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006 第一波

陽が沈むと、大量の蛾が舞ってきて鱗粉を散らした。

その光景は、銀の星の光を砕いて空に撒いたように見えた。

その時、【工房ハナノナ】には大きな幸運とそれと同程度の混乱が降り注いでいた。



テレビ、電話、インターネットなどの情報ツールが不足し、都市間移動もままならないこの世界において、正しい情報とは貴重な価値をもつ。

特に、新しいクエスト、新しいアイテム、新しい生物、新しい特技、新しい疾病の情報は、それだけでも高値で取引されることだってある。


信頼できる情報筋を確保するというのは大変であり大切なことである。


商業系ギルドの中には<通信系><情報系>を名乗るものたちも現れた。彼らは本業の傍ら、情報を収集したり伝達したりすることで収入を得ている。

情報をもつ者は重宝がられる判明、危険とも隣り合わせである。


それまで相容れなかった、それどころか「脳筋」「ガリ勉」と互いを罵りあい忌避し続けた戦闘系ギルドとも手を組んでネットワークを広げ始めていた。



<アキバ>の大手ギルド<第8商店街>も、それまで独自に経営していた配送グループを買い取り<通信系>として編成し直した。いよいよ<ヤマト>全土を視野においた商売に打って出るための布石といえるだろう。

傘下に入ったグループは、移動や警備の面でのメリットがあるため、これを歓迎していた。


<第八商店街>のギルドマスターであるカラシンが立ち上げに関わった<猫人族>を中心とする運送会社、<黒猫配送サービス>も<第ハ商店街>のグループ企業として位置づけられた。


その<黒猫配送サービス>の一員、クロネッカ=デルタは<パンナイル>領主の書状を携え、<第ハ商店街>所属の<冒険者>とともに【工房ハナノナ】の元を訪れた。



これが【工房ハナノナ】に降り注いだ幸運の一つである。


<アキバ>と<ナインテイル>には若干の時差がある。

<エルダーテイル>をプレイするとわかるが、日没直後に<アキバ>から<ナカス>へ都市間転移をすると、まだしばらく夕陽を楽しめる。

プレイヤー間の会話で、数分程度粘ることを「ナカスで夕陽と洒落こみますか」「じゃあナカスで」などと言うことがあるが、その由来はこの日没時刻の差から来ている。


この時差こそが幸運のカギである。

その間に【工房ハナノナ】は、クロネッカと<第ハ商店街>の<冒険者>によって、生の情報を得た。

「プレイヤータウンにおいて、何者かの攻撃により多数の<大地人>が昏睡状態に陥った」という情報を事前に掴むことができたのだ。



「な、なんか、警護についてきた人の話によると、最初に<ナカス>が、続いて<ミナミ>で同じ現象が起きてるらしいにゃっす」

クロネッカも異常事態に慌てていた。仕方ない。自分も<大地人>だからだ。

「<エッゾ>は?」

シモクレンが聞く。

「ちょうど誰も行ってなくて。連絡待ちにゃっす」

「大都市だけ?」

「不明にゃっす。でも、<ヨコハマ>の方は被害が少ないとは言っていたにゃっす」


シモクレンは桜童子を向いた。

「これってやっぱり敵襲?」

「だろうなぁ。獅子や蟹が出なくって幸いってとこだろうな」

「獅子? 蟹?」


もう一つの幸運は、プリムラ=ジュリ=アンやたんぽぽあざみによるおおよその情報を得ていたこと。

「敵は<召喚の典災>。能力は月にまつわるモンスターを召喚する能力と思われる。蛾ってのが分かんなかったが、おそらく嫦娥のことだろう」

「嫦娥?」

「月の女神さんだ。でもそんな美女をたくさん呼ぶわけにもいかないんで、女王蛾でも呼んだんじゃねえか? クロネッカくん。この書状はそういった情報が書いてあるのかい?」

「聞かされてないにゃっす」

「そうか。おいらこれ読んでくる。レンは<施療神官>のネットワーク使って情報収集たのむ。ハギ、とりあえずみんな集めて状況を説明してやってくれ。舞華にはできるだけ早く<ギエン>の<大地人>を屋内に入るように指示。あと、ユイとイクスもな」


さらに幸運があるとすれば、春先に<ナインテイル>の<施療神官>が集まって<花粉症対策ネットワーク>なるものが立ち上がっていたことだ。

この冗談のような組織は、もともとは<ロカの施療院>への賛同や義援金を募るため集められた会である。いかんせん遠方なので支持はできても派遣はできない。金だけ巻き上げられたような気分になったわけではあるまいが、参加した<施療神官>たちはせっかく顔を合わせたのだからとお互いをフレンドリストに登録しあった。


何かあったら連絡しあおう、何かって何? 花粉症とか? という会話の流れから<花粉症対策ネットワーク>という通称で呼ばれるようになった。細々としたつながりではあるが、こういう危機でこそ有効だろう。シモクレンは三人ほどに警戒情報を流した。「昏睡の原因が分かったら、シモクレンまで情報がほしい」と付け添えた。


この付け加えの一言が、その後数時間の混乱の原因の一つとなってしまう。

連絡網を作っているわけでもない。そもそも善意の人の集まりである。情報の重複を恐れるより、情報の届き損ないを心配する人たちである。黙っていても連絡は返ってくるはずであった。しかし、シモクレンと名前を出したことによって、情報センター化してしまったのだ。

そのため、どんどんと同じ情報が入ってくることになる。


「モンスターの名前は<常蛾>」

「大型の蛾の姿をした<飛行>型エネミー」

「<エッゾ>でも確認」

「鱗粉を吸引するとMPが低下」

「吸引せずとも浴びただけでMP低下」

「MPは継続的に低下し続け、1になると昏睡」

「屋内にて昏睡者発見」

「<付与術師><施療神官>の施術も効果なし」


全て伝聞情報で重複するものが多いが、事態が明るみになってきた。対応に追われるシモクレンに怒号の念話が入った。


(合流まだなの!? 蛾がぶんぶん飛んで<ユーエッセイ>は壊滅状態よ! 姫さまはなんともないけど、守る人が全滅よ。モンスターきたらココおしまいだから! アタシら街道で警戒態勢敷いとくかんね!)


あざみだ。取り急ぎハギを中心に<ユーエッセイ>へ派遣するメンバーを決めねばなるまい。いつもなら桜童子が動いているはずだが、他に手がかかる何かあったのかもしれない。そうなればサブギルの出番だ。

だが、連絡は途切れる様子がない。


続いてパニック状態のフルオリンから念話が入る。

(うさちゃんどうしてる!? ふわふわでもこもこなうさぎちゃん! なんか杵もってしゅっとしてるやつじゃない方! )

「ちょっ、ちょっ、ちょっ! りんたん落ち着きぃな。どしたの」


(どしたもこしたもありゃしませんがなー! ピンチピンチミラクルピンチだよ! <機動戦線アマワリ>のみんながすやすや寝ちゃって壊滅状態なのよー! 龍ちんはなんかやたら忙しそうだし、うさちゃん念話出ないし! んもー! パニーック!)

「わかったわかった。逆におかげで落ち着いたわ。にゃあちゃんの様子見てから連絡するわ」

(レンたん愛しとーと!)


直後に龍眼からの連絡が入る。

(兎耳との念話の途中で<ナカス>に敵襲があった。そちらの状況が知りたい。兎耳と連絡できないのだ。何があった)


「今調べるわ。ハギさん! <ユーエッセイ>に行く人の編成お願い!」

シモクレンはロビーに声をかけて桜童子の部屋を目指す。男性陣の部屋は元々スタジオがあった大きな空間に新設した二階部分だ。


(<機工師の卵たち>の貸し出しを要請しようと思う。<不死者たちの騒乱事変>鎮圧の立役者だからな。明日の朝にはパニックが広がるだろうが、彼らの存在は精神的な支柱となると思うのだ。大丈夫だろうか)


「そこら辺はにゃあちゃんに聞かんと何とも」

通路から階段をのぼり、キャットウォークを渡る。左奥の桜童子の部屋の扉を開く。


「にゃあちゃん!」


シモクレンは念話の最中であるのも忘れ、大声で叫んだ。

簡易ベッドの上に横たわるのは、投げ出されたぬいぐるみのような姿の桜童子だった。ベッドの側では膝を抱えるようにしてうずくまる<羅刹>の姿がある。


「にゃあちゃん! 起きて、にゃあちゃん!」


(どうした、平気か。何が起きている)

「傷が開いてる。それに、まったく目を覚まさない! にゃあちゃん!」



はじめて鱗粉が<ヤマト>全土をおそった夜。

【工房ハナノナ】リーダー桜童子の肉体は昏睡状態に陥った。

<第一波>での<冒険者>の犠牲者は桜童子ただ一人であることを、このときはまだ、だれもしらない。




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