#002「不滅烙印」
舞台は、寮の自室。
登場人物は、朝丘、渡部の二人。
「それは、何だ?」
「姉が執事に変装するときに使っていたものです。洗濯してありますから、ご心配なく」
「質問の答えになってない上に、新たな疑問が出来た。渡部の姉貴は、何者なんだ?」
「洋服のサイズは、目測で姉と同じぐらいだと判断したのですが、小さかったり大きかったりしたら言ってくださいね」
「話を聞け」
「外見は普通のタンク・トップと変わりませんから、晒よりも着心地が楽だと思います」
「誰も着るとは言ってない」
「まぁまぁ。物は試しと言いますから」
「着替えたぞ。気が済んだか?」
「ピッタリですね。どこか違和感はありますか?」
「動きやすいし、通気性も悪くない」
「それなら、それは朝丘さんに差し上げます。姉は、新しいのを持っていますから」
「さっき、執事の格好をしていたと言ったな」
「週末コスプレイヤーですから。ちなみに、恋愛対象は女性で、お嫁さん募集中だそうです」
「理解が追い着かなくなってきた。頭が痛い」
「疑問点が整理できたら、質問してくださいね。仕上げは、これです」
「ミニ・タオル、いや、リスト・バンドか」
「パステル・カラーだと嫌がられると思ったので、モノ・トーンでまとめました」
「まとめた?」
「はい。色とりどりに刺繍したい気持ちを、グッと堪えながら作りました」
「手作りなのか。ご苦労なことだ」
「着けてあげますから、腕を貸してください」
「一人で出来る」
「駄目です。朝丘さんのことを、もっとよく知りたいんです」
「二の腕を掴むな。詮索しないんじゃなかったのか?」
「隠されると、余計に気になってしまいまして。好奇心には勝てません」
「分かったから、好きにしろ。でも、見たあとで引くなよ?」
「包帯を解きますね。もう長いこと、日に焼けてないみたいですね。白くて綺麗な肌です」
「お世辞は結構」
「本音ですよ。妹が見たら、羨ましがること間違いなしです」
「いくら日を浴びても、赤くなる一方だから嫌になる」
「小麦色にならないのが嫌なんですか?」
「自分の身体が女だってことを思い知らされるようだから、好きになれない。でも、精神は男だから、女らしい立ち居振る舞いができなくて。環境を変えれば、と思って、お嬢様校として知られる女子校に進学したが、住む世界の違いを目の当たりにして、惨めな思いをしただけだった」
「この傷は、そのときの心の叫びなのですね」
「つい、暗い話をしてしまったな。軽蔑しただろう?」
「いえ。でも、大丈夫ですよ。そういう古傷を抉ろうとする妖気は、この特製リスト・バンドが浄化しますから」
「あいにくだが、自分は現実主義なんだ」
「物の怪は信じないという訳ですね。でも私は、生身の人間の悪意が一番恐ろしいと思います」