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八話 ペットボトルよ永遠に

 水の中を少し狭そうに金魚たちは泳いでいる。


 金魚は素赤、いわゆる体が赤く尾が白い普通の和金だ。最近では和金は良く見かけるというより、丸っこい金魚より見かけることは多いのではないだろうか。


『金魚すくいで見かける、いつものアレってことなんだけどな』


 まぁ、そういうことである。


『金魚になると語るんだな金魚鉢君』


『そりゃ語りますよ、カーペット先輩。俺金魚鉢ですよ』


『なんだかんだで金魚鉢君は金魚が好きなのよねぇ』


『そりゃそうですよ、薩摩切子さん。俺金魚鉢ですよ』


 俺のことをみんななんだと思ってるんだ、確かに今俺はかき氷入れられて花火刺さってるけどさ。トロピカルだなこんちくしょう。


『おう、ところでペットボトル』


 後輩の半分に切られ、金魚入れとして再利用されているペットボトルに声をかける。俺とこいつはちょっとした確執がある。


『何っすか? 金魚鉢先輩』


『……お前、ずいぶん見ない間に汚れたな』


『ペットボトルの宿命っすよ』


 ペットボトルは、言う通りなんだがこう緑色と茶色と灰色の中間みたいな色に薄汚れていた。金魚が美味しそうにそれをつつく。金魚的には悪い環境ではないんだが。


『あんまり水が汚れていると金魚が病気になる。やっぱり、ペットボトルで金魚を飼うというのは少し水量が少なすぎるんじゃないか?』


 今、ペットボトル君には二匹の金魚が入っている。一匹ならともかく、少々半分に切ったペットボトル、推定水量六百ミリリットルには荷が重い。


『……金魚鉢だったらもっと一杯泳がせてあげられるのに』


『金魚鉢先輩、いい加減金魚に夢見るの諦めたらどうっすか?』


『なんだとっ!?』


 俺はペットボトルに食って掛かる。……まぁ、俺は人間ではないので胸倉つかんだりとかはできないんだが、気分的にはそうしてやりたい気分だ。


『やめてっ! 金魚鉢君!!』


『止めないで下さい薩摩切子さん!!』


『いいえ! 私達無機物よ!? 自分の意思で金魚を移し替えたりはできないし、意見を言うこともできないわ!!』


 薩摩切子さんのいかんともしがたい言葉にペットボトルも賛同する。


『そうっすよ。まぁ僕は、再利用してもらっただけで満足なんすけど。……僕だって本当はリサイクル工場に行きたいんすよ?』


『くっそぉおおおおおおお!!!!」


 慟哭する俺に、唯一まともに使われているカーペット先輩が所在無げにし、俺よりまともに使われていない魔法瓶先輩がしきりに賛同していた。


 魔法瓶先輩出てきたら俺も不平は言えない。





『にしても何やったらそんなに短期間で汚れるんだよ、歴戦の水槽みたいじゃないか』


 それも清掃を怠った感じの。そんなんではまともに金魚を鑑賞できない。


『まぁ、連中金魚に関しては素人っすからね、来たっすよ』


 メイドさんが歩いてきた、食事の支度のあとらしい。残り物の……。


『あっ! パン!! パンくずダメぇええええ!!! 水が汚れちゃうーーー!!!』


 パンくずは金魚は上手く食べることができない、沈殿して水が汚れる原因になるのだ!!


「さて、こんなものかしらね。最近元気がないような……」


 メイドさんは餌を与え終え、手をはたきながら言う。


『そりゃそうだよ、あんた!! 餌それ与えすぎィーーーー!!!』


 二匹しかいないんだからちょっと、ちょっとでいいのだ!! 魚はそんなに食べない!!


『まぁ、そういう事っすよ』


『くそう、そういうことだったのか!! ……お前も案外大変なんだな、ペットボトル君』


『いや、僕所詮使い捨てっすから。こういう使われ方が適任っすから。耐久消費財の皆さんとは違うっすから』


『ぺ、ペットボトル……』


 思わず存在しない目頭が熱くなる。そうか、こいつは消耗品だった。


『それに、そろそろ次が来るっすよ?』


『次? 次って何だ?』


 そういえば、俺も随分放置されている。中のかき氷が溶けてしまいそうだ。


「いやぁ、暑いのぉ。こういう日はシャワーを浴びてかき氷で決まりじゃ!」


「もう、魔王様!! ご飯食べられなくなっても知りませんよ!!」


 この魔王は、家の中では服を着ない習慣でもあるのか。メイドさんに叱られながらタオルでわしゃわしゃ髪を拭きつつ全裸で歩いてきた。


 「もう良いから詳しく描写しろよ!」という読者諸氏の皆さん、まぁ、俺は金魚鉢でそういう感情は分からないが。平坦な胸にそのままストンとお腹。そしてちょっとお尻である。全体的に白に赤身がかっている。ほら、面白くないだろう?


『ぎゃあああああ!! 濡れる!! 魔王体拭いてから出てきて!! 私だってカビることはあるんだから!!』


 カーペット先輩が悲鳴を上げている。気持ちは分からんでもない。


「いやぁ!! 頭がキーンッとするのぉ」


 俺の中に入ったかき氷を貪りながら魔王は言う。


「ん、なんか、この金魚入れ……ペットボトルじゃったかのぉ。薄汚れてきたの」


『そう、そう、洗って奇麗なぬるい水入れるだけで、だいぶ違うから!!』


「正しい餌をやるべきか」


『そう、餌はちゃんとした顆粒状のものを……ちっがーう!! もういらない!! 餌は!! いらない!!』


 これだからお母さんと子供で育ててると!!


「ほれ、クッキーじゃぞー!!」


『しかも甘いものなんぞやるなぁあああああああ!!!』


『落ち着いて、金魚鉢君!! 私たちほら、無機物だから!!』


『無機物じゃなかったら今頃絞め殺してますよ!!』


『本当に落ち着いて!! 金魚鉢君、金魚鉢じゃなかったらそんなに金魚好きじゃないでしょう!?』


 薩摩切子さんの必死の説得により、俺はギリギリ落ち着きを取り戻す。


「あっ」


 その時、魔王はペットボトルをひっくり返した。


『金魚ーーーーー!!!!』


『濡れるーーーーーーっ!!!』


 俺とカーペット先輩は大騒ぎだ。


『は、早く拭いてくれっ!!』


『その前に金魚を、金魚がパクパクいってる!?』


『落ち着いて二人とも、私たちは無機物だから人間の行動に口を出しても聞いてもらえないわっ!?』


 べこっ。


「あっ」


『『『ペットボトーーーーールッ!!!』』』


 全員の魂の突っ込みだった。





 あの後、金魚たちは魔法瓶先輩に移された。魔法瓶先輩も何も言わなかった。


 金魚たちは死んでいたからだ。


 メイドさんが黙々と片づけ、魔王も服を着てそれを見ている。


『せめて、せめて墓を作ってもらうんだぞ』


『金魚鉢君……』


 俺は大きな喪失感に包まれていた。


「……魔王様」


「うむ、復活魔法っ」


『え……?』


 金魚は復活した。


 それは、金魚にとってはかなりの地獄だと思うのだが、どうか安らかに死なせてはくれないだろうか。


 せめて、ちゃんと育ててくれ。




『……で、お前も復活させてもらったのか? 奇麗にもなって良かったな、ペットボトル』


『何の事っすか? 金魚鉢先輩』


 金魚を泳がせているペットボトルと俺は会話していた。住環境も多少はマシになったようで金魚は仲良く泳いでいる。


『いや、お前も復活魔法かけてもらったんだろう? あの潰れ方からは回復しないだろう』


『ああ、その事っすか。先輩』


 ペットボトル君は、藻をくゆらせながら答える。


『金魚鉢先輩、僕、二代目っす』


『え……?』


 俺はあっけにとられる。


『良いんですよ、俺ら消耗品っすから。消耗してもらえるのが幸せっす。分別してくれたらなお良いんすけど』


『ペットボトル……!』


 俺は涙もないのに心の涙が止まらなかった。

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