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015 アルクィンジェ・ドロップス

<ナカス>の門の内側では、ラオコーンたちの要請で二百の兵を待機させることができた。だが、この中で戦闘系<冒険者>を名乗るものなどごくわずかだ。


多くは商業系<冒険者>に、雇われ<大地人>、戦力と呼ぶにはあまりに弱すぎる。急襲部隊で下戸なものが数名加わっているが、<オイドゥオン>家の精鋭四十八人には歯が立たないだろう。


戦闘に関しては、レベルがものをいう。いい戦いが出来るのは、数人に限られるであろう。ラオコーンは、シャドーマンの敵情報告を聞いて、そう判断した。


床机に腰掛けてラオコーンは策を練る。


打って出たとして、じわじわと後退し門の内側に導いて<衛兵>にとどめを刺させる策しかないだろう。それならば、いっそここで待機を続け、焦れた頃を狙うべきだ。

いや、向こうが大量の兵糧を用意していない以上、このまま待機で十分だ。


待機ならば、権帥に報告する必要はない。


「隊長! <オイドゥオン>家との間に不審な人物が四人現れました」

ラオコーンに報告が入る。ラオコーンは、眉を顰める。

「四人? シャドーマン殿、式神で確認を」

「了解した」



しばらく待つ間、ラオコーンは目を閉じていた。街には都市結界というものが張られているという。それはおそらく人類を守る砦。外敵となる異生物に対してであって、城攻めしてくる人類に対する防御策ではないはずだ。


やって来た四人というのが気にかかる。<オイドゥオン>は増援を待っているのか? 四人はどんな装備を持っている?

場合によっては、こちらから打って出なければ、手遅れになる。

権帥に報告すべきか。


シャドーマンが状況を伝えはじめる。

「ひとりは、手配中の<森呪遣い>『シュテンドUG』」

ラオコーンが目を開ける。

「逃亡者が<オイドゥオン>家に泣きつくつもりか」


だが、その後の報告でラオコーンの額に血管が浮かび上がる。

「ひとりは、子どものようだ。『火雷天神』。妙だがそんな名前だ。そして、女羅刹。二人ともシュテンドの使い魔なのか。<羅刹>の名は『桜童子にゃあ』」


「桜童子だと!?」


ラオコーンは床机から腰を浮かす。

「やはり<衛兵装備紛失事件>には、あの画家が関わっていたか!」


シャドーマンの報告は続く。

「そして、もう一人。<召喚術師>ロエ2」


その時、<ナカス>近くの森から極彩色の鳥たちが危険を察して一斉に飛び立った。

<ナカス>の空をショウジョウトキらしき朱の羽根の鳥が空を覆うのは幻想的な光景だった。


その朱の幕が開けたとき、純白の六枚羽が幻のように空を覆った。



■◇■


桜童子たちが睨み合いの中心に飛び出そうとした時、虚空から一人の女性から降ってきた。

桜童子が身を捻って着地したので、襟首を掴まれていたシュテンドも<火雷天神>も喉が絞まってゴホゴホと咳き込む。


「扱いが荒すぎるぞ、愚か者め。ごほ、な、なんじゃ、このおなごは。どこからわいてきおった」


白いローブに身を包んだその女性は、膝をついて悔しそうに地面を叩く。

「また、お姉ちゃんは妹を救えなかった」


「娘さん、どげんしたとね。ここは直に戦場になるったい。こがんとこにおったら危なかばい」

シュテンドが優しく声をかけると、血のように真っ赤な瞳を向けられたのでわずかにたじろいだ。

「ああ、すまない。状況の把握に混乱を来たしてるんだ」


女性は丸眼鏡を深くかけ直し謝った。言葉遣いは奇妙だがよく見れば美しい顔立ちだ。白皙紅眼は<吸血鬼>の特徴である。はにかむように笑うと八重歯も見える。


シュテンドの「あんたは誰ね。どこからこらしたとね」という問いかけと、「私は何処に放逐されてしまったのだ? この三人はその問いに対する答えを有しているのか?」という女性の呟きが重なってしまった。


一瞬の沈黙の後、<吸血鬼>の女性は朗らかに自己紹介をはじめた。

「私はロエ2。日光を愛せないこの身体と決別するため、<イコマ>に到ったが、ご覧の通りこんな所に放り出されてしまった。さあ、次は君たちが答える番だ。ここは一体何処なのだ」


「ここは<ナカス>ばい。右手に見えるのが、<ナカス>の南門ったい。左手に人ば群がっとらすでしょ。あれは<オイドゥオン>家で、<ナカス>を攻めに来たらしかっちゃん」


「君たちはどちらを味方するのだ」


「待て待て待て、今度は俺らん番ばい。アンタさっき、妹がどうした言っとったばってんが、どぎゃんしたとね」


シュテンドはどうやら面倒見の良いところがあるらしく、相手の質問を遮ってまで事情を伺おうとする。ロエ2はそれを不快に思う様子もなく微笑みながら答えた。


「ああ、君たちに聞かれていたのだな。私は妹を守れなかったのだ。妹と言っても血のつながりがあるわけではないのだけれど、迷宮に暮らす<大地人>の少女がいてね。彼女を襲いに来る敵がいるんだ。妹を守るのはお姉さんの役目だが、妹は二度も殺された。私の目の前で。そして私は敵にこんな所に放り出されたのだ」


「妹さんを二度殺されたって<大地人>でそんなことあっとかい!?」

「アルだろうね。妹さんは<真祖>と呼ばれていなかったかい」

混乱するシュテンドに代わって桜童子が訊いた。


「おや、妹を知っているのだね。何だか奇妙な縁を感じるよ」

ロエ2が微笑んだので、シュテンドはこっそりと<火雷天神>に、<真祖>とは何か聞いた。


「鬼よ。<イコマ>、<吸血鬼>、<迷宮>と来たら<真祖>であろう。<真祖>とは<吸血鬼>の祖。妹というが大層長い間生きておろうから、多少切ったくらいでは死なぬわ。そんなことわしでもわかるぞ。学ぶが佳い」


ひそひそとしゃべる<火雷天神>をちらちらと見つめるロエ2。心なしか頬も紅潮しているように見える。


「というわけで、私は今酷く落ち込んでいる。いや、それは最適な解ではない気がするな。今、私のこの身体の中には、高熱源があると想定する。それが全身の血液を沸騰させ、細胞の隙間から盛んに蒸気を漏れ出させ、体内に充満して内圧で破裂しそうだという表現が近い気もする。更に言うなら漏れ出した蒸気は目の前の景色をも曇らせるので、どんな方法であってもこの雲を晴らしたいと考えるのだが、君たちはこの状態をどう表現するのか教えてほしい」



「『ストレス発散フラストレーション解消』じゃなかと?」

「『腸が煮えくり返る』で佳いのではないか」

「『虫の居所が悪い』じゃあないのカイ」


ロエ2は桜童子の言葉に手を打ち、改めて尋ねる。

「そうだ、私は八つ当たりがしたいのだ。そこで君たちにもう一度聞こう。君たちは、あちらの斧を振りかざす集団と、穴熊のように城壁に立てこもる集団のどっちを応援したいんだい?」


シュテンドが「そりゃあもちろんオイドゥオン」と言うのを、桜童子は既のところで力任せに防いだ。

「返答によっては、煮え立つ腸を冷ますためのストレス発散材料に彼らか、彼らか、それとも君たちを選んだっていいと思う」


「おそろしいことを涼しい顔でいう」

「むむぎゅ、ももぎゅ」

シュテンドにヘッドロックをきめ、彼の口を塞いだまま桜童子は言う。


「おいらたちは戦争をとめなきゃならない」

「なぜ?」

「戦争で犠牲になるのはいつも弱い人々だからだ」

「とめられるかしら?」

「あんた、強いよね。取り巻くマナが嵐のようだ。力を貸してくれ」


「さて、どうしようかな」

ロエ2はちらちらと<火雷天神>を見ている。桜童子はシュテンドを解放して、<火雷天神>に耳打ちした。

「あ、あやかしうさぎめ! そんな不埒なまねをわしにしろと?」

「怪力女に化けたうさぎ耳め! オレは<オイドゥオン>につくからな!」


その時、<オイドゥオン>家の斥候が桜童子たちを見つけた。

「おい、何者か! 東に不審な人物がおりもっそ!」


「ホラ、<火雷天神>が早くお願いしないから」

桜童子はシュテンドと<火雷天神>を抱えて、<ナカス>と<オイドゥオン>家の間に飛び出した。一緒にロエ2もついてきた。

「ほれ、そこもとは巻き込まれぬようどこかに行くが佳い」


ロエ2はじっと<火雷天神>を見下ろしている。

「まだ私はお願いされていない」


桜童子は肘で<火雷天神>をつつく。

「ぐ! どうしてもか」

「火牛の計と、<ナカス閉門>の両方を破れるなら別ですが」


<オイドゥオン>家の誰何の怒号が飛ぶ中だが、慌てていたのはシュテンドくらいである。ロエ2も桜童子も口元に薄ら笑いを浮かべながら、<火雷天神>の言葉を待っている。

「く! 後で<蒼球(ぶるぶる)>の魔力を存分に吸わせてもらうからなー!」


<火雷天神>は顔を真っ赤にして、上目遣いにロエ2にお願いした。

「た、たすけて、おねいちゃん」



「了解した」

丸眼鏡を輝かせたロエ2は、手に持つ杖に高濃度のマナを集める。

桜童子も<召喚術師>だから分かる。ロエ2はかなりの大物を召喚しようとしているのだ。

「お姉さんは弟妹を見捨てない! 」


何者だと叫ぶ<オイドゥオン>家の声はやまない。

「なりふり構わず逃げることをおすすめするよ。だって私は虫の居所が悪いんだ! <戦技召喚>! <ソードプリンセス:アルクインジェ>!」


桜童子は耳を疑う。

ロエ2はアルクインジェと叫んだか。ゲーム時代から追ってきた名前だ。

胸元の護り袋を握りしめ、そして目を疑った。

アルクインジェとはこれほどまでに美しいビジュアルと圧倒的な存在感をもっていたかと。

付近の木々から恐れをなした鳥たちが、悲鳴をあげて一斉に飛び立つ。


「<二姫零涙雫アルクインジェ・ドロップス>」



美しい羽根を広げた死霊の天使が竪琴を鳴らす。上空で集まったマナが高熱源と化し流星弾となって降り注ぐ。

「俺たちも逃げなばい!」

「動くな! 半径二十メートル内は攻撃圏外だが、その周囲の敵を殲滅する特技なんだ」

「ああ、オイドゥオンの兵たちが退却していくばい。オレも連れていってくれぇ!」

シュテンドは膝をついて嘆く。

兵たちばかりではあるまい。牛の悲鳴や蹄音が遠雷のように響く。


最初は雨に濡れたようにナカスの門にシミをつくっていた散弾は、次第に大穴を開け始めた。南門は熱湯を浴びせた雪の壁のように形を崩していき、遂には跡形もなくなって消えた。


攻撃は結界によって門の奥までは届いていないが、待機していた二百の兵たちは散り散りに退避してしまったらしい。


「<死せる虚ろの大梟デッドリーホロウ・ストリクス>!」


ロエ2は、召喚した大梟の脚を掴み、桜童子たちに手を伸ばした。

「さあ、弟妹よ! 八つ当たりは済んだからともに去ろう!」



桜童子は空中から街を見下ろし、ほっと胸を撫でる。

門は開いた。トゥトゥリが兵を興すための義はもうない。

乱暴なやり方ではあるが、武力衝突からの泥沼戦争の未来は、一時的なものかもしれないが回避できたといえるだろう。


それよりも、想像以上の力を見せた目の前の美しい<吸血鬼>が一体何者なのか、桜童子は気になった。

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