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六話 木箱の隙間から

 やぁ、俺は金魚鉢。量販店で1980円(税抜き)で売られていたごく普通の金魚鉢だ。


 俺は今、木箱さんの中に入っている。


 別にいやらしい意味じゃない。何? 人類はこの木箱に入っている感じがよくわからない?


 人類に直すと腕組んで歩いてるくらいのラッキーだ、覚えておけ。


『……まぁ、木箱さんはこの世界の出身なんですよね?』


『そうなるかしら。そういう金魚鉢ちゃんはあっちの世界?』


『はい、日本ってところになります』


 妙に緊張する。こんなに丁重に扱われるのは、出荷の時以来だろうか。


『私もこういうお仕事初めてだから緊張しないでね?』


『はい、俺もこういうのは初めてです』


 何から話せばいいのか分からないが、まぁ、外で行われているやり取りを聞いてもらおう。





「勇者タカアシよ」


「はい」


 荘厳なるほこらで、タカアシは賢者の爺さんに膝をついている。


「これまでの活躍は聞き及んでいる。だが、魔王を倒せぬのには理由がある」


「……俺の努力不足ですか?」


 タカアシは顔を上げる。


「いや、お主はもう必要以上に強い。魔王はなんか不可思議な闇っぽい衣をまとっているので倒しにくいのだ」


「……では、もっと努力すればいいと!!」


 賢者の爺さんは、咳払いをする。


「何度も言うがお主は必要以上に強い。ワシはお主が1年間ずっとスライムを倒し続けたことを知っている」


 タカアシは首を垂れ。答える。


「はい、毎日500匹を目標にスライムだけを狙い。2匹いるときは逃げ、365日休まず狩り続けました」


「そのせいで今やスライムは絶滅危惧種じゃ」


 ……地道すぎるだろう、たかしくん。


「しかし、どうすれば魔王が倒せるのですか? 今度はゴブリンを狩りますか?」


「これ以上絶滅危惧種を増やすのはやめい。魔王軍から抗議が来ておる。魔王は闇っぽい衣のせいで無敵。その衣を剥ぎ取るのじゃ」


 たかしくんは、うつむき、答えた。


「しかし、魔王が全裸の時、風呂場や脱衣所、試着室に至るまで襲撃を重ねましたが」


 確かに俺にも記憶がある。読者の皆はさぞかし嬉しかろうが、無機物である俺にとっては嬉しくもない。


「お主の倫理観は置いておいて、魔王が全裸かどうかは関係が無い。そうじゃな、オーラみたいなものじゃと言えばわかるか?」


「分かりません」


「頭が固いの、相変わらずお主は」


 そこで、賢者の爺さんは木箱をたかしくんに渡した。


「これは、太陽の玉という。いかなる闇も太陽の前では無力じゃ。魔王がこっそり隠しているものを奪い取った、あれだけ大事にしているのだから本物じゃろう」


「おお、これで魔王に勝てるのか!」


「まだ開けるのではないぞ、太陽は箱から開けては飛び出してしまうからの」


 お気づきの方も多いだろう。


 その木箱の中に入っているのは、俺だ。


 金魚鉢なのである。


 誰が太陽か。





『大変だね、金魚鉢ちゃんも』


『まぁ、旧知の人間の成長した姿も見れましたし、良いです』


 俺らは酒場の椅子の上に居た。魔王城の近辺に発展した人間の街もあるらしい。


『この世界の街にしては大きいですね。そんなに旅したわけではないんだけど』


『そうだね、さっきいろんな子に聞いたところ、この街は異世界岬で拾ったもので発展しているらしいわよ』


『そんなに落ちてるんですか、あそこ』


 そういう会話をしていると、たかしくんの前に料理が置かれた。


「お待たせ、特別メニューだ。なんでこういうのが好きなのかね」


「良いじゃないか。よし、これこれ」


 ビシビシタバスコをかけて、それを頬張り。瓶コーラで流し込む姿を見て。俺は思わず表面が曇った。


『ああ……あの姿、ピザが好きだったんだよなぁ。たかしくん』


 しかし、たかしくんは肩を落とした。


「やっぱ、宅配ピザの方がうめぇや……いや、母さんの飯が食いてぇ」


 その肩は、俺の知っている子供のころのたかしくんと同じ程度に小さかった。


 そして、彼が太陽の玉じゃなく金魚鉢を持っていることを、俺は知ってしまっている悲しさに、俺はまた曇った。


『あらあら、大丈夫? 優しくしてあげようか?』


『いや、良いっす』


 たかしくんが強いのだ、俺も強くなくては。





「魔王様、四天王がまた四人また四人まとめて倒されました」


「減給。まったく、それ所じゃないというのに。私の大事にしている金魚鉢はどこへ行ったのじゃ」


「何らかの転移魔法にかかったことまでは突き止めましたが……」


 扉さん(二代目)が吹き飛ばされてタカアシが突撃してくる。


「魔王、これを食らえーーーーー!!!」


「おおっ!! そ、それは!!」


 木箱から取り出された俺を見て魔王はいたく感謝をし、肩透かしを食らった勇者は燃え尽きながらも夕飯をごちそうになった。


 たかしくんのおふくろの味、たけのこご飯だった。




『カーペット先輩。カーペット先輩はここに来て長いんですよね?』


『おう、だいぶ長く使われてるぜ』


 俺は、少しできた疑問をぶつけることにした。


『なんで勇者って勝てないんですか?』


『そりゃあ、素質じゃないかな? 魔王は何度も行っていたのを記憶しているぞ。曰く「努力の才能だけが飛びぬけていて、何のチート能力も持っていない凡庸」って』


 俺は少し悲しい気持ちになった。そうだ、たかしくんは別に勉強ができる訳でも、運動が得意なわけでもない。普通の子供だったはずだ。


『落ち込むなよ、毎回飽きずにやってきては毎回強くなっていく勇者を見て、魔王は楽しそうだからさ』


『そこ、喜ぶところですかね?』


『私達無機物には分かんないな』


 俺は押し黙って、考えるのをやめた。俺は金魚鉢だ、たかしくんに何もしてあげられない。


『それ以前にさ』


『何ですか?』


『お前、さっきから新しく来た木箱さんと薩摩切子ちゃんがお前の取り合いで喧嘩してるの? 見て見ぬふりしてるだろう?』


 俺はもう一度考えるのをやめた。

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