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ワスレナグサ  作者: 疑心暗鬼
1/3

日常と非日常の間

風がそよぐ。

その度にまた蝉が飛び視界を横切る。

そしてまた別の木に止まり鳴き始める。

ジリジリと容赦なく照りつける太陽の日差しは残酷にも蝉の断末魔の叫びか力強く最後まで生きようとする声と重なる。

自分はこんなにも過酷な環境でも生きているのだと言う証かのように。


「で〜あるからして、かの有名な……」


初老の教師は先ほどから教室の半分の生徒が居眠りをしていたり、船を漕ごうがお構いなしに授業を続けている。

毎度の光景、いやもう既に何年も何十年も同じような事を繰り返しているのかもしれないと考えるが、所詮くだらない事だと思考を切り替える。

目の前の席でも例の如く居眠りをしてる男子生徒の後頭部が見える。

そこに先ほどから消しゴムを小さくちぎっては投げているが、くせ毛の茶色い髪に刺さろうとも一向に起きる気配はない。

授業が始まりすぐに居眠りを始め15分が経つ。消しゴムが刺さり始めすでに5分。

これもくだらない事だと思いはじめ、真面目に授業を受け黒板をノートに写し撮る作業にとりかかる。


「はい。今日はここまでです」


初老の教師はそう言うと教材を片付け退室する準備を始めた。

周りを見渡すが、今日の号令はかけられそうにない。

仕方ない。


起立。


礼。


立ち上がり礼をしたのは僅か8名。


「あぁ……今日の授業の内容は試験に出ませんが次の授業は試験に出ますので」


初老の教師は退室際にそう言い残すと扉を静かに閉めた。




昼休みは体育館裏と決まっている。

屋上なんて暑くて快適には過ごせない。

いざとなれば逃げ道はなく誰かがくれば後手に回るだけであるからだ。

誰か敵がいるわけでないが気持ちの問題と言う意味だ。

隠しておいたダンボール箱から人工芝を取り出して敷く。

最初何処かの部活が人工芝を剥がされたと教師に喚いていたが知ったことではない。

鞄から菓子パンと缶コーヒー、名刺ケースを取り出し、敷いた人工芝に寝そべり鞄を枕にする。

菓子パンを齧りながら缶コーヒーで流していく。

腹ごしらえが終われば名刺ケースから煙草を取り出し一服つける。付け終わればライターはダンボールにしまう。

ゆっくり煙を吸い込み静かに吐き出す。

その作業を数回繰り返して吸い殻は排水溝にしまい、最後に身体と制服にデオドラントスプレーをかけガムを噛んで終わりだ。


ふと、何気なく通路に顔を向けドキリとする。

この様な事態に陥ったことは入学以来起きていない。


通路の壁から顔を半分だけ出しこちらを見ているものが一人。



栗毛のショートボブに切れ長のタレ目。

長身の身体が壁に隠れてはキツそうである。


「未成年者喫煙禁止法。満20歳未満の者の喫煙を禁止している。また満20歳未満の者が喫煙のために所持する煙草およびその器具について、行政処分としての没収または押収が行われる」


じっとこちらを除きながら早口に捲したてる。


「七海先輩。風紀委員は行政ではないですよ」


「風紀委員は校内の秩序を守る大切な行政の変わりのようなもの。よって没収…」


そういうと、こちらに近づき人工芝に座る。

しかたないとばかりに肩を竦め名刺ケースごと手渡す。

すると七海先輩はダンボールの中をかき分けライターを見つけ手にとる。

名刺ケースから最後の一本、もとより二本しか入れてない大切な最後の一本を口に咥え火をつける。

ライターは元あった場所にしまわれる。

ゆっくり煙を吸い込み静かに吐き出す。

その作業を数回繰り返して吸い殻は排水溝にしまい、最後に身体と制服にデオドラントスプレーをかけガムを噛んで終わる。


「先輩。未成年者喫煙禁止法」


ふむ、と頷き名刺ケースを丁寧にシャツの胸ポケットに返された。


「煙草を吸った事実は血液検査をしなければ分からない。証拠は排水溝の汚水の奥深く。

事実の確認のしようがない」


七海先輩は満足した笑顔をこちらに向け立ち上がる。


「またね、ありがと。バイバイ」


手をヒラヒラさせ通路に消えて行った。


「なんなんだよ……」





放課後、家路への道を歩く。

まだ日差しは強くゆらゆらと陽炎が揺れ近くの喫茶店に飾られた風鈴が悲しくも音を立てる。

道行く人はそれぞれタオルやハンカチであったり服の袖で汗を拭い思い思いに道を歩いている。


ふと違和感を感じ視線を上げる。

目の前、後ろ、右、左。

違和感は消えない。

いつもの帰り道の商店街。

少しだけ繁華街の帰り道。

違和感は消えない。

最近火事になり一帯を騒がせた割には飛び火もせずビル単体の2階までが燃えた雑居ビルが眼前斜め前に見える。

その入り口に昼休みに運悪く遭遇、もとい招かれざる人物が雑居ビルに入っていった。

後ろ姿からも分かる栗毛のショートボブに長身。

間違いない。

少しの好奇心と何か起こるのではないかと言う直感に気がつけば自分自身も雑居ビルの入り口に立っていた。


立入禁止のテープの向こうは煤けており電気も通っていない為、薄暗い。

ぽっかりと空いた玄関から二階への階段が見える。

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