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七話 楽しい金魚鉢のピクニック

「いやぁ、金魚鉢で飲むサイダーは旨いのぉ!!」


 もはや無我の境地である。俺は青空の下サイダーをなみなみと注がれていた。


『ああ、ここに、金魚、金魚と藻の一つもあれば』


『それ、金魚死ぬだろう?』


『あ、カーペット先輩。結構無茶な使われ方してますね』


 カーペット先輩は地面に直敷きで使われていた。ブルーシートさん辺りの使われ方だと思うが、まだこの世界でブルーシートさん見てないからなぁ。量販店だと腐るほど見たのに。


『まぁ俺は敷かれてる分だけまだマシさ。あとで洗ってくれるしな』


『それ考えると結構大仕事ですね、魔王軍のピクニック』


 見渡すと、有象無象の魔物たちが思い思いに遊んでいた。ちょっと怖い。


『おう、総出で遊ぶからな。この季節は良いんだよ』


 そうか、春なんだな。うららかな日差しと上を見上げれば……。


『って、この木は、ソメイヨシノじゃないですか!!』


 そう、日本ではおなじみの桜の木。ソメイヨシノである。この世界にもあったのか、いや、違うだろう。日本製なのだ!


『ほぉ、ワシのことが分かるものがいるのか』


『ソメイヨシノが喋った!?』


 俺達は基本、有機物と喋ることはできない。音声に出して喋るくっそ不便な動物の言葉はダダ漏れなのだが、それ以外の有機物、いわゆる、魚類や植物などの会話は分かったことが無いのだ。


『驚くのも無理はない。ワシはもともと無機物じゃった関係で、不思議とお主ら無機物と喋れるようになったのじゃ』


『どういうことなんで?』


 ソメイヨシノさんは立派な枝を風に揺らしながら答える。満開だ。なるほどこのピクニックは花見なのか。


『ワシはもともと、立ち枯れの枯れ木じゃったのじゃよ。それを神様がこの世界に送った』


『後のことは大体わかりますよ。この世界にやってきた後、魔王がここに埋めて、蘇らせたんですね?』


 魔王はあれで、珍しい物にはとても親切だ。カーペット先輩も廃棄直前だったところから現役まで復帰しているし。俺も毎日磨かれている。


『お主はなんでソメイヨシノを知っていたのかね? 見たところインドア派のようじゃが』


『たかしくん……日本にいたころの実家に植わっていたんですよ。ソメイヨシノさんほど立派なソメイヨシノではありませんでしたが』


 春の縁側、金魚を泳がせている俺の中に飛び込む桜の花、なるほど風流である。


 俺は、ソメイヨシノさんを見上げた。俺の中に桜の花びらが入り、浮かぶ。


「あ、入ってしまった、ばっちぃ」


 魔王はそれを取り出す。風流が分かってない。


『私もソメイヨシノには思い入れがあるわね』


『薩摩切子さん』


 確かに、薩摩切子さんと桜は似合う。さぞかし風流な使われ方をしてきたのだろう。


『毎年毎年私を出して桜を見るのは良いけど、ある時酔って花見会場に忘れられちゃってね……それから長い時が過ぎたわ』


 暗い過去だった。


『俺は薩摩切子さんと会えたのを嬉しく思ってますよ』


 俺は、やさしく薩摩切子さんに言う。


『金魚鉢君……』


 見つめ合う、俺と薩摩切子さん。


『はい、二人の世界ストップ。ここ、衆物環視なのよ』


『木箱さん、その状態でよく見えますね』


 木箱さんはテーブルクロスをかけられて、料理の入った重箱さんを乗せられている。重箱さんは台所のエースだ。黒い肌が艶めかしい。


『聞こえるのよ!』


『あ、あの、すいません。木箱ちゃん』


『まぁ、良いのよ、薩摩切子ちゃん』


 なんだかんだで俺の知らない間にこの二つは仲良しだった。どうも木箱さんはそこまで本気ではなかったらしい。


 というか、本気だからと言って無機物が何をするというのだ。


『まぁ、でも、あまり物の見ている前でイチャイチャするのは感心致しませんことですわね』


『はい、すいません重箱さん』


 重箱さんは、この魔王城でもかなり古い重鎮だ。いわゆる、お局様だ。あまり逆らってはいけない。


 無機物にも上下関係はあるのだ。


『所でさっきから思ってたんですけど、重箱にサンドイッチはないですよね』


『今、何かおっしゃって!?』


『お前、重箱さんの痛い所突いてるんじゃねぇよ!!』


 カーペット先輩が慌てて止めに入る。それでこの場は収まった。


 ……そうか、よく考えたら、この世界に和食があるわけないよな、悪いことを言ってしまった。





『とても気になってることがあるんですけど、冷蔵庫さん』


『なぁにー? 金魚鉢君』


 冷蔵庫さんは唸り声を上げながら答える。駆動音だ。


『なんで野外で冷蔵庫さん動いてるんです』


『それはー、これよー』


 冷蔵庫さんはコードからコンセントの先を指す。


『あ、コンセント先輩ちぃーっす、初めまして』


『……』


 コンセント先輩は無口だった。


 その先には、電気の魔物、俺にはひたすら滑車を回しているハムスターにしか見えないそういう生き物がいた。ハムスターは滑車を物凄い速度で回しながら電気を作っている、四人体制で疲れたら交代しながらやっていた。


『壮絶っすね』


『そうなのよー。でも電圧はーきっちりこれでなんとかなってるのが凄いわねー』


 魔王も余程研究したのだろう。それまでに犠牲になった家電製品たちに敬礼を送りたい。


 しかしずいぶんと物達も騒がしい。流石フルメンバーである。





『所でソメイヨシノさんはこっち長いんですか?』


『そうじゃな、こっちに移り住んで、もう何度目の春かも分からんよ』


 そうか、幸せになっている物もいるんだな。


『神様って、何者なんでしょうね? 用途も伝えずただ俺達を送り込んで』


 そこは、気になっていたのだ。なぜ、俺達はこの世界に送り込まれたのか。そんなことをしても、神様にとっては何の得にもならないし、意味がない。


『それは、ただのソメイヨシノのワシに分かることではないよ』


 それはそうか。


『ただ分かるのは、ワシらが来るたびに、この世界の住民は、驚き、喜び、目を輝かせている……今日は魔王軍がいるから貸し切りじゃが。ワシも一つの観光地になっている』


『そうですか』


 日本人と同じで、この世界の人も桜を愛してくれているのか。


『そして、それをワシらも好ましく思っている』


『ソメイヨシノさんは正しく使われてるからそう思うでしょうが……』


 ソメイヨシノさんは俺を嗜めるように言った。


『お主、少々金魚鉢という殻に拘りすぎておらぬか? この世界では、新しい物生が送れる。もっと自由に生きるべきじゃ』


 それもそうかもしれない。金魚が欲しいと思うのは、俺の驕りなのだろうか。





「よし、さぁ、泉に行くか!」


 魔王は俺を連れて泉の方へ向かった。どうやらバケツ代わりに使われるらしい、それも良いだろう。ソメイヨシノさんとの対話を経て、俺はそう思い始めていた。


 メイドに服を脱がされ、魔王は水着姿になる。


「ここで二人仲良く水浴びかよ!!」と憤る読者諸氏、しかしよく考えて欲しい。


 俺は無機物でしかも金魚鉢だ。


 性欲でしか物が考えられない君達とは違って、嬉しくもなんともない。


「……誰だ、キャー!」


「ぎゃー!?」


 しかしその泉には先客がいた。勇者たかしくんである。当然全裸だ。


 流石にこれは、想像の数倍嬉しくない。




 魔王城。


 流石にすべての家財を持ってピクニックに行くわけではない。居残り組が当然いた。


 ペットボトルは汚れてきたので洗って天日に干され、その横に陰鬱な雰囲気を漂わせた、金魚を中に入れた魔法瓶先輩がいた。


『普通、ピクニックって言ったらさぁ!! オレの出番だろう!? オレだって、麦茶とかスポーツドリンクとかコーヒーとか紅茶とか入れて……何ならスープだっていい!! ごっくごっく飲んでもらいたいわけよ、分かる!? 分かるのかオレの気持ち!!』


『はぁ、分かるっす。魔法瓶先輩』


 ペットボトル君は(心底めんどくさいっすねぇ)とか考えていた。実際めんどくさい。


『いいや!! お前は分かってない!! ちきしょう、ちきしょう!! オレだって、オレだってピクニックに行きてぇ!!』


 魔王城に魔法瓶先輩の慟哭が鳴り響いた。



 この逸話を聞いて『やっぱり用途は大事だ』と、俺は思い出すのだった。




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