。塾生たちの悲鳴を聞くだけで何もできなかった。

糸柳のような枝を揺らす枝垂れ桜の下でロセが<常蛾>に襲われ倒れるのも間に合わなかった。


「リーダーさんは―――、桜童子先生は平気なのですか?」


トキマサの声にはっと我に返る。

ボクが無言になったので彼に気を使わせたのかもしれない。

「あ、うん。<ギエン>のみんなと一緒だよ。昏睡してる。リーダーさんの場合、みんなみたいに蛾の突撃数回食らって昏睡したってわけじゃないのがねえ。多分その、<悔恨呪>って呪いが極端にバッドステータス攻撃への耐性を下げてるのだと思う」

「魂が抜けやすくなってる?」


言葉が通じなかったようだが、イメージは通じたらしい。よく良く考えれば、むしろトキマサの言葉の方がしっくり来るようにも思える。

<常蛾>によって昏睡状態にある人々のステータスを見ると、MPが一を指して止まっているように見える。

注意深く観察していれば、MPが実は残量〇まで低下しているのが分かる。残量〇から一まではすみやかに回復するのだが、そこからはゆるやかに自然回復する。しかし、二まで回復する前に再度〇まで減少するというのを繰り返しているのである。

残量が〇になると人々は昏睡状態に陥る。つまり被害者たちは、この<常蛾の眠り>によって断続的な昏睡を繰り返しているのである。


桜童子は<魔法職>であるから、MPの回復には人一倍気をかけている。回復用の装備を纏っていても、このMPの減少は避けられなかったようだ。


いくらバスタブに湯を注いでも、栓が抜けては湯を張ることはできない。それと同じことが桜童子の身に起きていると考えられる。


<常蛾の眠り>がバスタブから湯を汲み出す行為に例えられるとするならば、<悔恨呪>は汲み出す者が現れると風呂底の栓を抜きはじめるという行為に例えればいいかもしれない。


トキマサはこの湯のことを魂と呼んでいるのだ。ボクたちはバスタブ自体を<最大MP>と呼び、湯を<MP>と呼ぶ。

以前、星の夢で出会った女性は<典災>が<エンパシオム>を狙っていると言っていた。<常蛾>が<召喚の典災>の使い魔ならば、狙われているMPこそが<エンパシオム>ということになるだろう。


「リーダーさんを復活させるには、風呂の栓をしめるかお湯ドロボウをしょっぴくかしかないね」

「はい!?」


突然ボクが言ったので、トキマサは混乱したようだ。

だからボクは言い添えた。

「リーダーさんのことは心配してもはじまらないって話。ボクは君を守るよ」


きっと第二波がくる。それに備える必要がある。

「舞華先生。試したいことがあるんです。布を一緒に調達してもらえませんか」

トキマサはボクにそう言った。


■◇■


「ユイ、私、やっぱり一緒にいけない」


ユイはサクラリアを真剣な表情で見つめた。

「姉ちゃんがそうしたいと考えてるなら、オレは止めない。でも、理由を聞いてほしいんだろ? いいよ、姉ちゃんの話を聞くまで出発しないから」


サクラリアは頷いた。

「私はユイのことが好き。いつも一緒にいたい。その気持ちは絶対だから疑わないでほしい」

「大丈夫。オレは姉ちゃんを信じてる」

「うん。でも、聞いて。私はにゃあ様のそばを離れられない」


ロビーのいつものテーブルで、いつものように向かい合わせで話しているサクラリアとユイの二人。周りが慌しく準備に駆け回っている中、二人だけが切り取った時間の中にいるようだ。

やがてユイの手が動き、テーブルの上に置かれたサクラリアの握りこぶしにそっと重ねられた。


「やらなきゃいけないこと、見つけたんだね。姉ちゃん」

「ユイ、必ず帰ってきてね」

「オレは【工房ハナノナ】を生きる場所にしたんだ。心配ないよ」


サクラリアは上目遣いにむくれてみせる。

「そうじゃなくて、私の元に無事に帰ってきて」

「う、<冒険者>の言葉、難しいな」

サクラリアから手を離し、たじろぐユイ。その手を今度はサクラリアが手を取って重ねる。

「ユイはこの世界を守る人になるの。だから、私のためのユイでいてなんて言えないし、言っちゃいけないと思うの。でも、少しだけわがまま聞いてもらえるならば、帰って来る場所は私であってほしい」


サクラリアはパッと手を離しておちゃらける。

「あはははは。なんて言ったら重い?」


ユイはひどく真剣な表情で答える。


「重いな。とっても重い」


ショックで一瞬固まったあと、その場の空気を変えようと思ったサクラリアは猛烈な勢いで喋った。


「だ、だよねー、いやいや、私もさ、自分で言っててこりゃ重いわって叫びそうになるくらい重いっておもったんだよね、うん、いやいや、本気じゃないよ、うんMAJIDE。やっぱさやっぱさチャラいくらいのもどうかって思うのだけれどもユイがそういうのいいなあって思うんだったら私もキャラ変するくらいの善処はいたしますですよ。たとえばねたとえばえっと、ユイが帰ってきたらアッツアツのボテト口にねじ込むのと私の唇どっちがいいとか聞いたりして素っ気なくポテトって言われてもてっひーやっぱポテトさんには敵いませんやとおでこ叩いて舌を出すくらいのチャラさを身に付ける準備はあるのですよ。いやいや、ともかくおみやげはむじこでいいのよヴィバーナムむむぎゅ?」


サクラリアは目を丸くして、目の前のユイを見つめた。

ユイの唇のぬくもりが残る部分に指で触れて、サクラリアは息を止めた。


まっすぐ立ち上がったユイはにっこり笑って言った。


「姉ちゃんとの約束、オレは何より重く受け止めたよ。絶対姉ちゃんの元に帰ってくるよ」

「は、わ、じゃ、帰ったら、リアって、名前で呼んで、もらえますか」

「うん。いいよ」


サクラリアはユイの唇の熱が払えずに、ぼーっとしていた。

唇が触れたのはおでこだったのだけど。


やっと正気に戻ったのは、シモクレンに背中をバシンと張られてからだ。

「にゃあちゃんのこと、頼んだで!」

「は、はいな!!」



<ユーエッセイ>には、ハギ・ユイ・シモクレンが行くこととなった。<アキヅキ>から<ノーラフィル>を貸してもらえるようになったとはいえ、まだ七人。途中で人を増やす必要がある。

交渉のためにはサブギルであるシモクレンが出張ることも必要と考えられた。

サクラリアに全ての思いを託してシモクレンは出発した。他の誰よりもここに残っていたかったに違いない。


額の熱に託した願いがあり、背中の熱に託された思いがある。

サクラリアは気持ちのスイッチを切り替えた。


「バジルさん! イクスちゃん! にゃあ様の身体をホールに運ぶから手伝って。悔恨呪の対策をはじめます!」

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