011 月光ブリーフィング
<ベアブック・ヘブングラス同時籠城戦>。
<ナカス>のプレイヤータウン化にともない、新人・中級プレイヤーたちのためにデザインされた大規模戦闘である。
このコンテンツは、新規参入者が<エルダーテイル>において連携や連絡など意思疎通が極めて重要であることを理解するのに効果的で、それが巧みにゲームクリアに繋がっている点で秀逸と言えた。
同時期に、上級者や大手ギルドに向けた<トライネルの合戦場>という有名なコンテンツがあり、<同時籠城戦>に集ったのはソロプレイヤーか、ギルドから派遣された者たちだった。
桜童子・バジル・龍眼たちは<同時籠城戦>を早い段階でクリアしたのであるが、攻略掲示板は<トライネル>の情報で持ちきりだったため、ほとんど取り沙汰されることはなかった。
攻略の鍵は、バランスのよい防衛。
ベアブックが優位に傾けば、ヘブングラスが窮地に立たされるといった具合だ。
<召喚の典災タリクタン>が、今回<ナインテイル>に仕掛けた罠は、おそらくこの時と似た仕組みだったと考えられる。
違うのは、三点同時だったことだ。
<オウーラ>と<ロクゴウ>、そして<ミャノーラ>。
<ミャノーラ>は、<洋上アルプス>にある<神代樹の森>中央にそびえる山。
ここには、<機動戦線あまわり>に全員加わることにした<アロジェーヌ17>・黒夢・アリサネたちと入れ替わりでやって来たタケトノ・フォスフォラス、そしてきゃんDたちが挑んだ。
<ナインテイル>最高峰を誇る山だが、ルートが一本道なのが彼らに幸いした。
フルオリンの<口伝:天盾地弾>によるロケットのような突撃や、黒夢の<グレイブヤードウォーク>による連続突進は、敵が一直線に並ぶ陣形に対して非常に強いのだ。
かくして<機動戦線あまわり>は日没後一時間で頂上制圧に成功した。
「よーし、基地を建てよう! クロラ旗立てて!」
「そんなものは無い」
「むきゃー! クロラむかつくわー!」
「必要なら山登る前に言え」
それから十分ほどして、きゃんDはシモクレンに連絡を入れたのである。
<ホランエンヤリバー>から少し離れた場所にいくつかのテントがある。シモクレンたちの野営地である。
<常蛾>の群れは飛び去り、時おりキャンプファイアの明かりに惹かれた何体かがやって来るだけだった。
テントの中には、戦闘中<常蛾の眠り>に堕ちたゴシェナイト、ルチル、チャロが寝ているだけで、他の者は皆月光の下、火を見つめて考えにひたっている。
シモクレンはサクラリアと念話して情報共有を図る。サクラリアを介してディルウィードの情報を得る。
各地でブリーフィングをしている頃だろう。シモクレンは重い頭を振った。
「あざみー、ホンマどないしょ」
「なるようにしかならないっすわ」
自分の話の切り出し方もまずかったが、これでは話し合いにならない。一度きちんと現状把握をして、解決策を見出さねばならない。
「えー、みんな、ええかな。まず、今回のアタックは十二人で行いましたが、明日も継続戦闘可能なのが、ああ、挙手ありがと。ゴシェ卿・チャロ君・ルチルちゃんを除いた九人な。下ろしてええで。人数減った分同じアタックをしとったら、勝つのは難しいで。何かいい案あるやろか」
桜童子ならこうやって聞くときは、答えを自分の中にもっているときだ。なんのアイディアもなく聞いていることを、シモクレンは恥じ入るばかりだった。
そんな空気を察したか、カイトが明るく言った。
「まず、三人ずつ三組に分け直そうか」
「ミスターカイト。わたくしの腕があればもうこの三人に固執することはないと思う。他のチームのフォローにまわってもよいな」
「そこは報酬次第だと思うわっけ」
<クイックスターズ>の三人が積極的に発言する。
それはおそらく、撤退して意気が消沈するばかりか思考まで停滞する事態に陥るのをふせぎたかったためであろう。
シモクレンは感謝の気持ちで言った。
「先月<ナカス>で随分使うたから十分な額とは言えへんかもしれんけど、はずませてもらうで」
タンゴが頷き、ニャニィが「そんなのは」と言いかけたカイトの口を塞ぐ。
ハギは言う。
「チームを組み替えても、各拠点の撃破に時間がかかるのが問題ですね。日没が来れば更に厳しくなりますし」
「アタシとレンで先行しようか」
あざみがアイディアを出す。ただ単騎特攻が有効であるかは疑問が残る。先ほどのように急に敵の強さが変わった場合の対処が難しい。
ウパロと能生は腕組みして悩んでいる。
ユイが手を挙げている。
「なあ、レン姉ちゃん。オレ、まっすぐ進んだ方がいいように思う」
「ユイ?」
「姉ちゃんたちは<フタゴ>までの卵をすべて駆逐してったんだよな? でも、結局あれだけの<常蛾>が現れた。根本を叩かなきゃダメだと思うんだ」
その言葉にハッとしたシモクレンは、座を外してきゃんDに念話した。
(頂上には<結界を守護する月獣>っていう獅子がおったさぁ。そいつを倒したら結界が自己崩壊をはじめてねぇ。その結界ってやつが召喚装置らしいんさ。だからボスを叩くのは有効だね)
戻ったシモクレンは<ミャノーラ>の状況を伝え、こう宣言した。
「ユイの作戦に乗っかるで。目指すは<フタゴ>。おそらく倒すボスは<イルカ=アネット>」
問題は九人という少なさだが、その懸念を払拭する提案がサクラリアからもたらされた。
「ナイスや、リア! それ、いけるかもしれんで」
「リアちゃん、何ですって?」
ハギは興奮するシモクレンに尋ねる。
「バジルはんとイクスがこっちに来るらしいで。てるるちゃんも合流できるって。これで三人増援やね」
「リアだけで、にゃあちゃんの守りは大丈夫なん?」
あざみが心配する。
「それは舞華ちゃんが、すごい能力の子を発掘したらしいんよ。<新世代古来種>とか勝手に呼んどるらしいけど。だから問題ないって。万が一に備えて、山丹が待機するそうやし」
「イクスちゃんと山丹が別行動なんて、なんか不思議ですね」
「ホンマにハギさんの言うとおりやわ。ひょっとしてイクスが<冒険者>になったことと関係あるんやろか」
サクラリアはディルウィードにも報告しているのだろう。ややあってシモクレンにサクラリアからの念話が届く。
「ああ、まどろっこしい! パーティチャット開けばみんなちょっと話が聞こえるわっけ」
「ミスニャニィ。プライベートな内容も含まれるのかもしれないですな」
「いや、うちらはかまへんよ。念話に回数制限あったらどないしよ言ってたころの名残りや。リア、会話オープンにするで」
微かに漏れる念話をパーティチャットで拾おうというのだから聞き取りづらい。しかし、焚き火の爆ぜる音とモンスターの遠吠えしか聞こえない月下の夜であるから、みな耳を澄ませてサクラリアの声を聞く。
「まず、<オウーラ>のブリーフィング結果についてお知らせします。<オウーラ>の召喚結界は<大聖堂>にあったそうです。それを守るのが<結界を守護する汐招月蟹>です。これを<倉場庭園>に引き寄せるのが、龍眼さんと妄想屋さんの役目。<大聖堂>にある結界に手を加え、<常蛾>たちの召喚を防ぐのがカーネリアンさんとユエさんの役目だそうです。目標クリアタイムは二時間。アタック開始は正午すぎだそうです」
「さすが軍師二人がいると決まるのも早いなぁ。ウチらも負けてられへんやん」
「問題があります。詳細はバジルさんに聞いてほしいんですが、この二つのダンジョンは連動していて、<オウーラ>が先行しすぎると<ロクゴウ>が危機に陥ります。逆もまたそうです。常に与ダメージを意識しながら戦闘しなきゃいけないんです」
これには、全員がお互いの顔を見合わせた。
「戦闘中は念話でけへん。どないしたらええのやろ」
「レンさん、パーティチャットですよ。今、擬似的にパーティチャットで私の声拾ってもらってますが、バジルさんとイクスちゃんをパーティに加えてください。私の声がちゃんと届くようになります」
「でも、<オウーラ>側は?」
「クロネッカさんと一緒に来てもらってた<第八商店街>の鎮西ハチローさんにもパーティに加わってもらいました。それで、<オウーラ>側もパーティになります。変則三十六人組大規模戦闘として二点同時攻撃を行うんです」
「すごい! これ誰の発案!?」
「てひひ。私なのだ」
「すごいやん! さすが<巨匠>! 立派な指揮者に育ってきたやないのー。龍眼さんにも負けてへんで」
「てひひひひ。戦闘開始したら私演奏するからねー。戦いのペースの参考にしてください! ただ、私の演奏、ユイに聴いてもらえないの残念だなー」
「リアに言ってもらえるかな。こうすりゃ結構聞こえるぜって」
いつの間にかテントからルチルを引っ張り出したユイは、小柄なルチルを背負いロープを使って固定している。ルチルから微かに念話の音が漏れている。気絶中のルチルが哀れではあるが、<大地人>であるユイがサクラリアの声をきくためには仕方がないだろう。
「分かったありがとう。ユイも演奏聴けるから演奏しっかり頼むで。ほんなら、ウチらも午後一時アタック開始。クリアタイム二時間目指すで。みんなええね!」
「おう!!!」
一方、洋上の<la flora>では、ブリーフィングを終えそれぞれが自由にしゃべっている。
<アキヅキ>軍師カーネリアンはどこかに念話で連絡したあと、一人で読書だ。
<オヒョウ一座>は不退狼サタケ・弓巫女すず・ゴス神官クロガネーゼを加え酒盛りを始めた。
<機工師の卵たち>は早くも寝袋を並べて蒼い星空を眺めている。
<龍眼>は他都市の状況を調査しているのだろう。頻繁に念話を繰り返す。
ディルウィードとイタドリは、ツルバラのところにいた。
「明日はおれも入るっスよねー。おれ久しぶりの実戦だから、緊張するなー。こないだリーダーさんと戦ってりゃよかった」
「にゃあさんには経験値の全部を勘に割り振ってるんじゃないかってくらい先読みされるから、ツルバラくんは実際のとこ何もできずにおしまいだと思うけどね」
「言いやがったっスね、くそー。明日がんばってやるっす」
そういうとツルバラは、<ソードプリンセス>を召喚して素振りさせた。
「おっと」
不意に近付いてきたアリサネが、手甲を軽く当てて剣閃を逸らす。
「あわわ、すんません」
ツルバラが慌てて頭を下げると、<ソードプリンセス>が姿を消した。
「出道化君と話がしたいんだけど、いいかな」
「アルちん、ディルウィードだよ、ディルウィード!」
イタドリが猛烈に抗議する。
「僕は名前を覚えるのが苦手なんだ。ごめんね」
アリサネは美しい顔をしたエルフだが、ひどく残念な部分があるらしい。
「で、出、出る」
「ディルでいいですよ」
「横いいかい? ディル君」
「ええ」
ツルバラが座を譲る。
「僕の言いたいことはなかなか伝わらないことが多いから、先に結論だけ伝えておくよ。僕は君に<魔法騎士>を目指してはどうかとすすめたいんだ」
「ああ」
実はそれは、ディルウィードの懸案事項でもあった。
「君はまだ中級だから<魔法砲台>を目指すなら、火力上昇とヘイト低減の装備と呪文強化の巻物をもっと手に入れる必要がある」
「ええ」
「でも、<魔法騎士>は当たらなければそれでいいんだ。僕は<シンギュラリティ>を突き詰めて今のスタイルを手に入れた。ディル君、キミは<口伝>を開発したそうだね」
ディルウィードは頷いた。
「だから、僕はキミをエビとの戦いに推薦した」
「アルちん、エビじゃなくて蟹! カニ!」
「蟹との戦いに推薦した。実戦で工夫してこそ君の能力は磨かれるんじゃないかい? 余計なお世話だったかな」
「いえ。アリサネさん、ありがとうございます。あの、<シンギュラリティ>ってどんな技なんですか」
「人が人を超える技。この世の神秘に触れる技。そう言えば分かってもらえるかな」
「いえ、まったく。むしろ遠のいたような」
「うーん。どう言えばいいんだ。レベル差も魔法防御も完全無視できるんだ。この技は技を超えた何かを感じる。この世の秘儀を垣間見るような気がするんだ。僕はキミにこの技の習得をすすめる」
ひょっとするとアリサネはディルウィードにシンパシーを抱いているのだろう。自分と同じ景色を見られる人間を探しているのかもしれない。
「僕はキミに未来を見ている」
そう言うと右手を出す。ディルウィードは握手する。
「こらー! あるみん! どこー!? あなたもこちらへいらっしゃい!!」
クロガネーゼの声だ。
「しまった。行かなきゃ。また話そう」
「アルちんはどうしてあるみんなの? どうしてあるみんなの?」
イタドリが聞く。
「本名が在実なんだ。恥ずかしいから内緒だよ」
ここまで「あるみーん! 早くきなさーい! あるみーん!」と呼ばれていては、本名が在実であることを内緒にしても意味がない気もするのだが、美しい<魔法騎士>は許嫁の元へと走っていった。
「花純美さん。ボクらも寝ようか」
「は、ハイ! ハイ! 寝ましょう、旦那さま!」
イタドリが顔を真っ赤にして言うので、ツルバラは肩をすくめた。
「いいっすなー。リア充いいっすなー」
半日後に激戦を控えた戦士たちの穏やかなひと時である。
実はこの時既に、もうひとつの大事件が起ころうとしていた。
月は静かに<ナインテイル>を照らしている。




