#001「乙女心理」
舞台は、寮の自室。
登場人物は、朝丘、渡部の二人。
「戻ったぞ。あれ、渡部一人か?」
「お帰りなさい、朝丘さん。山崎さんは室長会議で、吉原さんは風紀会議に出席しています。美化と保健は来週ですから、会議の詳細は、そのときに説明しますね」
「会議は、頻繁にあるのか?」
「いいえ、月に一度です」
「そう。何を読んでるんだ?」
「少し前に流行した、恋愛小説です。もう少しで読み終わりますけど、読んでみますか?」
「自分は、推理小説ぐらいしか読まないから」
「そうですか」
「どうも甘ったるい話が苦手でね」
「好みは、人それぞれですから」
「そう。人によって違いが、ある」
「ヒャッ」
「推理は、外れだったようだ。突然、変なことをして悪かった。でも、どうしても確かめておきたくてな」
「今のボディー・チェックで、何を確認したのですか?」
「もしかしたら、と思ったのだが、どうも違ったようだ。忘れてくれ」
「もしかしたら、自分と同じ性別だと思ったのですか? ヒロミさん」
「何の話だ? 自分は、タクヤだ」
「鞄をベッドの上に載せるときに、底のポケットから、古い荷札がはみ出しているのが見えたんです。イニシャルがティー・エーではなく、エイチ・エーだったものですから」
「えっ」
「ご心配なく。あとの二人に見つからないように、そっと外して捨てましたし、このことは、誰にも言いませんから」
「そうか。くれぐれも、教職員以外には漏らさないように頼む」
「ご安心を。詮索はしませんけど、何か事情があるようですね」
「誰だって、個人や家庭の事情を抱えているものだ」
「怒らないで聞いてくださいね。シャツの下に晒を巻いていたり、右手首に包帯を巻いていたりというのは、深刻な悩みがある証拠だと思いますよ。差し出がましいかもしれませんけど、辛いときは一人合点せず、遠慮なく私に相談してくださいね」
「話せるようになったら、そのうちにな。でも、どうして、そこまで干渉するんだ?」
「保健係ですから。あっ、そうだ。もしくは、このテディーさんに、乙女の悩みを打ち明けると良いですよ」
「自分は、こういう愛らしいものは嫌いなんだが」
「オイラのことを嫌わないでよ、ミーちゃん」
「縫いぐるみ越しに喋るな。あと、どこから声を出してるんだ?」
「ヒロミン? ヒロちゃん?」
「どっちも違う。縫いぐるみに、変声機でも付いてるのか?」
「フフフ。幼い頃に自分が呼ばれていた愛称で呼びかけていたら、自分で自分を呼んでいるような奇妙な錯覚に陥ってきました」
「まったく。変な奴だな、渡部は」
「変わり者なのは、重々承知してますよ」