九話 魔法瓶先輩の憂鬱
さて、今日はとある無機物の話をしようと思う。
そう、この魔王城で最も不幸な男。魔法瓶先輩だ。
「ふむ、やはり魔法瓶からは魔法を検知できないのぉ」
「そうですなぁ、魔王様」
なんか、メガネの魔族と一緒に研究室で魔法瓶先輩は謎の機器にかけられていた。俺たちの知っている機械とはなんか違う。有機物っぽさがあって怖い。
『魔法瓶に魔法はかかってないって何度言ったら分かるんだ!?』
魔法瓶先輩はありったけの力で叫ぶ。気持ちは分からんでもない。
『落ち着いてください魔法瓶先輩! 連中そもそも聞こえてないです!』
『この機械かけられてるとなんかもやっとするんだよー!』
もやっとするらしい。俺は、魔王に連れられてここに来ていた。暇つぶしのポップコーンが入っている。
「ふむ……魔法瓶なのに魔法がかかっていないのが不思議でならぬが」
「魔法は散逸してしまったのか……もしくは、秘匿されているのではないでしょうか?」
魔王は、とても驚いた顔をして答える。
「魔王さえも騙しおおせる秘匿魔法がかけられているというのか……!! 恐るべし魔法瓶」
『かけられてねぇよ!!』
そう言うと、ツッコミを続ける魔法瓶先輩を魔王は手に取った。
「それを、どうするのです?」
メガネの魔族の声に、魔王は神妙な面持ちで呟いた。
「うむ、これで細長いゼリーでも作ろうかと」
「さすが魔王様、慧眼にてございます」
『……』
『魔法瓶先輩、諦観しないで下さい』
どこまでも、評価が前のめりな先輩だった。事故ってるよ。
先輩と一緒に冷蔵庫さんの中である。俺は飲み残しのジュースが入っている。
『完全に食器が板についたわねー。金魚鉢君』
『なりたくてなったわけじゃないですけど……魔法瓶先輩がいるからいいです』
彼の今の惨状を見ては何も言えない。誰も何も言えない。
『ゼリーを作るのは分かった!! まぁ、細長くなっても口の部分から出るのか怪しいが分かった!! だが、てめぇ!! ふざけてんのか!! 煮えたゼリー液を入れてそのまま蓋閉めやがったバカヤロー!!! 保温しちまうじゃねーか!!』
そう、このままでは永遠にゼリーはできない、温かいゼリー液が飲めるだけだ。
『落ち着いてください魔法瓶先輩!! これが原因であなたが保温するためにあるための物だって分かるかもしれないじゃないですか!?』
魔法瓶先輩は、俺の言葉に驚愕に目はないがなんかそれっぽいものを見開く。
『そ、そうか!! 俺に春が来たんだ!! ひゃっほーい!!』
俺は……だといいねって単語を必死に飲み込む。
『ワタシ的にはゼリー液はちゃんと粗熱を取って入れてくれないと困るんだけどねー』
『ああ、冷蔵庫さんはそうなりますよね。連中は説明書を読むのか読まないのかいまいちわかりませんね』
ゼリーについては詳しくないのだが、やはり日本製の冷やして作るゼリー液何だろう。裏を読め裏を。
『ふと思ったんですけど、みんな日本製ですよね。神様は何でこんなに日本製品に拘るんでしょう?』
『そう言えば考えたこともなかったな』
『あ、正気に戻ったんですか魔法瓶先輩』
『おかえりー』
思えば遠くへ来たもんだ。量販店から異世界か。
『神様、何者なんでしょうねぇ』
『日本製神話を信用してることだけは確かだな』
『海外の方かもしれないわよー』
いや、冷蔵庫さん。ここは異世界で海は越えてません。
「さぁて、ゼリーはできておるかのー」
『この魔王さ、毎回裸で出てくるんだけどさ』
『風呂上がりに服を着ない癖があるみたいですよ、カーペット先輩に聞きました』
だからと言って無機物の俺たちにはすごく嬉しくない。
無機物に年齢はないのだから、読者諸氏のように金髪ロリータが裸だからと言って喜ぶような性癖はないのだ。
「一度ゼリーをストローで飲んでみたかったのじゃ」
魔法瓶先輩の蓋を開けストローを突っ込んでそのまま……。
『魔王はそのまま火傷したというわけです。大惨事でしたよ、頭からゼリー液被って』
『へぇ、それで、魔法瓶先輩はそれからどうなったの? スープ入れ?』
俺は薩摩切子さんと話していた。今日の俺はフィンガーボールだ。
『いえ、それが……』
『バカヤロー!! 油なんか入れるんじゃねー!!! 俺は耐熱容器じゃねーよ!! 振ってアヒージョを作ろうとするなー!?』
台所から、魔法瓶先輩の悲痛な叫びが聞こえる。
『ねぇ、金魚鉢君』
『何でしょう薩摩切子さん』
薩摩切子さんは、神妙に話す。
『私思うんだけど、この世界の人に足りないのは、常識的な想像力だと思うの』
『完全に同意です』
そして、魔法瓶先輩に幸あらんことを。
ってーか洗うの凄い大変だろうな、アレ。