#008「皐月中庭」
舞台は、中庭。
登場人物は、源田、杉並の二人。
「この黄色い花は?」
「酢漿草。名前の由来は、夜になると葉を閉じて、葉が半分しかないように見えるから」
「この青い花は、菖蒲?」
「杜若。似てるけど、白い斑紋があるから、菖蒲ではないよ」
「このプロペラみたいな花は?」
「浜大根。野菜の大根が野生化したものと考えられていて、葉っぱは大根によく似ているけど、根は細くて硬いから、食用にはならないとされてる」
「こっちは蒲公英で、これは菫だよね?」
「そう。総苞が反り返ってるから、西洋蒲公英。菫の名前の由来は、横から見た花の形が、大工道具の墨入れに似ているからだよ」
「へぇ。園芸部長だけあって、物知りだね」
「草花についてだけだよ。どう? インスピレーションは湧いた?」
「まだ駄目だよ。これだけ綺麗に咲き誇ってるのに、全然、構図が浮かばない」
「いつも通り、焦らずに天啓を待ったら?」
「そうしたいところだけど、後輩に新しい絵が見てみたいって言われちゃってね」
「美術部にも、後輩が入ったんだったね」
「三人入った園芸部と違って、こっちは一人だけだけどね」
「大事に育てれば良いじゃないか。十中八九、次の部長になるんだから」
「途中で辞めなければ良いけど」
「仮入部のときは、好感触だったんでしょう?」
「そうだけど、続くかなぁ」
「部長がそれじゃあ、心許ないよ。向こうは、頼りにしてるんだよ?」
「だって、先輩が居ない状態で好き勝手に絵を描いてたから、何を教えて良いか見当が付かなくて」
「それは、こっちも同じだよ。知ってることを、少しずつ伝えれば良いじゃないか。運動部みたいに、トレーニング・マニュアルがある訳でもないんだから」
「それだけで、部活動として成り立ってるのかなぁ」
「そこを成り立たせるのが、部長の役目だよ。さぁ。直線一本でも良いから、書き始めてごらんよ」
「悩んでいても、スケッチ・ブックは白いままだもんね。適当に、何か描いてみるよ」
「その調子だよ。僕は肥料を取ってくるから、戻ってくるまでに描き上げてね」
「そんなに早くは描けないよ」
「冗談だよ」
「からかわないでよ。でも、それくらいの意気でなきゃ駄目だね」
「そうそう。また、あとでね」